日記・コラム・つぶやき

2018年8月25日 (土)

権力者を甘やかすのは何かその5

権力者を甘やかすのは何かその5
 武術を学ぶ最終目的は何でしょう。
 業技法を磨き上げ古来からの奥義を身に着け免許皆伝を手にする事などは目的とは言えません。
 K地区のSN支部のA支部長は、連盟の権威に裏付けされた段位相当の権力がある、従ってその秩序に従って上意下達を守らない者は支部運営に不当の者として除名とする、などと云って威張って見せています。
 自分勝手な理屈で、「Tは範士に昇段させてやったのに、お礼にも来ない、ケチな奴だ」とか。
 そうかと思うと、K地区ではお茶接待などでお世話になっているSH地区の女子に対し「俺に会っても挨拶一つしない、俺に何か遺恨でもあるのか」などと自分から気軽に挨拶しても居ないくせに怒っています。
 自分を大道場主と見せるためか、辞めてしまった元会員を休会扱いにして水増し会員数を誇って、連盟本部に報告し実働会員の会費から連盟会費を休会員に振り当ててもいます。休会の者の現住所すら判らなくなっている者も居る始末です。
 現在では正会員10名休会員24名どう見ても可笑しい。傘下の道場より正会員は少なくなっています。みんないつかは戻って来るとでも思っているならば脳天気です。
 それでも或る時、仕事の都合で休会していた者が復活して来て、稽古に励んでいました。ところがその者の模擬刀が、真向振り下ろされた際鍔元から折れて前方に飛び切先から道場の床に突き刺さり切先を床に残して再び折れてしまいました。
 公共の道場ですから当然使用中の損傷は弁償しなければなりません。床板は数枚はがして修理しなければならずかなりの出費が予想されます。
 彼は休会とは言え、かならず仕事のけりが付けば戻るつもりで、年会費も前払いで払っていました。会の団体保険も払われていると思った所、経理担当者の独断で稽古にも来ない者として彼を保険対象者登録をして居ませんでした。
 A支部長はそれにもかかわらず本人に弁償させ様とし、自分にも迷惑をかけたのだから「俺に詫びるべきなのに保険の事を持ち出すなどフザケタ奴」と決めつけ、除名処分にしてしまいました。
 その上「最近のIT産業に従事する者は武士道精神がなってない」、とITも知らないくせにわけもわからない理屈をこねて怒っています。
 何のことは無い、便利屋さんがノミで切先を掘り出し、接着剤を注入してタダで一件落着です。
 彼だって、模擬刀が破損するなど思ってもいない事だったでしょう。稽古中の事故なのだから会で補償する位の事は当然の事です、その捌きに彼は感激してお礼をA支部長にするのならわかります。
 頭がおかしくなったのでしょう、突然4月になって5月に支部の創立12周年記念の祝賀会をやると云い出す始末、12年間も支部の祝賀会などやったことも無いくせに誰にも相談せず、支部役員と話し合いもせずに、祝賀会の場所を個人的に親しくしていた休会の者に頼み場所も金額も決めてしまう始末です。
 12周年記念会誌も作ると各道場主にさっさと原稿を書かせてしまう。その上自分の作文を年次順に掲載させようと、十篇も持ち出し、自分の演舞写真も何枚も用意し目次迄仕上げています。
 自己顕示欲が強い事は居合などの演舞にとって悪い事ではありませんが、他の道場主を思いやる心が抜けています。
 其の上、今時原稿用紙にペンで書かれた物など印刷屋では迷惑です、持ち込む原稿はワードで其の侭印刷可能状況にしませんとA4一枚相当の変換費用が発生します。最初から所定のワード形式で作文が出来て居れば安く楽々処理できるものを無駄な金と時間を浪費させています。
