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2021年3月

2021年3月31日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の129婦(ふ)くえの事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の129婦(ふ)くえの事

11の129婦(ふ)くえの事
亡父の録に理なし。
父云、是は盾を用る心持也。羽織、或は鼻紙、何にても盾に取て合する事専也。鑓相に猶以て能き也。

 父云う、是は盾を用いる心持である。羽織、或いは鼻紙、どんなものでも盾に取り合する事は大事である。鑓との仕合には猶良いものである。

 戦いの際に、盾と成るものは何でもいいから取れと云います。此の場合は無刀なのか何も武器の話が有りませんが状況次第でしょう。鑓との仕合では特に良いとまで言っています。
 その事も、スッキリ読めませんが、この「ふくえの事」の「ふくえ」とは何なのでしょう。漢字でも使われていればいいのですが、原文は「婦くゑの事」とあります。うがった読みでは「服に依る得物之事」「服衣(もふく)」「服穢(けがれたふく)」など有りますが、遠そうですが近いようで。

 冒頭に亡父の録に理なし。と有りますが、石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「真五合剣 福衣(ふくえ)事 兵法の外」と有ります。同様に無刀についても「没茲味手段口伝書」の「一円 一真実無刀極意」を載せています。

 

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2021年3月30日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の128とくしやうと云心持之事

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11、習之目録之事
11の128の1とくしゃうと云心持之事
11の128の2心を捨て心に至ると云心持之事


11の128の1とくしやうと云心持之事
沢庵の云く、縄也。心に残たる綱なり。無心とて、無心ばかりにてはなし。無心にて有心、成る事よしと云々。
此の儀亡父、老父の録に無し。

11の128の1 
 とくしやうと云心持之事の表題は「得しようと云う心持之事」と読めばいいのでしょうか。ここは「心に残りたる綱・縄」で「匿(かくす・とく)綱・縄(じょう)」でしょう。
 沢庵曰く、縄である、心に残りたる綱である。無心と云っても、全くの無心であるばかりの事では無い。無心であって有心になる心が良いのである。
 此の儀は亡父にも老父の録にも無い。


11の128の2心を捨て、心に至ると云心持之事
沢庵の歌を引て仰せられし。
捨てゝたにこの世の外はなきものを
       何処くがついの住家なるらん

此の歌の心なり。此の世の外は無きものをとある、此の世の字を、身の字になして知るべし。此の身の外は無きものをと心得べし。
私に云う、此の習とも亡父、老父は知らず。今沢庵大和尚御物語より習とする処也。

11の128の2
 心を捨て、心に至ると云う心持之事を、沢庵の歌を引いて仰せられた。

 捨ててたのに、此の世の外は無いものを、何れの所がついの住まいであろう。

 この歌の心は、此の世の外には無いものなのにと歌っている。此の世の字を、身の字に置き替えれば、解かるであろう。此の身以外の身なぞ有る訳はないと心得るべきもので、自分だけ、無心に成って得する事も無いものである。自分を忘れるなよ、とでも云うのでしょう。

 私十兵衛云う、此の習いともに亡父、老父は知らない。今沢庵大和尚の御物語より習いとする処である。

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2021年3月29日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の127無さのさと云心持之事付無き之きと云心持

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の127無さのさと云心持之事付無き之きと云心持

11の127無さのさと云心持之事付無き之きと云心持
父云、是れら心得難し。沢庵へ尋ね申すべしと云々。予此由を申しかば、和尚の云う、女(如)意を取りての如し。取る心生ぜざれば、手如意に至らずと云々。
亡父の録に此の儀なし。

 父云う、無さの「さ」と云う心持ちの事、無きの「き」と云う心持ち。これらについて心得が無い。沢庵にお尋ね申して見なさいと云う。予、この由を申しますと、和尚の云うには。心に思う様に取ればいい、思う様に取る心が無ければ、手が意の如く至る事など無い、と云々。
 亡父の録に此の儀は無い。

「さ・作‣策」や「き・気・機・愧」という心持ちは自分が思う事で良いのであって、どの様に取るかは自分の意思の為す事だと云うのでしょう。屁理屈は兎も角、この様にするのだと云う心が生じなければ何事も出来る訳はある筈はないでしょう。 

 無さ「無作」:因縁の造作のないこと。悟りの意で、法性・涅槃の異称。(広辞苑より)
 

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2021年3月28日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の126五四之習之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の126五四之習之事

11の126五四之習之事
父云、是は病を去らん為に、細かに心を詮索したる心持也。一心の内に意を、気を、志ぞ、情ぞ、などゝ云て縦分けあり。これ己に九つ有り。此の九つ詰まる処一つ也。一心なり。病を去て一心之得道専也。
亦云、沢庵へ此よしを語申せば、和尚の仰せに心ぞ、意ぞ、気ぞ、機ぞ、志ぞ、情ぞと云う事は、細に理りを述べて、一巻に書す也。畢竟は一心也。只一心と心得べし。此の一つ万事に移り易し。移りて移らぬ心持大切也。心より気を遣うべしと也。
云う、亡父の録に此の儀見えず。

 父云う、是、五四之習之事は病を去る為に細かに心を詮索する心持ちである。一心の内に意を、気を、志ぞ、情けぞ、などと云って縦分けするにある。此れは己に五と四で九つ有る、この九つは詰まるところ一つであり、一心である。病を去りて一心の得道が大切である。
 亦云う、沢庵へ此の事を語って云えば、和尚の仰せによれば、心ぞ・意ぞ・気ぞ・機ぞ・志ぞ・情ぞと云っているのは、細かに其の理を迷いて一巻として書くからである。詰まるところは一心である。只一心と心得るべきものである。この一つは万事に移り易い。移っても移らない心持が大切なのである。心より気は遣うべきものと云うのである。

 五四とは、あれやこれやに遣う「四の五の言う」を五四として「四書五経」になぞらえての習いかも知れません。あれやこれや思いまどう病之事でしょう。心を一心に為して、気に心を煩わされないで心から気を遣うものだと云うのです。九つの病とは何か沢庵和尚にお尋ね下さい。

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2021年3月27日 (土)

第41回・42回古伝研究会

 第41回・42回古伝研究会
 無雙神傳英信流居合兵法(無双直伝英信流・夢想神傳流の古伝)の研究会を令和2年7月より再開しています。
 令和3年度以降は古伝神傳流秘書による坂橋流之棒を、研究課題とします。当流の棒は土佐に持ち込まれ稽古された形跡は見られますが時と共に変化して、古伝の面影を残すのみの様です。現在では正式に学ぶ所も有りや無しの様です。
「古きを尋ねて新しきを知る」ご参加いただいた方々が夫々「逢人皆我師」である事をご認識頂き、ご自由な意見を出され共に学ぶ研究会です。
「俺の指導に従え」と云う「習い稽古する」稽古会とは異なります。古伝を読み参加者が自ら「工夫する」研究会です。
         記
1、第41回
  4月 8日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
  4月22日(木)見田記念体育館
  15:00~17:00
2、第42回
     5月13日(木)見田記念体育館
   13:00~17:00
     45月27日(木)見田記念体育館
     15:00~17:00

3、住所
  見田記念体育館
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-13-21
  Tel 0467-24-1415
  鎌倉体育館
  駐車場:鎌倉体育館駐車場
  248-0014鎌倉市由比ガ浜2-9-9
  鎌倉警察署向い側
4、アクセス:JR横須賀線鎌倉駅東口下車徒歩10分
5、費用:会場費等割勘つど500円
6、参加申込:直接見田記念体育館にお越し下さい。
  *コロナ対策として事前に参加連絡をお願いしております。
  E-mail sekiun@nifty.com
7、研究会名:無雙神傳英信流居合兵法
                 古伝研究会 鎌倉
      湘南居合道研修会 鎌倉道場

