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2013年8月15日 (木)

首里城の爆撃

首里城の爆撃

何処かのおばさんが、首里城を米軍が破壊した事を憤っていました。
「アメリカは何でも勝手に世界中を破壊してる。首里城でしょう、ベトナムでしょう、イラン・イラクでしょう」

結果はそうですが、このおばさんの愛国心は理解しますが、どこか変です。
首里城の地下に司令部を置いた軍の勝手はどう解釈しますか。
攻撃されるべき所を攻撃されたのでしょう。

首里城は昭和初期には国宝に指定されていました。
戦時における特別事態というのでは余りにも日本軍は見識が低すぎる。
明治維新以降の日本には、追いつけ追い越せの思想の中で過去を切り捨てる事に夢中だったともいえます。

沖縄を本土防衛の前線基地としたのですが、昭和20年には沖縄を守れる体制も、軍備も無く、米軍の新装備の上では沖縄は海・空共に防御に不向きだったはずです。

自分達の時代以前に作られた文化遺産は世界中の宝でしょう。
充分配慮して事にあたる様にしたいものです。
人類の歴史に戦勝国は敗戦国の全てを破壊、抹殺しています。そんなDNAが刷り込まれているのでしょう。
敵国の事ばかりではなく自国にもそんな過去は無用の物というDNAが刷り込まれてるのでしょう。

ライオンとかのオスは他のオスの子供をかみ殺し自らの子孫を残そうとするとか、似てますね、でもDNAは後から補充される遺伝子でもあるのでしょう。

2009年4月沖縄を旅行してふと耳にした言葉からの思いです。

すでに消去したブログを敗戦記念日に戻して見ました。

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2012年4月30日 (月)

桜をもとめて

昨年は、東北地方の大震災、大津波、原発のメルトダウンとひどい春でした。そんな中に福島県三春の滝桜を見学に行ったのです。あっちもこっちも自粛と称してちじんでいては、経済は回らなくなってしまうと出かけたものです。斜面に堂々とした古株の桜が満開でした。この三春地区にも放射能は降り注いでいたらしいのですが皆さん嬉しそうに見上げていました。東北ナンバーばかりでしたが東北の方は元気でした。寧ろ被害の無かった地域の方がちじんでいたようです。

4月の27日金曜日。
何も連休に出かける事も無いのですが、此の時機が最もサービスが行き届いて、往き返りの渋滞を避けられれば最も善い季節ともいえるのです。

「ここ駐車してもいいですか」「あ~いいよ、おれんちだ」
山梨県北杜市にある実相寺の山門近くの土産物屋の親父さんです。
「これ、山葡萄だ、所さんの目が点に出た、山葡萄だ眼がすっきりするよ。神代桜は終ったよ。幹にもご利益があるから見物しておいで、帰りによってって。」
日蓮宗の大津山実相寺は葉桜になって見物客は私達ばかりです。
樹齢2000年根元の周囲13、5m。目通り幹10、6m大正10年には天然記念物になっています。枝がなければまるで大きな岩の様なものです。名づけて「神代桜」静かな寺の葉桜見物もいいものです。

「あの~駐車場は何処でしょう」土産物屋のお母さんが「あ~あそこにどうぞ、城まで300mほどよ、家の脇を登れば直ぐよ」
「ありがとうございます、帰りに寄らせてもらいます」
午後5時過ぎの高遠城跡公園はもう閉園です。21時までは無料で解放されていました。
昨日辺りから散り始めたと云う桜の花びらで地面はピンクの絨毯を敷き詰めたようです。
風も無いのに花びらが舞う、風に吹かれて花嵐が舞い上がり髪の毛に纏いつきます。
何処か物影で鳴く蛙の池にも花びらが敷き詰められて水面は定かではありません。
自由解放された桜の園は静かにピンクに染まり夕陽の影は花の絨毯の上に長く伸びています。
樹上の桜、足元の桜花、花吹雪。何時来てもここの桜は物思いに耽りたくなります。

高遠頼継の居城でしたが、武田信玄の信濃攻略の拠点として内応し、後に武田と対立して攻め取られています。
勝頼の時代に織田と対立し織田は高遠城を甲斐攻略の拠点にしようと5万の軍勢を差し向け、高遠城は仁科氏以下3千の寡兵で玉砕したと伝えられています。