 作文の内容は何のことは無い、支部の記念誌では無くA支部長の独断の遺言みたいなもので、意味不明の武士道精神の押付に過ぎません。
 4月、5月は連盟の全国大会もあります。会員の多くは社会人として実業を持っているため金銭的にも日程的にも暇な隠居爺さんと同じわけはないのです。
 次いでですがこのA支部長は体調不良と称して連盟の全国大会をさぼっています。
 月日をもう少し後にしたらと進言すれば「もう時間が無い」とすぐ死ぬような事を言って遮二無二自分の思いを通そうとして険悪です。まだまだ今日も元気に生きています。
 日大アメフトの不祥事にタレントで元日本陸上界の十種競技のチャンピオン武井壮さんが、最近のツイッターに良い事を載せています。
 参考になるのでその趣旨を、ここにお借りして「権力者を甘やかすのは何か」を考えて見たいと思います。スポーツについての発言ですが当然武術にも充当できるものです。
 「スポーツは努力して夢を叶えて幸せになる為のもの、くだらない権威争いとか保身の為に子供を扱うものでは無い。
 指導者の仕事はその知識と経験で最善の努力の時間を提供して世の中で生きていく為の武器や名誉や勝利より大切な人生を与えてあげる事。
 どんな道でも指導者の仕事は、常に新しい鍛え方や戦術を研究して選手に最短で最善の努力を提供する事で決して強権を翳して激務をこなさせたり利用したり自分の名誉を誇る事じゃない。
 どこぞの居合の段位取得年数の有り様を見てみますと、入会から最高段位迄最短の時間でも40年はかかる仕組みです。
 その上年齢制限や次の段位迄4年も5年も待たせる仕組みを当然の如く誰も疑いも無くやっています。
 その待ちの間に稽古を疎かにすることも覚えてしまい、時期が来たからと突然2、3カ月前に付け焼刃の稽古に現われ昇段しています。一度手に入れた段位を落される事も無い仕組みはナンセンスです。
 A支部長の様に、張り子の虎が棒を振っている様なへぼ居合でも十段になってしまう、其れも連盟会長の推薦だそうです。
 次いでですが張り子の虎とは、刀を手で振っているからのことで体で運剣できればいいだけですが、竹刀剣道や居合だけの人には出来ない様です。
 長くやっていただけで武術としての術理にも乏しく、本物を指導する事も出来ず「居合は上意下達である黙って従え」では笑ってしまいます。
 こんな者を十段にして、其の上幻の権威を翳し権力を振り回す者を支部長として認めて居たのではこの連盟本部も、最近話題の全剣連と同様に思えてしまいます。
 聞くところによると連盟会長の提案に誰も口を挟まず「ご無理御尤も」だそうですが事実ならば、役員の方達もそれでいいのでしょうか。
 事実ならば居合人口は減る一方でしょう。人が減れば組織運営は金銭的に難しくなります。いたずらに増やせば、レベル低下は眼に見えてきます。
 居合は、仮想敵相手の一人演武ですが、それだけに様々なシュミレーションによる知育体育の動きを幾つになっても学べるものです。
 其の上修行を重ね、それも何の為に居合を学ぶのかの自問自答に至る時「はっと気が付く事は」自分は勿論の事なお多くの人々が幸せになる糸口を、仮想敵相手のシュミレーション思考が教えてくれる道であると気が付くのです。
 邪魔をするのは権威を嵩に権力を振るう者を育成している仕組みにもあるのです。居場所が無いと不安でならない弱虫の日本人を引き付けておく最高の手段が段位制度でもあるのです、そして最悪の方法でもあるのでしょう。
 そして、「かたち」にはまっただけの動作と、上から目線の和をよしとする一方通行にあるのでしょう。
 