8、御案内責任者:ミツヒラこと松原昭夫
9、注意事項
  コロナ対策として以下の事項に一つも該当しない事
 ①平熱を越える発熱
 ②咳、喉の痛みなど風の症状
 ③倦怠感、息苦しさ
 ④臭覚や味覚の異常
 ⑤体が重く感じる、疲れやすいなどの症状
 ⑥新型コロナウイルス感染症「陽性」とされた者との濃厚接触があった
 ⑦同居家族や身近な知人に感染が疑われる方が居る
 ⑧過去14日以内に、政府から入国制限、入国後の観察期間を必要とされ
  されている国・地域等への渡航又は当該在住者との濃厚接触がある

 ⑨マスク着用、3密を避ける etc   
 
 2021年2月28日 ミツヒラこと松原昭夫 記

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月之抄を読む11、習之目録之事11の125後を捨と云心持之事

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11、習之目録之事
11の125後を捨と云心持之事

11の125後を捨と云心持之事
父云、歌を引きて
尋ねつるミヤマの奥も無かりけり
       元の心を連れて来ぬれば
捨ても去もきやすと云も同意也。此の心持を沢庵へ尋ね申せば、和尚の云歌に
世の中を何に譬えん朝ぼらけ
       漕ぎ行く船のあとの白波

後は消へ先へ移る心持也。前也。無見之心持ち、則、是千手観音の躰也、委曲目録に書る。

 父云う、歌を引きて
 尋ねて来た深山の奥など何も無いでは無いか、元の心を連れて来たからだろう。
 捨てるのも、去るのもきやす(気休め?)と云うも同意である。此の心持ちを沢庵にお尋ね申したらば、和尚の歌に
 世の中を何かに譬えたら朝ぼらけのような、ぼ~としたものだ、漕ぎ行く船の後に立つ白波の様に立っては消えてしまう。
 後は消え、先へ移る心持ちである。前である。無見の心持ちで、則、千手観音のお姿である。委曲(くわしくこまかなこと)は前項の目録「11の123無味之習之事」に有る。

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2021年3月26日 (金)

月之抄をよむ11、習之目録之事11の124無見之習之事

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11、習之目録之事
11の124無見之習之事

11の124無見之習之事
父云、見るは見るにあらず、見ぬ処に見る心持あり。
目付を見ずして見る心持有。
亡父の録に此儀見へず。
沢庵大和尚、御物語に此心面白し、見時無見無見時見、千手千心千眼千心、千手一心千眼一心、是を書き分けて見せ給うなり。則左のごとし。
見時無見 千手一心(向下) 千手一心(向上)
無見時見 千眼千心(向下) 千手一心(向上)

 父云、見る事は見る事ではない。見ないで見る心持である。
 目付を見ずして見る心持が有る。
 亡父の録にはこの事は見られない。
 沢庵大和尚の御物語で、此の心面白いと云われ、見る時見る無し見ぬ時見る、千手千心千眼千心、千手一心千眼一心。是を書き分けて見せていただいたのが、則 次の如し。
 見る時見ない 千手一心(下に向かう) 千手一心(上に向かう)
 見ない時見る 千眼千心(下に向かう) 千手一心(上に向かう)

 眼で見ないで見る、心で観るの見を無見之習とする処でしょう。沢庵の書き分けについては、理解不十分ですので、お任せしておきます。

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2021年3月25日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の123敵もなし我も無と云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の123敵もなし我も無と云心持之事

11の123敵もなし我も無と云心持之事
父云、我が心あれば敵にもあり。我に心無ければ敵にも心無し。我が仕掛により敵よりたより出で来る也。我心に一物なければ敵も無心となるべし。
引歌に
緑やる山のあなたに立つけぶり
       こゝにたく火のほのを成けり

我がよきに人のあしきのあらばこそ
       心のあしきは我があしきなり

無と無は勝負なり、無事也。行逢処に勝負有、行逢処に有心出る也、出る有心をば無心なり。勝処也。
亡父の録に此の儀無し。

 父云、我に心が有るならば敵にも心が有る。我に心が無ければ敵にも心は無い。我が仕掛けにより、敵より頼り出で来るのである。我が心に一物が無いならば、敵も無心と成るべきものである。
 引き歌に
 緑一杯の山の向こうの方に煙が有るよ、ここで焚く火に依るものであろう。
 私は良いと思って居るのだが、人の悪い処があるのであれば、その人の心の悪い処は私の方に悪い処が有るのだなあ。

 無と無は勝負であっても、無事である。行き逢う処にがあってこそ勝負が有る。行き逢う処に有心が出るのである。敵の出る有心を、我は無心に成り、其処が勝処なのである。

 双方無心であれば、何事も無し。その無心に仕掛けて有心とさせて、その色に就き色に随って勝つのが新陰流の極意でもある。行き違う処があって勝負が始まる。敵が勝とうとすれば有心となり、無心の我の勝処と云います。
 なかなか面白い、「無と無、有と無、無と有、有に有」の習いの一つです。

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2021年3月24日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の122敵に兵法有り我に兵法無しと云心持之事

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11、習之目録之事
11の122敵に兵法有り我に兵法無しと云心持之事

11の122敵に兵法有り我に兵法無しと云心持之事
老子経に云く
道の路たるは常の路に非ず。名の名たるは常の名に非ず。聖人は百姓の心を以て心とすと云えり。
父云、我は無心なり。無心を切らんとせば、有心に成るべし。其有心は無心の勝処なり。無心の心には兵法無し。向こうより持来るに依って、兵法の勝出て来る也。是我に兵法無し、敵に兵法ありと云心持也。
亡父の録に此の儀無し。老父の心持也。

 老子経に曰く
 道の道たるは常の道では無い。名の名たるは常の名では無い。聖人は百姓の心を以て心とすと云えるのである。
 父云う、我は無心である。無心の我を切らんとするならば、有心に成るものである。其の有心であることは、無心の勝つ処である。無心の心には兵法は無く、向い来る敵の持ち来る兵法に依って、其れに随う事で兵法の勝ちが出で来るのである。是我に兵法無し敵に兵法ありと云う心持である。
 亡父の録に此の儀は無い。老父の心持ちである。

 老子の巻頭に「道の道とすべきは常の道に非ず、名の名とすべきは常の名に非ず。名無し、天地の始めには、名有り、万物の母には、故に無欲にして以て其の妙を観、常に有欲にして以て其の皦(きょう、あきらか)を観る。此の両者は、同じく出でて名を異にし、同じくこれを玄と謂う。玄のまた玄、衆妙の門」とあります。此の項目に持ち出すべきものかは、聊か腑に落ちませんが、十兵衛も能く勉強していたようです。
 
 敵の打ち出す「色に就き色に随う」新陰流の根本思想でしょうから、石舟斎の録に此の儀無しとは言えないでしょう。

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2021年3月23日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の121見(是)極一刀之事

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11、習之目録之事
11の121見(是)極一刀之事

11の121是極一刀之事
亡父の録に勤て英雄の知心を是極一刀習口伝と書る。
父云、此の習は、至極にて初心に帰りたる心持也。老て再び稚児に成の心持也。習心持数々重々細かに詮索し、吟味し終わって、これは見る処一つより外はなしと云う儀也。せんじせんじ、至り至りて、初心に帰り、二星一つに寄する也。一々見る処、一心なり。心より見れば也。是を是に極る一の刀也と云心持也。至極したる処、是極一刀也。