玉砕を余儀なくするほどの武田とのかかわりや、武田が織田、徳川連合に何故最後まで対抗したのかなど思いを廻らせていました。
傾く夕陽に急かされて土産物屋で駐車料相当のお土産を買って後にしました。

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2011年6月26日 (日)

ほたるの乱舞

今年の梅雨は何とも梅雨らしくて、其の上既に39度などと云う猛暑の前触れまでしています。

ホタルの乱舞が見たくて極地天気予報をチェックしながら一喜一憂していました。

どうやら24日の金曜日が曇り勝ちながらホタルが飛びそうです。

ホタルぐらい何処でも見られそうなものですが、私がもう一度見たいと思った所は、長野県辰野町の松尾狭のほたる童謡公園のホタルです。

居合の稽古も書の創作も放り出して、用事は無理やりお願いして出かけてしまいました。

なんとなくハッキリしない天気に、鬱々としながら18時前に到着です。

地元の方が「あの山に雲が掛かっているし、南の方は雨って聞いてるし。どうかなあー」と情けない事。

台風の余波か雲は早い速度で流れて行きますが、夏至の2日後ですから明るく、青空も、夕焼け雲も、一面の雲も繰り返して賑やかです。

地元の誰に聞いても「どうかなー」

菓子パンやらクッキーやらたこ焼きやらでホタル待ちの時間つぶしです。

ホタルはこの時期、ゲンジボタル、7月に入ってヘイケボタルのようです。

発光するのは日没後20~30分後

どうやら、時間も押し詰まって、雨も降り出してきません。

入場料300円はホタルの管理にはやむないのですが、雨かどうかぎりぎりまで券を買わずに入場しない根性はケチと云うのか、しっかり者と云うのか。

いつの間にか、人出も増して切れ目無く公園内に押し寄せていきます。

時間を計ったように19時30分「光ったー」と大声があっちこっちで聞こえてきます。

小川近くの草むらで一つ光ると、大騒ぎです。

それが、段々増えて、あっちこっちで光だします。

手前よりもあっちの方が沢山光っている様に見えたりして、右を向いたり、左を見たり、手前に戻ったり。

20時を過ぎる頃から、光の数を増して、小川の縁から、草の先端に登っていきます。

そして、一つ飛び出し、二つ飛び出し、見る間に、ホタルの乱舞が始まりました。

目線もいつの間にか上にホタルを追って、雲間を漏れる星と同化したり。

目を落とすと服の端で光っていたりして、柔らかな可愛いい光につい手が出てしまいます。

集団で塊になって乱舞し、同時に光る時は歓声まで上がって賑やかで、平和な気分です。

凡そ5、6千匹のホタルの乱舞が20時半頃をピークに、ホタルだらけです。

充分堪能して、「もう帰ろう」、公園の外の小川でもホタルの小集団が乱舞しています。こちらのホタルはうちの家族で独占です。

ふと「3年前の方が沢山乱舞していたように思える」と言いますと、「頭に中でどんどん空想が広がったのよ」とそっけないこと。

条件さえ良ければ1万でも2万でも一斉に光るかも知れません。

岡谷から和田峠を越える頃には、どしゃ降りになり、20m先も見えない濃霧の中を山越えをしました。

宿では遅くなりすぎて飯も無く、カップラーメンをすする惨めな夕食でも、たちまちぐっすり寝込んでしまいました。

翌日は強い日差しが背中を焼き付けて、清泉寮のソフトクリームがぽたぽた溶けて味わうゆとりも無いようでした。

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2011年5月 6日 (金)

