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2021年2月24日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の94拍子之有処を知事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の94拍子之有処を知事

11の94拍子之有処を知事
亡父の録にあり、理りは何ともなし。老父の云、有処は、心の付処なり。例えば見ても聞ても起こる心也。起こる心を西江水に入れば、其内より拍子出る也。是を拍子の有処と云なり。

 亡父石舟斎の録にある、説明書きは何も無い。
 老父の云うには、拍子の有る処は心の付け処である。たとえば見ても、聞いても起こる心である。起こる心を西江水(心を納むる所腰より下に心得るべし)に入れれば、その内から拍子が出るものである。是を拍子の有る処と云うのである。

 この、習いは拍子と云うのは何処にあるのかを示しています。拍子はこの瞬間何をするかを判断し実行するわけです。敵の状況を見て、敵が打込もうとする事を、脳で判断し、どの様に応じるか脳が指令を出して体が実行する。その様に思うのですが、その事は心が受け取り、起る心を西江水(下腹)に取り込んで反応するのだ、とでも云うのでしょう。確かに下腹に気が満ちていなければ、体全体に発する気は行き渡らず、上滑りした手打ちにしかならないものです。

 この辺りは、現代科学が証明できることなのかもしれません。

 

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