 此の項目の表題は原文では「見極一刀之事」と書かれていますが、此処は「是極一刀之事」の誤字と思います。文献資料の公開する事を目的とするブログならば、原文のままで置きますが、内容を読んで稽古の習いとする事を目的にして居ますから、是極一刀として読み進みます。

 亡父の録に勤めて英雄を知る心を是極一刀の習い、口伝と書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に「務知英雄心是極一刀習事 右条々口伝有之者也」と有ります。英雄の心を知る事に務め、是極一刀を身に付けろ。と云うのです。これは「新陰流截相口伝書事」の最終の目録の一文です。此の解説は柳生延春著「柳生新陰流道眼」を、お読みいただければと思います。

 父云う、此の習いは、至極であって、初心に帰る心持ちである。老いて再び稚児に成る心持ちである。習いの心持ち数々、重ね〵細かく詮索し、吟味し終わって、其処から見る処のものは一つの事の外は無い思いである。煎じ〵、至り至って、初心に帰り、二星(11の1の1二星の目付。敵の拳両の腕也と有ります。)一つに寄せるのである。 一々見る処は敵の心を表す二星の目付である。一つの心である。心より観る、観の目付なのである。其の目付で敵の打ち出さんとする心の機を観る一刀、是に極まる一刀が是極一刀なのである。

 

 

 

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2021年3月22日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の120勢いそろへと云心持之事

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11、習之目録之事
11の120勢いそろへと云心持之事

11の120勢いそろへと云う心持之事
父云、是は敵の心さしを(志を)見て、勝べき仕なしを慮する心持也。習の数々を取り出し、是に取り合わせて心の底に覚悟するを云う也。敵の一知をして、後の勢そろえなり。下作也。
亡父の録に理なし。

 この題名は「勢ぞろへ・勢揃へ」と云うのでしょう。原文は「勢いそ路へ」です。
 父云う、是は敵が如何様に打込まんとするのか其の志す処を見て、勝べき、仕為し方を考慮する心持ちなのである。習いの数々を取り出して、状況に照らして取り合わせ、心の底に此の思いで、戦うと覚悟する事を云うのである。敵の一を知って、後の勢揃いである。心の下作である。
 亡父の録には理なし。

 亡父の録では「新陰流截相口伝書亊」の「三見之大事」、「心下作之事」。「没茲味手段口伝書」の「一見之大事」などで口伝されていたろうと思う処です。

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2021年3月21日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の119座之分別之心持之事

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11、習之目録之事
11の119座之分別之心持之事

11の119座之分別之心持之事
父云、是は座敷処の心持也。先ず座敷に直るとも、障子、前後脇の詰まり、亦広き方、出よき方、入り難き方、上にかかりて有もの、或は屏風、何れにてもその座の躰も能々見て置く心持専也。見て置きぬれば急なる時、取り合いよき心持ちなり。
人数を以て合戦するも同じ事なり。又は喧嘩は取るものなどに其の方角、勝てに能ぞ悪しくぞ、戦うべき処、時刻、戦うまじき処、時節を見て、其の分別の至る所は、座構えを知るべき分別心持也。大体の心の奥に持つ事肝要也。
亡父の録に理なし。

 父云う、是は座敷での心持である。先ず座敷に坐るにも、障子、前後左右の詰まり具合、又広い方は何所、座敷より出やすい方は、敵が侵入し難い方は何所なのか。頭上に架かる物はあるのか、或いは屏風、何れであっても其の座する場所の状態も能々見て置く心持が大切である。よく見て置けば、急に何か起こっても取り合しやすい心持ちである。
 人数を以て合戦する場合も同じ事である。又、喧嘩での得物は、どの方角であるか、勝には能い、悪い、戦う場所、時刻、戦ってはならない場所、時節などを見てるのである。その分別が十分であれば、座の構えについての状況を分別する心持ちと成る。大体の心掛け、心の奥くに持つ事肝要である。

 業技法ばかりの流は兎も角、名を成す流にはこの様な教えは、書き残されています。現代でも地震などに備えて居場所の状況を、自然に把握できる心持ちは、あるべきものでしょう。

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2021年3月20日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の118心の屋作之事

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11、習之目録之事
11の118心の屋作之事

11の118心の屋作之事
亡父の録にあり理りは何ともなし
父云、是は立相ざる以前に習也。心持分別して敵の萌し、志を兼ね(予ね)て能く心得て立相べき亊第一の心持也。下作に同じ事也。

 亡父の録にあり、理は何とも無し。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊及び没茲味手段口伝書に表題としては見当たりません。「心下作之事」で口伝された事かも知れませんが、史料不足で不明です。

 父云う、是は立合う以前に習う(身に付けて置く心持)ものである。心持ち分別して敵の打ち込まんとして発する兆し、何処にどの様に打たんとするのか其のこころざしを、予め能く心得て立合うべき事は第一の心持ちである。下作に同じ事である。
 


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2021年3月19日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の117下作之事

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11、習之目録之事
11の117下作之事

11の117下作之事
父云、兼ねて心を付け置くべし。諸事万事に下心分別して、油断無き心持也。
亡父の録に下心左足之事付けたり一足心持口伝と書せるなり。
*
 父云う、敵と仕合うには、あらかじめ、どの様に戦うか、心を付け置くのである。諸事万事に下心を分別して、油断の無い心持ちであるものだ。
 亡父の録には、下心左足之事、付けたり一足心持口伝と書せるあり。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「心下作之事」とあります。この十兵衛の云う「亡父の録」とは何かわかりません。
 下作の為には、敵の「三見大事」による「太刀先之事・敵の拳之事・敵の顔之事」を能く見て何処をどの様に打って来るかなどの心を知る事、戦う地形や建物などの状況把握も忘れてはならないものでしょう。

 

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2021年3月18日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の116見は見よ見るをば見ざれと云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の116見は見よ見るをば見ざれと云心持之事

11の116見は見る見るをば見ざれと云心持之事
これは見ると云うは、目付を指して云う也。目付をば能く見よ也。見るをば見ざれと云うは、一打打って付けて必ず後を見たきものなり。これをば見ざれと云う心持也。三重也。見るを忌むと云うも同じ事なり。

 これは、見ると云う事は目付を指して云う事である。目の付け処を能く見よと云う事である。見るをば見ざれ(見るな)と云うのは、一打を打ち付けて、必ず打った処を見たくなるものである。これを見るなと云う心持なのである。
 三重である(月之抄を読む11の114三重五重之事にある「油断を敵と云う心持也、勝ち詰めても打ち詰めても三重も五重も打つべし、続け幾重にも打つと云う習い也」であり、11の25の残心之事「三重も五重も心を残すべし。勝ちたりとも打ち外したりとも、取りたりとも、退くにも掛かるにも身にても、少しも目付に油断無く、心を残し置く事第一也」の心持ちを云います)。
 見るを忌むと云うも同じ事也。

 敵の打ち込まんとする、二星、嶺谷、遠山の動きに目を付けて離すなと云う訳です。打ち込むと、打った処に目が行ってしまう事を戒めています。

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2021年3月17日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の115三重五重之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の115三重五重之事