安曇野へ

NHKの朝番組「おひさま」に刺激されて、4月の終りに安曇野を訪れました。

今年の信州は、例年より春が遅いように感じます。コブシと桜、杏などが一緒に咲いて、落葉松がもう少しで芽吹きだしそうです。

何時だったか定かではありませんが、秩父の山を越えて信州に入ると、一斉に春の花盛りだったことが思い出されます。その時も春の遅い年だったように思います。

安曇野と言っても、何処が安曇野なのか定かにはわかりません。

松本から大町へかけて、西に屏風のような北アルプスにさえぎられ、糸魚川に向う街道筋一帯の平地を云うのでしょう。

安曇野市がありますからそんな辺りでしょう。

目指す処がありませんと、車では安曇野が味わえ無い事になるかもしれません。

午後から雨が予報される中を、ナビに従って中仙道を北上して松本平に入ります。

観光バスも自家用車も少ない、楽なドライブでした。

糸魚川街道を北上して行くと、そろそろ蕎麦でも食べたくなります。

「わさび入りの蕎麦を食べましょう」

看板が、大王わさび農場と出て脇道にそれます。

農場付近は駐車場への入場待ちで渋滞します。

ここも、観光バスが見られません。大きくバス用のスペースがあるのですががら空きです。

わさび蕎麦につんとして、治りかけの花粉症を刺激されます。

清流にわさびばかりの農場に雷が鳴って雨が降り出しました。

「大王・・」の謂れですが、その昔大和朝廷が日本中を平定しようとここにも攻め上ったそうです。その時そこの大王が最後まで抵抗したのを称えて付けられたものです。

神話とは言え、文字の無い時代に日本中を平定し、国を統一して今日ある事を考えると天皇家と日本を考え直して見る気になります。

歴史は神話とともにあって、伏せてしまうものでもないでしょう。

神話が今に息づいているのも日本です。

時の権力者が、天皇家を利用して権力を思うままにしたのも日本です。

GHQに日本史を隠すように指示されて随ったままなのも日本です。

グローバルビジネスでも国境なく、産業の空洞化を指をくわえて見ているのも日本。

この大震災で「日本・日本、一人ではない」と叫んでいるのも日本。

何処に漂っていくか、目標の見えないのも日本。

どんなに津波で蹂躙されてもここで生きて生きたいと望むのも日本です。

横道にそれすぎました。

食堂のお姉さんが「雷が鳴り出しましたよ。気を付けてよい旅を」と、送り出してくれました。

「次は、ちひろ美術館」

晴れていれば、土手に寝転んで川面や雑草でも見ていたいのですが。

雨です。

ナビも私も素直です。

いわさきちひろ、子供を描いてはほのぼのとさせられる作家です。

水彩画でぼかしを使って暖かな雰囲気を高めています。

戦争の焼け野原に、姉に背負われた弟の姿が今度の震災を思い出して泣けてきます。

黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」の挿絵と徹子さんの文章が子供の頃を思い出させてくれました。

小学校を秩序に随えない子として追い出された「トットちゃん」。

授業より雲の動きに引き込まれていた私。

読めない漢字にぶつかって「まだ習って無い」と先生に噛み付く私。

展示室のあちこちに置かれた童話を、母と娘で読み合うのを思わず聞きほれて、立ち聞きしてしまいました。

こんな安曇野でした。

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2011年4月24日 (日)

三春の滝桜

今朝は5時に起き出して、三春の滝桜を見に出かけてしまいました。帰宅は夜の9時20分でした。

往復800km弱のドライブでした。

3.11の震災の猛烈な規模と、被災地の惨劇を見ると、とても東北へ足を向けられない気になって、その時は計画をポシャにして其の分、義援金としてお送りしておきました。

その後、3月、4月に予定されていた同窓会やら何やら自粛と称して、延期の通知を貰いました。

花見や花火や、夏祭りやら皆自粛ムードで消費の低迷はまだしも、電力不足による生産減、風評による輸出の減少、もたもたした義援金の配布や、原発補償の不透明さ、これでは日本経済は回らなくなる、秋口から相当の不況風が吹き荒れてしまうように思えてきました。