11の115三重五重之事
亡父の録には三重之事萬々と書る。
父云、油断を敵と云う心也。勝ち詰ても打ち詰めても、三重も五重も打つべし。続け幾重も打つと云う習也。
亦云、打つばかりにては甲斐無し。心持三重五重思い入るべし。これ真之位也。
亦云、身位二重之事と云うは、神妙剣の取る心持に大形云へり。然れども思い三重は諸事に通ずべきなり。

 亡父の録には三重之事万々と書いてある。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」では「身位三重・付残心之事」と有ります。更に「没茲味手段口伝書」では「三重五重之事」と有ります。

 父云う、油断を敵と云う心である。勝ち詰めても打ち詰めても、三重にも五重にも打つべし。続けて幾重にも打つと云う習いである。

 亦云う、打つばかりでは甲斐の無いものである。心持ちは三重五重油断を敵と思い入れ打つのだと云う。これは真の位で有る。 
 亦云う、身位二重之事と云うのは、神妙剣に取った心持ちに対して大方は云うのである。しかし、思う事三重は諸事に通ずべきものである。

 此の習いは、一本打込んで仕留めたと思ったとしても、油断していれば敵の反撃が有るやもしれず、三重にも五重にも幾重にも打つべき心を説いているのでしょう。石舟斎の「身位三重・付残心之事」の事では、油断無く、敵が倒れる迄打ち続ける心、残心の習いを述べているのです。「三重五重之事」は油断無く残心をもって続け遣いに打つことの心持ちを再度述べているのです。
 十兵衛の手にした石舟斎の目録はどのようなものであったのか、亡父の録の文言と石舟斎の目録に表現上の違いが頻繁なのが気になります。

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2021年3月16日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の114先之越処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の114先之越処之事

11の114先之越処之事
父云、先の越す処は、所作仕なしの上にも云う也。夫れは、敵の気抜けたる処へ仕掛くるを、先を越す処と云う。根本の先の越す処は、我が初一念を、其のまゝに仕掛、先・先と勝を云う。
又初一念の初まるや否や、西江水へ入る処、先を越す処なり。初る処先なり、此の先を江水へ入る処、越したる処なり。百間先にても勝たると云うは、此の心持也。
先を越してよりは、無心に成るが故なり。無心と成りてからは有心は何れも勝と云々。

亡父の録には理りなし。

 父云、先を越す処は、所作を仕なす上でも云うのである。夫れは敵が気の抜けた処へ仕掛けるのを、先を越す処を云うのである。根本に於ける先を越すと云う処は、我が初一念を其のまゝ仕掛けて、先・先と勝事を云う。
 又、初一念の初まるや否や、西江水(心を納る処。神妙剣、神所、臍の周り五寸四方)へ入る処、先を越す処である。初まる処先である。此の先を江水(西江水)へ入る処が越したる処である。百閒先の敵にも勝ったと云うのは此の先の思いが西江水に入る処、越したる処の心持にに依るのである。
 先を越してからは、無心に成るが故に、無心に成ってからは有心であれば何れにしても勝と云々。

 先之越処之事とは我が初一念の「此処ぞ」の思いが神所(西江水)へ越し入る処なのでしょう。

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2021年3月15日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の113先々之事

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11、習之目録之事
11の113先々之事

11の113先々之事
父云、是勝処の極み也。兵法の至極なり。習いの数々も此れに至らん為なり。此れに至れば習は何れも非なり。悪しき口なり。悪しきと知りながら、高に望み頼りは悪しゝ口也。習也。捨て捨てらぬ習也。習を用ずして自ずから習に逢う、覚えずして至る事、此れ先々なり。
我が心を敵にして仕合すれば早く思い初めたる方勝也。無理に仕掛て無理に勝、是も非も入れず初一念早き方先々の勝口也。善悪一つなり。此の心弛むものなり、抜くるもの也。抜かすまじきとすれば意かたまる也。是をよくせんには、指目西江水也。
心先なり。初一念のおこり、初まる本には心なり。此の心を西江水に置て、是は初一念のおこる所は、先々と勝たる処なり。おこる初一念を指目と云なり。心は念の本なれば、心が先也。心先也。初一念は、わざの先也。よって先々也。是至極也。
初一念わざの本也、初一念に間の無き打を茂拍子と云也。
心先を先性と云う心持は心の至極と知るべし。空先と云も、心なり平性心なり。
亡父の録に理りなし。
公方様御不審に、待と懸とは同じ先か。老父御請に待心は先の誤りなり。然れども敵の先を取て待は待つに非ず。心を得ては待も懸も先々なり。又、先々よと思い候へば、所作なり候。此の心を得事一心伝心と云々。
公方様沢庵大和尚へ御尋に立つより先を取て行くと思へども、先の抜くるは如何ぞや。沢庵御請に思い初めたる心は替らねども、中にて物に取らるるなり。一本の木の末まで一本にて遠きとも枝葉有るが如し。習絡まれたる程と云うべし。例えば直に行く人を、後から左を見るな、右を見るな、直に行けと云に取られて、直に得行かぬが如し。はい(ハエ)は明かりへ出ん出んとして、障子などに行き当たるなり。当たりたらば後へ帰らば、明かりへ出るを知らざるなり。仏法の上にも本分〵とばかり思うは、はい(ハエ)の譬えを申す也。と云々。

 父云、是は勝つ処の極みである。兵法の至極なり。習いの数々の事も、勢法の数々もこの先々之事に至る為に為すものである。この先々之事に至れば習いは何れも非である。悪しき口である。悪いと知りながら高望みして先々に頼るのは悪い。口也、習い也。捨てて捨てられない習い覚えた先々である。
 だが、一方で習いを用いずして、自然に自ら習いに出合う事、習い覚えずして先々に至る事、是が先々である。
我が心を敵にして仕合をすれば、早く「ここでこうする」と思い初めた方が勝つのである。無理に仕掛けて無理に勝。これも、「間違いかも知れない」などの非も入れず、初めの一念を先に打出した方が先々の勝口と成るのである。善し悪しは一つの事である。この心は弛みやすく、抜けてしまうもので、抜くまいとすれば「意」固まるものである。是を能く仕様とすれば、指目西江水(月之抄を読む11の69指目之目付付り拍子之持処之事で解説。初一念を神所西江水に納め、意気に乗って弾む)によるものである。心が先に有り、初一念が起る。始まる本は心である。此の心を西江水に置く、これは初一念の起る処は、先々と勝処である。起こる初一念を指目と云うのである。心は念の本であれば、ここらが先である。初一念は「わざ」の先である。よって先々である。是至極である。初一念の「わざ」の本である。初一念に間を置かない打ちを茂拍子(無拍子)と云うのである。心の先を先性と云う心持は心の至極とするべきである。空の先と云うも、心であり平性心(平常心と同意か?)である。

 亡父の録に理り無し。 この処は「石舟斎の新陰流截相口伝書亊」及び「没茲味手段口伝書」に同様の表題での目録は見当たりませんが、新陰流截相口伝書亊の「務知英雄心是極一刀習事右条々口伝有之者也」とか没茲味手段口伝書の「虚空懸之事」「一見之大事」「茂拍子之大事」などで語られたものと思われます。兵庫助の「始終不捨書」などでも「今は切拍子も一段好位有之」では、先々の打ちも認めています。

 公方様御不審に、「待と懸とは同じ先か?」老父御請けになられ「待の心は先の誤りである。然れども、敵の先を取りて待つのは待に非ず。心を得ては待も懸も先々なり」と答えている。
 又「先々よと思い候へば、所作になってしまう、此の心を得る事は一心伝心と云うのである等々」

 公方様は沢庵大和尚にお尋ねになられ、「立って進み行くより先を取りに行くと思へども、先の心が抜けてしまうのは如何なる事ぞや」。沢庵、御請けに「思い初めたる心は替らないけれども、進み行く内に他の事に気を取られるのである。一本の木の末まで一本であっても、遠いところに葉が茂っている様なものである。先々の習いに絡まれた程の事と云うべきであろう。例えば直に行く人に、後ろから左を見るな、右を見るな、真っ直ぐに行けと、云う言葉に捉われて真直ぐには行かれぬ様なものである。蠅は明かりの方へ出よう出ようとして、障子などに行きあたる。行き当たれば後ろに戻れば、明かりに出られる事を知らないからである。仏法の上でも本分本分とばかり思うのは蠅の譬えを申すのである。云々」

 初一念に依って遮二無二打込む先々も、状況次第で変化極まり無く、習いの範囲を超えてしまう、自ら会得するものだと云うのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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2021年3月14日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の112何れも相構之心持之事

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11、習之目録之事
11の112何れも相構之心持之事

11の112何れも相構之心持之事
父云、昔飯篠がいえりと聞、敵陰の構ならば我も陰の構、敵陽の構ならば、我も陽の構えよしと云へりと伝え聞く也。心持面白き也。敵の如くに用いる時は、勝事理り固かるべし。我と我が仕合する心持にゆきたつと云えり。
亡父の録には別儀無し。
亦云う、構にてすべきと思はゞ相構よし。所作の道は何れも此の心持よし。

 父云、昔飯篠が云えりと聞く、敵陰の構であるならば我も陰の構。敵陽の構ならば、我も陽の構が良いと云われている事が伝え聞えているのである。心持ちは面白いものである。敵の様に構え用いる時は、勝事のことわりは固いであろう。我と我が仕合する心持に往き立つと云える。
 亡父の録には別の儀は無い。
 又云、構にてすべきと思うならば、相構えは良いであろう。所作の道は何れもこの心持が良い。

 昔、新当流を学んで聞き及んだ相構えの心持を語っています。其の相構が「勝事固かるべし」の理由はこれと云って述べられたとも思えませんが、「構にてすべきと思はゞ相構よし」と言い切っています。月之抄11の108で習った真之活人剣之事により「太刀を引っ提げて持つ」無形を以て水月に至る新陰流ですから、相手の出方に依って如何様にも変化できる心持ちであれば、これも一つかもしれません。

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2021年3月13日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の111一習之事

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11、習之目録之事
11の111一習之事

11の111一習之事
亡父の録に三箇拍子一習付り三重之大事真之位詰号す万法と書る。理はなし。是は家康公御稽古の目録に亡父の書る。
父云、一つと云、一の字を所作にも、心にも取りて知るべし。一と云う処より何事も出で来る也。へいわ(兵話?)の譬えに、一の裏は六と云うごとく、一と十と十と一つに成る心也。一を二つすれば二つに成る、一を縦横にすれば十に成るなり。十と成って又一に還る也。至り至りては、初心に帰る心なり。初心に帰りたる芸は、名人なり。初めて始まる処一つなり。納まりて又一つ也。是一つの習也。格に入って格を離るゝ心也。

 亡父の録に三箇拍子一習付けたり三重の大事真之位詰号す万法と書いてある。理は無し。この石舟斎の目録は「没茲味手段口伝書」には「真位上詰号万法付積之大事」と有ります。理は無いのは石舟斎の目録は表題のみで、印可の際に口授されている事に為ります。
 次の一節で、「是は家康公御稽古の目録に亡父の書かる」は原本が何か現存しているか解りませんが、石舟斎の筆であるとは思えません。

 父云、一つと云う一の字を、所作にも心にも取り入れて理解するべきものである。一と云う処より何事も出て来るものである。「へいわのたとえに」の意味は解りません。兵の話でしょうか、平和とは思えませんが、何かその様な話が江戸時代初期まであったのでしょう。
 一の裏は六と云う如く(さいころの目は一の裏は六です)一と十と一つに成る心である。一を二つすれば二つになる。一を縦横にすれば十になるのである。十になって又一に還るのである。至り至りては初心に帰る心である。初心に帰った芸は名人である。初めて始まる処は一つで、是が一つの習いである。格に入って(方法、仕来たりなどの決まり事、流儀の業技法の形)格を離れる心である。

 石舟斎の没茲味手段口伝書の「真位上詰号万法積大事」については柳生晴延著「柳生新陰流道眼」に外伝口伝書からの引用をもって解説されています。具体的な業技法の心得として書かれており、宗矩の解説とは立ち位置が違いますが、「格に入って格を離るゝ心也」の結びで宗矩も理解していたかな、と思う次第です。

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2021年3月12日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の110無理拍子と云心持之事

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11、習之目録之事
11の110無理拍子と云心持之事

11の110無理拍子と云心持之事
父云、是は立相処より、ハタハタと途切れもなく叩き懸る也。打の内に打ある心持也。この間を、敵勝たんとせば、夫れを打内にて勝とする也。
 さなければ叩き込みに追い込みて敵打事ならざるもの也。例えて云はゞ、大鼓、小鼓のもみだし打がごとし。間へ入るゝ処、勝也。入れざれば合う処又勝なり。眼の前にある事なれども、一つの心持無ければ是も叶い難し。

 父云、無理拍子と云うのは、立ち相う処より、ハタハタと途切れも無く叩き懸る、打ちの内に打つある心持である。この間を敵が勝とうとすれば、我が途切れも無く打ち込んで行く内に、打って勝とするのである。
 そうでなければ、叩き込み、追込みにて打ち込まれれば、敵打つ事は出来ないものである。例えて云えば、大鼓、小鼓の揉み出し打ちの様なものである。打ちの間へ打込む事で勝つのである。間へ入れないのであれば拍子が合う処で打ち込めば又勝つのである。眼の前に在る事ではあるが、無理拍子の心持無ければ是も叶い難いものである。

 揉み出し打ちとは、能の翁で三番叟の舞にある、小鼓の連打の間を大鼓で打つ舞の打ちを云うのでしょう。

 

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2021年3月11日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の109真之活人剣之事

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11、習之目録之事
11の109真之活人剣之事

11の109真の活人剣之事
老父云、是新陰流のたては(立場?)なり。押取って引っ提げたる構也。太刀の内にも是あり。新当流には下段の太刀をば、殺人刀と殺し用いざる也。陰流には是を活人剣と活かして用いる也。心は構を用いざる故なり。
下段の活人剣は構にはあらで、敵の働きに随い構とするにより殺人刀を陰には活人剣と遣うなり。上段中段下段、長き短き共に構え無き処を構えとする、心持真之活人剣也。構え無くして敵の働きに随いて構になす処、新陰流のたては(立場?)是也。切らず、取らず、勝たす、負けざる流也。是根源也。
亡父の録には真之活人剣付けたり構無き心持一段大事根本也、口伝に有り。切らず、負けざる口伝、重々秘すべき者也、と書る。
亦云、当流には所作を捨て、心に有る本理を構えとするなり。構えは知らずと云えり。