幸い被災地にも春は来て、桜前線も北上していきます。

花は一気に咲いて、華々しい活気をもたらし、葉を茂らせて次代に繫いでいくのです。

復興景気が日本列島を駆け抜けるくらいのパワーがほしいものです。

「やっぱり三春の滝桜を見に行こう」

昨夜思い立って、出かけてしまいました。

幸い、道路も所々工事跡を残していますが、順調に稼げて午前10時には、満開の桜の下に立てました。

その後次々に訪れる人で、三春は滝桜見物の車で、大渋滞です。

ナビの案内は無視して脇道に迂回してスルスルと到着してしまいました。

気がついたのですが、福島県、山形県の車が殆どで、横浜ナンバーなど気がつきませんでした。

それに観光バスが全く無く、団体旅行も無さそうです。

滝桜は太い古木が四方に枝を広げ、延びた小枝の先まで重そうに垂れて、見事に咲き誇る姿はやっぱり来て良かったと、思いました。

地元の人が圧倒的に多かろうとも、元気な人が一杯出てきたのはにはほっとさせられます。

どんな事があろうとも、季節になれば季節を喜べる気持ちを忘れないようにしたいものです。

ついでに、喜多方まで足をのばして、ラーメンとしました。

何処にどのような店があるかもわからず、さびさびとして人数少ない喜多方駅でパンフレットを手に入れ、駅前でそれを広げて困っていますと、ラーメン案内のお姉さんとお爺さんに「今日は想定外の客足で、何処もスープがなくなって、店じまいの準備に入ったよ」と、久々の賑わいに興奮しながら脅されてしまいました。

それでも、並んで食べたければここ、但し現在180人並んでます。古い店はここ、サッパリラーメンはここ、などアドバイスを貰いました。

駅近くの紹介されたお店は、お婆さんが昭和31年に調理師の免許を受けてずっと続けているようで太った身体をゆすってラーメンを運んでいます。サッパリ仕立で2時過ぎの空腹に美味しく食べさせてもらいました。

鶴ヶ城もチラッと城内を通過して、桜と人ごみに揉まれて大急ぎで帰路に着きました。

夕食は、今々、レトルトのひじきご飯だけで済ませました。

久しぶりの長距離に身体がまだ揺れている感じです。

駆け足過ぎて、ガソリン代と高速代ばかりで経済効果の乏しい一日でした。

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2009年9月 2日 (水)

ムササビの宿(ヤンバダム)

ヤンバダムの行方はどうなるでしょう、3月の書き込みを民主党の主権交代による公約によって中止もあるかと思い移動しました。

群馬の吾妻川の右岸の斜面に川原湯温泉はあります。

先日のテレビでムササビの来る宿として人気があると報道されました。

5年ほど前一夜を借りました。

軒端にムササビがちょこんとこちらを見ていました。

林の露天風呂は満天の星に包まれていました。

宿の女将に「ダムに沈むのは勿体無い残せませんか」と言うと、迷惑そうに無言で

去っていきました。

その後何度も小諸から浅間を越えて訪れました。

まだダムは完成していません。

山肌が削られ殺伐とした光景が広がり始めています。

古くは源頼朝が開いたとも言われ70度の源泉は豊かです。

この吾妻川に八ツ場ダムの建設が持ち上がり何れ温泉はダムに沈む事になっています。

話が出てからもう随分時が経ち、何の為のダム建設かぼやけています。

春は新緑、秋はモミジ、夏は川原遊びに、温泉に浸かるとほっとします。

かつての必要は今やいらないもの、将来を見越して見直してもいい時期でしょう。

払った保証金やこれまでの工事費を問うよりもここまでの破壊を生かした見直しが望ま

れます。

水不足解消と言う名目は時間の経過の中でウソになっているのでしょう。

一部の人の利権が優先したかどうかも如何でもいい。

自然と文化を消し去って事業を成し遂げたと言う似非文化は悲しい。

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2008年11月 8日 (土)

馬庭念流

群馬県の馬庭にある馬庭念流の道場を見学しました。

藤岡から富岡方面に抜ける街道筋から少し入ったところに、突如江戸時代の門構えが現れるといった印象です。

母屋に寄って道場の見学を申し込むと快くお許しをいただけました。

潜り戸から入るとすぐ稽古場です。

正面に一段高く、当主の段があって、稽古道具の木刀、槍、薙刀が掛けられてあります。

「今日は明治神宮に行っていて、誰も居ないのですよ」とはじめに挨拶がありました。

ただでも静かな田園の中の道場ですから、シンと静まり返っていました。

600年の伝統を持つ古武道をこの地に続けて、今静かです。

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