 老父云、是は新陰流の「たては」である、(とは「場に立つ」時の「構」と読んで見ました。)太刀を押っ取って引っ提げたる構えである。太刀を持つ構えの内にも、ただ引っ提げただけの構えもある。新当流にでは下段の太刀を、殺人刀と称して、殺し用いないのである。陰流ではこの構えを活人剣として活かして用いるのである。構えと云っているが心は構えていると云う意識で用いるものでは無い。
 下段の活人剣は、構えでは無くて、敵の働きに随い構えとする事に依り、殺人刀を陰に於いては活人剣と遣うのである。上段、中段、下段、長き、短き共に構え無き処を構えとする。心持ちは真之活人剣である。構え無くして敵の働きに随い構えをなす処、新陰流の立場が是である。切らず、取らず、勝たす、負けざる新陰流である。是根源である。

 亡父の録には真之活人剣付けたり構え無き心持ち、一段大事な根本である。口伝に有り。切らず、負けざる口伝、重々秘すべきものである。と書いてある。

 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の「水月活人刀之事」が亡父の目録にあります。口伝の為解説は有りませんが、水月における活人刀は、構えるのではなく、太刀を引っ提げた無形を意味するのでしょう。敵の働きで如何様にも変化し、敵の待には、敵を働かせる活人刀に替ると云うのです。

 兵庫助は「始終不捨書」では「水月活人刀と云習は昔の教なり。悪し。重々口伝」として否定しています。水月に際し敵の動きを待つのではなく、敵を活かす無形である、先を取る思想が明らかです。

 

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2021年3月10日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の108西江水之事

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11、習之目録之事
11の108西江水之事

11の108西江水之事
引歌に
中々に里近くこそ成りにけり
      あまりに山の奥を尋ねて
父云、心を納る処、腰より下に心得るべし。是専一とす。油断の無き事。草臥れざる先に捧心万に心を付けさせんが為なり。油断の心あればならざるもの也。其の心持肝要也。夫れを忘れざる事を心の下作と云う也。三重五重も油断無く勝ちたると思うべからず。打ちたると思うべからず。夫れに随い油断無くする事肝要也。
上泉武蔵守親にて候。宗厳公之伝、これより外は無し。此の心の受用を得ては、師匠無しと云うなり。受用を得て敵を伺い懸け引き表裏新しく取りなしするより外は是無し。是無き上至極の極意也。

亡父の録に西江水之事、付けたり心也。置く所締むる心持一段大事、口伝と書る。引歌は前のごとし。

亦云、此の西江水之習に亡父の用と、老父の用に替りたる差別あり。亡父の用はけつをすぼむる也。是西江水と号す。老父の用はけつを張る也。是西江水と号す。すぼめたるよりは張りたる方、身も手も寛ぎて自由なる心ありと也。然れども是は、何れにても主々(種々)持ちうべき◯方然るべき也。詞は替れども心の置き処一つ也。心を定めて静かなる時、捧心能く見えるなり。秘事至極なり。
抑(さて)此の習いは亡父年老うて、躰足心ならざるに、冬天の寒時に外にある雪隠へ通うに、山中の事なれば氷解けずなめ(滑)となりて辷り老足叶い難かりけれども、通うとて、倒れんとせし時、此の心持を得路して、今此の西江水と秘して無上至極極意と号す。此の処に至れば万事は一心と成り、一心は只西江水一つに寄する処なり。
* 
 引き歌に
 なかなかに里近くこそ成りにけり あまりに山の奥をたずねて
 この歌は宮本武蔵も五輪書風之巻に道歌を引用しています。「初めて道を学ぶ人には、その業のなりよき処をさせ習わせ、合点の早く行く理を先に教え、心の及び難き事をば、其の人の心を解くる処を見わけて、次第〵に深き処の理を後に教ゆる心也。されども、大形は其の事に対したる事など、覚えさするによって、奥口とゆう処なき事也。されば世の中に、山の奥を尋ぬるに、猶奥へゆかんと思へば、又口へ出づるもの也」

 父云、心を納める処は腰より下、と心得るべきものである。是が第一である。油断無く、くたびれない内に捧心を様々な事に心を付けさせる為である。油断の心が有れば捧心(心の発する処を見る心)万に心を付けさせることはできない。捧心の心持が大切で、それを忘れない様にするのは「心の下作り(諸事万事に下心分別して、油断無き心持)」と云うのである。三重五重も油断無く勝たると思ってはならない。打ったと思ってもならない。捧心に随い油断無くすることが肝要である。
 西江水は、心を納る処、心の付く処、心の置き所で腰より下と心得ること。月之抄を読むの11の53で「神妙剣之事」を習ったのですがその場所は「老父云、中墨と云也、太刀の納まる所なり。臍の周り五寸四方なり」とあって11の55で「真実の神妙剣とは神処也。又実の無刀とは根本の習也。又真実の無刀なり、・・西江水、真実の無刀と云う習を秘して借りたるこころもち一々多し」と云う事で西江水は腰より下で神所である神妙剣で、臍周り五寸四方に位置すると、読めるのです。

 上泉武蔵守は親(流祖)である。宗厳公の伝には是より外の肝要な事は無い。西江水の心の受用を得たならば、師匠無しと云う事も出来る。受用をえて、敵を伺い懸け引き、表裏新しく取り為しするより外は是無し。是は無上至極の極意である。

 亡父の録に西江水之事、付く心である。置き所である。締むる心持ち一段大事。口伝と書かれている。引き歌は前にある如しである。
 石舟斎の「新陰流截合口伝書亊」及び「没茲味手段口伝書」にもこの表題は見当たりません。恐らく口伝の覚書に依るのかも知れません。

 亦云、此の西江水之習に、亡父の用い方と、老父の用い方が違い差別できる。亡父の方法はけつ(尻)をすぼむ(窄め)るのである。是を西江水と号す。老父の場合は、尻を張るのである。これ西江水と号するのである。窄めるよりは張りたる方が、身も手も寛いで自由な心持ちである。 然し、是は何れでも、主々◯用◯◯方然るべきである。詞は替っていても心の置き処は一つである。心を定めて静かなる時は、捧心も能く見えるのである。秘事至極である。

 抑、此の習いは亡父歳取って躰足が思う様にならなくなり、冬の寒さに、外にある雪隠に通う時、山中の事なので氷は溶けず、滑らかになって滑る、老父には叶い難いけれども、通う時、倒れそうになった時に、この西江水の心持を得道して、今此の西江水と秘して、無上至極の極意と号している。此の処に至れば、万事一心になって一心は西江水一つに寄す処である。

 西江水之事ですが、最初に西江水と云う言葉をどこから持って来て付けたのでしょう。
 これは恐らく碧巌録の龐居士語録によるもので「居士 後之江西 馬祖大師に問いて曰く、萬法と侶(とも)たらざる者これなに人ぞ、祖曰く、汝が一口に西江水を吸盡するを待ちて、即ち汝に向いて道(いわん)」から引用したのでしょう。「そんなすごい人は、西江の水をあんたが飲み干せたら教えよう」と云うわけで「教えられそうもないよ」とでも云ったのでしょう。「一口吸盡西江水」、さて新陰流の兵法の極意の教えに凄い名付けをしたものです。

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2021年3月 9日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の107一尺八寸之目付之事

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11、習之目録之事
11の107一尺八寸之目付之事

11の107一尺八寸之目付之事
父云、片手太刀、身を離れたる構、何れも手利剣より上へ、一尺八寸の動きの処を専らとする。これは、極まるなり。其の動き一つに心を付ければ、万事一つになる也。無刀にては上段の構え、何れも大きなる構えは、夫れを心に持ちて分くる心持を思うべし。
亡父の録に、一尺八寸片手太刀よしと書る。
亦云、一尺八寸とは、肩先より拳まで一尺八寸なり。分くると云うは、片手にて打つ故、両手を分けて分くると云なり。片手太刀をば浅く打事悪しゝ。深く思い入れ、一尺八寸を手字と搦みかけて打つ心持也。

 父云、片手太刀や、身を離れたる構えの上段、霞、ハ相、何れも手利剣(手の内、手の裏)より上へ構えている、その肩先より拳迄一尺八寸の動きの処をしっかり目付をする事第一とする。是は極意である。其の一尺八寸の動き一つに心を付ければ、万ずの事一つになるのである。
 無刀にては上段の構え、何れでも大きく構えている者には、それを心に受けて、「分くる心持を思うべし」。と宗矩の説明では括弧内が未解説です。
 
 亡父の録には、一尺八寸は片手太刀によし、と書いてある。この意味が宗矩の未解説部分の説明になるだろうか、一尺八寸の肩より拳迄の敵の打込みには片手太刀で応ずるのが良いのか、ここも未解説です。

 亦云、一尺八寸とは、肩先より拳まで一尺八寸なり。当時の体格では拳より肘までで一尺二寸、肘から肩先までで六寸として一尺八寸でしょう。
 分くると云うのは、片手で打つので、右手と左手が分かれる事に依り分くると云うのである。片手打ちで太刀を浅く打つのは良くない。深く打込むと思い入れて敵の一尺八寸に十文字打ちと搦めて打つ、其の心持ちを一尺八寸之目付と云う。

 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」に「身離目付分目搦之事(みをはなるめつけわけめからみのこと)と有ります。此の解説は相変わらず口伝ですから何が本当の処か判りませんが、身を離れる構えは切先が我身から離れています。その構に対する目付は、両の拳の間、両肘の搦、此処に眼を付けろと云うのです。敵が身を離れる構えから、打ち込んで来るそれに対し、石舟斎は片手太刀で十文字に上太刀になって勝のだと云うのでしょう。

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2021年3月 8日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の106茂拍子之事

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11、習之目録之事
11の106茂拍子之事

11の106茂拍子之事
父云、打つ内之見、懸る内之見、何も見之見、是なり。敵に心を外さず、我れが所作にあり。此方の動きに心を付、初めを打つべし。気前を以て働きは如何様にもあるべし。
亡父の録に替る子細(仔細)なし。
亦云、打の無き内の打、是なりとしるべし。
又云、見るも拍子よと云う儀也とも云々。
又云、目付をきっと見付る処、気浮き立って軽し。見ると、打と一度なりとも云。
又云、茂拍子は無拍子也。茂を無の◯(宛て)字になして心得るべし。
拍子無き処、心に有る拍子也とも云う。根本は我れが方より仕懸打つ打の心持ち也。前にある理の如し。

 茂拍子之事について、父云う、打つ内に見る、懸る内に見る、何れも見るの見、是である。敵に心を外さない、我が所作の内にある拍子である。
 此方の動きに心を付けて、初めを打つべきもので、気前の働きであって、如何様にでもするものである。
 亡父の録と変る仔細は無い。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」に「茂拍子之大事」と有ります。仔細は宗矩同じと云うのですから、敵の心を見て外さず、敵の動きの以前に我れが、心の下作りを以て迎拍子、かく拍子、無拍子など如何様にも、敵の気前に我が方より仕懸け働くべき事の教えでしょう。
 亦云うの幾つかは其のポイントで、「打つの無き内の打つ」「見るも拍子」「見ると打つと一度」「茂拍子は無拍子」「心に有る拍子」などで茂拍子を語っています。

 

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2021年3月 7日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の105手之内猿之木を取る如く之事

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11、習之目録之事
11の105手之内猿之木を取る如く之事

11の105手之内猿之木を取る如く之事
亡父の録には手の内猿の木を取る如し、付り強からず弱からぬ心持、口伝と書る。

父云、是は手の内の強き事を嫌うなり。強みは大指の股に、力を詰めよ、強きなり。握り詰むるを嫌う也。猿の木を取る手の心を感じ知るべし。強からず弱からず敵の打に合う時絞むる心持なり。
又、小指より二つ目の指を、打つに随いて絞むる事肝要也、と書もあり。
亡父の録には手之内之心持之事付り猿之木を取る如し、強からず弱からず、心持口伝と書せるなり。

* 
 亡父の録には手の内は猿が、木を取る様にするが如しである。付けたり、強からず弱からぬ心持。口伝。

 父云、是は手の内の強き事を嫌う為である。強く握るのではなく大指の股(親指と人差し指の股で親指側、或いは拇指球の上部か)に力を籠め、強く詰める(押し付ける様にする?)のである。握り締めてはならない。猿が木を掴む手の心持ちを感じ知るべきものである。強からず弱からず、敵の打ち込みに合わせる時には絞める心持である。又、小指より二つ目の指(小指と薬指、又は小指と薬指と中指)を、打つに随って絞める事が大切である。と書いてあるのもある。

 亡父の録には手之内之心持之事付り猿之木を取る如しである。付けたり強からず弱からぬ心持ち。口伝。

 月之抄を読むの11の102で「没茲味手段之事」で、石舟斎の云う没茲味手段とは違い、宗矩は「是は手の内の心持也。小指より、上の指二つ(薬指、中指)を敵打つに随い、絞め合わせよと云う儀なり」と同じ事を述べています。





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2021年3月 6日 (土)

月之抄を読む11、習之目録之事11の104打之内之打之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の104打之内之打之事

11の104打之内之打之事
父云、これは打つ内に今一つ心を添えたる打也。捧心を能々見ん為の打也。没茲味手段之処にて心得べし。
亡父の録に別儀なし。

 父云、是は打つ内に、今一つ心を添えた打である。捧心を能々見る為の打ちである。没茲味手段の処で解説しているから心得る事。
 前回の没茲味手段之事で、十兵衛の話は没茲味手段を「ぼつじみしゅだん」と読むのだと、なんだかおかしな終わり方をして居ます。その締めくくりを今回の「打つ内の打つ事」として、敵の打たんとする心を我心に写す、捧心による心で見る観の目を以てせよ、其の為には打つ内に打つ心持ちを持つのだと云うのでしょう。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の巻頭の「五合剣」については何も述べられていません。

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2021年3月 5日 (金)

月之抄を読む11、習之目録之事11の103没茲味手段之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の103没茲味手段之事

11の103没茲味手段之事
亡父の録には没茲味手段、西江水、越処と書る。亦録に没茲味手段之事、第一目付之事、第二勇(無刀?)の口伝之事、第三拍子之事、第四身之懸之事、第五懸る左足(さそく)と書るもあり。
父云、是は手の内の心持也。小指よりかみ(上)の指二つを、敵の打つに随い締め合せよと云儀なり。打ってやる内にも捧心の心掛専也。打之内に打ありと云も此心持也。是は没茲味とて姑息也。味のなき処に味を付る心持なり。無味なる処専也。至極也。一則の公案もなくては知り難し。
亦云、没茲味手段(ぼつじみてだん)と読むは悪し、手段(しゅだん)とよむべしと、沢庵大和尚被仰し。

 亡父の録には没茲味手段、西江水、越す処と書いてある。亦、目録には没茲味手段の事、第一目付之事、第二勇之事、第三拍子之事、第四身之懸之事、第五懸る左足(さそく)と書いてあるものもある。
 石舟斎の「没茲味手段口伝書」の巻頭には「五合剣」として「第一勇之事、第二目付之事、第三拍子之事、第四身懸之事、第五佐曽久」の順番で記載されています。十兵衛三厳の手にした没茲味手段口伝書はどのようなものであったのか解りませんが、柳生宗矩は新陰流第3世を印可されていませんので、柳生の庄に居た頃、石舟斎の書き付けたものを見て、書き写したとかあったかもしれません。或は正統印可は無くとも目録授与は有ってそこには、第三世を印可された兵庫助とは異なる目録であったかもしれません。この辺の処は史料研究に興味のある方にお任せしておきます。

 父宗矩は云う、没茲味手段之事は手の内の心持である。小指よりかみ(上の指)の指二つ薬指、中指を、敵の打ち込んで来るのに随い、締め合わせよと云う意義である。打ってやる(?)内にも捧心の心掛専ら也。
 宗矩は没茲味手段之事は手の内の心持ちを説いているのだと云います。その上で捧心の心掛けとして、敵の何を仕掛けようとするかを心を敵に捧げる如き捧心の心掛けで、敵の打ち込まんとする手の内を観の目で読み取れそれが第一だと云うのでしょう。
 打つの内に打つ有りと云う心持ちと云うのは、姑息である。味の無い処に味を付ける心持、と云うのですが、意味不明です。敢えてここまでの宗矩の理を捉えれば、敵の打ち出さんとする心を観受すれば即座に手の内を締めて打込めとでも読めばいいのでしょうか。
 反面、「無味なる処専也。至極也。」と否定しています。そして、何の公案も無い者には没茲味手段の至極は知り難かろうと突き放しています。

 月之抄の作者十兵衛は、「ぼつじみてだん」と読むのではなく「ぼつじみしゅだん」と読むのだと、沢庵大和尚が仰せられし。とやれやれです。

 聊か、捻くれた読みをしましたが、石舟斎の没茲味手段之事の五項目には新陰流の心持ちが歌われている事は間違いないでしょう。此の項目などを推し測ると、石舟斎と宗矩の関係や宗矩と十兵衛の関係に相いれないものが匂って来る様な気もします。是もその方面の詮索を好まれる方にお任せします。
 私はあくまでも、袋竹刀を以て道場に立ち剣術の頂点に立った術理の心を知りたいばかりです。

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2021年3月 4日 (木)

月之抄を読む11、習之目録之事11の102留ると云心持之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の102留ると云心持之事

11の102留ると云心持之事
父云、心の一方へ偏りて、留る事を嫌うなり。着する心也。歩み、所作、心持ち、何れも偏ならざる心持ち専ら也。行く間にも、留まると思わば、取り換え新しく仕直したる心持を習とする也。
引歌に
いつくにも心とまらば住みかへよ
        ながらへばまた元の故里
歩にも、打つにも、仕掛にも、此の心持とどまらざる事を専らとする也。
亡父の録に別儀なし。

 父云、心が一方へ偏りて、留まる事を嫌うのである。居着く心である。歩み、所作、心持ち、何れもそこに居付くような偏(かたより)の無い心持ちを嫌う事を専らとするのである。行く間にても、留まると思へば、取り換え新しく仕直した心持ちを習いとするのである。
 引き歌に
 居着くにも心とまらば住み替えよ
          ながらへれば又本の故郷

 この歌は、居着いてしまえば、いくら稽古して来てみても、元のまゝに過ぎないよ、と歌うのでしょう。

 歩くにも、打つにも、仕掛けるにも、此の心持ち留まらざる事を専らとするのである。
 亡父の録に別儀なし。

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2021年3月 3日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の101拍子敵味方取処知事

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11、習之目録之事
11の101拍子敵味方取処知事

11の101拍子敵味方取処知事
亡父の録に、惣別人の拍子と云事は息合い也。夫れを知る処は足、と腕にて知るべし。敵の継ぐ息をヤッと取る也。我はつむる(詰むる)息なり。
父云、替る心持なし。細かなる心也と云々。

 亡父の録に、惣別、人の拍子と云う事は息の合せである。それを知る処は、人の部位は足と腕の動きで知るのである。敵の継ぐ息を「ヤッ」と取るのである。我は詰める息である。
 父云う、亡父と変わる心持ちの事は無い。細かなる心地と云々。
 
 此処は打つ拍子は、息の合わせ様に依るのだと云うのでしょう。然しその状況を知るのには敵の足の動き、太刀を持つ腕の動きを、見る事だと云う。それと同時に敵の継ぐ息を見観の目で知ることなのでしょう。双方互いの拍子を取り合う、細かなる心地なのだと云々。見る目は普段の形稽古でも知る事は出来るでしょうが、息合いは、見の目と観の目を共に養わなければ読み取れない処でしょう。十兵衛の抜けだらけの文章と、形ばかりを追う棒振りばかりしか出来ない未熟者では、さて、そのつもりで稽古をしなければ得られそうもありません。

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2021年3月 2日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の100太刀拍子持処之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の100太刀拍子持処事

11の100太刀拍子持処事
父云、是は太刀先五寸の間に心を付て、拍子を持て、五寸より早く当たる様に打心持専ら也。
亡父の録には理なし。

 父云、是は太刀先五寸の間に心を付けて、拍子を持ちて、五寸より早く当たる様に打つ心持ちが第一である。
 亡父の録には理は無い。
 
   この太刀拍子持処事の十兵衛の解説は、どの様な状況での打込なのかよく解りません。
 我が手にする太刀先五寸の間ですから、そのまま捉えれば、太刀先五寸の間15cmの長さを目途に心を付けると云う様に取れます。然し、一般的な刀の切る位置は、より厳格に此処と指定すれば太刀先2寸5分7.5cm~3寸9cm物打附近です。切先でも無い太刀中でも無い、物打ちに心を付けて、無拍子に物打ちが打ち込まれる様にする事が大事と云うのでしょう。
 初心者が、負けまいとして必死で打ち込むのを見ていますと、おおかた物打ちより拳が先に打ち下ろされる打込みです。特に空手、ボクシング、合気道などの獲物を持たない入門者によく見られます。
 十兵衛の月之抄にこの手の習いが、ここで語られるのか、違う事を云っているのか頭を悩ませています。
 兵庫助の「始終不捨書」には「十禁習」として「手の下る事」と「拳にて太刀を使う事」が述べられています。太刀先より手が下がった打ちを戒めています。また、拳で打つ事に馴れた竹刀剣道などの打込みは、手先で太刀を使うため手の内がゆるみ打ち負ける事を戒めています。太刀は体で使う事を、軽い竹刀の為忘れてしまったのかも知れません。

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2021年3月 1日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の99かく拍子之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の99かく拍子之事

11の99かく拍子之事
父云、是は違えたる拍子なり。序を切り懸る序の内を一拍子敵と違え勝心持を欠く拍子と云。違い拍子也。
亡父の録に理りなし。

 父云、是は違えたる拍子である。初めの切り懸り、序の内を一拍子敵と違えて勝つ心持ちを、欠く拍子と云うのである。違い拍子である。
 亡父の録には理りなし。
 石舟斎の「新陰流截相口伝書亊」の「角にて闕拍子之事(すみにてかくひょうしのこと)」との習いが表示されています。

 月之抄の「かく拍子」の「かく」にどの様な漢字をあてがうか、此処で判断できません。「敵と違え勝」の文章に従って、敵に逢わせない、欠くとして見ました。新陰流の勢法の中では敵の打込みを外した時が打った時の「くねり打ち」などを思い描いても見ました。全くの当て外であっても心持にはさしたる違いはないと思います。

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