 
 

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2018年8月20日 (月)

権力者を甘やかすのは何かその4

権力者を甘やかすのは何かその4

 大江正路先生の兄弟子細川義昌先生系統の無雙神傳英信流抜刀兵法 貫汪館 館長森本邦生先生の連盟不祥事について代表として御門弟の方に示されたものと思いますがそのお考えです。

 facebookに投稿されておられるますのでお許しをいただき松原昭夫ことミツヒラのfacebookにシェアさせていただいています。

 ミツヒラブログの連載中の「権力者を甘やかすのは何か」と関連するお考えですからこちらにも全文を掲載させていただきます。 

 「私たちとは全く関係のない団体の出来事ですが、混同されてはいけないので記しておきます。私たちが行っているのは居合であり、居合道という言葉で表されるものとは別物です。

 日本に着いたら居合道の段位を金で買うことが問題になっていますが、そもそも、他流派の人間を別流派の人間が評価することができるのかどうか…。価値観が全く異なります。本来は流派の免許皆伝を得て、指導している者が自分の弟子を評価するものであって、指導もしていない人物を評価できるはずはありません。
 今回の問題は以下のように考えることができると思います。将来的に同様の問題が私たちの団体におこらないように。
1.他流派の者が自分の考え方に基づいて異なる流派の弟子を評価する事。
2.流派が同じでも全くといっていいほど考え方が異なる道場の者が他の道場に所属する者を評価すること。
3.そもそも古武道は免許皆伝を得た者が指導するのにもかかわらず、段位があるというだけで、流派を体得してもいないのに指導するため、考え方が異なる他者の評価する段位が必要になること。
4.他のスポーツのように収入がないこと。十分な収入があれば、そこまで卑しくはなれない。
5.上記に関連しますが、世間一般が武道はボランティアで教えるものという誤解があり、それに基づいて組織運営している事。・・・江戸時代であれば、藩の師範は藩主から禄をもらっていて、さらに+αの収入がある場合もあった事。それ故に弟子からは道場の維持費程度の謝礼しか必要としなかったこと。
6.段位は技量を示すものであるにもかかわらず、その基準が明確ではない事。・・・流派によって、道場によって考え方は異なるので、流派や道場をこえた段位制度に、もともと無理がある事。

 結論を言えば、古武道としての流派武道であるならば流派をこえた統一した段位制度には無理しかありません。
 また、流派の免許皆伝を得ていない者が、段位があるというだけで独立して流派を名乗って教えることには無理があります。
 流派を名乗るのであれば正しい道筋を歩むべきです。」

 

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2018年8月16日 (木)

権力者を甘やかすのは何かその3

権力者を甘やかすのは何かその3

 

前回の所で紹介した「神妙剣」を読んでみます。

この項目は20181214日にアップ予定ですが、先行しておきます。

 

神妙剣

 深キ習二至テハ実ハ事(業)無シ常二住座臥二有之事二シテニ六時中忘レテ不叶事ナリ彼レ怒ノ色見ユルトキハ直二是ヲ知ッテ怒ヲ抑ヘシムルの知アリ唯々気ヲ見テ治ムル事肝要中ノ肝要也是戦二至ラシメズシテ勝ヲ得ル也去ナカラ我臆而誤(謝)テ居ル事ト心得ル時ハ大二相違スル也兎角シテ彼レ二負ケサルノ道也止事ヲ得サル時ハ彼ヲ殺サヌ内ハ我レモ不死ノ道也亦我カ誤(謝)ヲモ曲ゲテ勝ニワ非ス誤(謝)ル可キ筋ナレバ直二誤(謝)ルモ勝也

 彼カ気ヲ先々二知テスグ二應スル道ヲ神妙剣ト名付ケタル也委シクハ書面二アラワシ尽シ難シ心ヲボヱノ為二其ノ端ンヲ記置ク也

読み及び読み解く

 さて、神妙剣を読んでみましょう。

 然しその奥にあるものは、己を正しいと信じ貫き通すだけの物を持たなければ読んでも意味は無いものです。奥義とはいえないでしょう。

 業技法も、居合の極意も充分修練を積み重ね、何時如何なる変が起ころうとも応じられるに至って、実はその様な業事では無く、常住坐臥(いかなる時でも)この心を持ち、ニ六時中忘れてはならない事が神妙剣である。

 彼れ怒りの色が見える時は、直ぐに是を知って怒りを抑えしむる(叡)智を身に着け、即座に気を見て納める事が肝要中の肝要である。

 是、戦に至らしめずして勝ちを得るものである。さりながら、我は彼の怒りに臆して謝り(原文は誤)て居る事と心得る時は大いに相違するのである。

 兎に角、彼に負けざる道で、彼の怒りを納める事が出来ない時は、彼を殺さないうちは我も死なないと云う程の道である。

 亦、我が誤っていることを何が何でも正しいと云い張り曲げて勝つのではない、謝るべき筋があるならば直ぐに誤りを正し謝るも勝なのである。

 彼の気を先に知って直ぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたのである。委しい事は書面に書きあらわし難い、心覚えの為にその一部を記し置いた。

 如何に武術に優れ、どの様な相手と対しても負ける恐れはないとしても、行き着く所は戦に至らしめずに勝ちを得る事であると云い切っています。

 コミュニケーションの最終手段として武術が用いられるとするのも、いつの時代にも、国と国、個人と個人で行われしかとして扱われていたかもしれません。一部の権力者が保身の為に用いて来た手段とも取れるものが目立つのが悲しい

   この曽田本に記された最終章は、勝つとは何かを考えさせる一文でもあるのでしょう。

 

 寄り添うものは前に向かって進む、己の心ばかりかも知れません、信じた道を歩く以外に道は無いのでしょう。

 論語に「君子は上達す、小人は下達(かたつ)す」。並以下にもかかわらず、時期が来たのでもらえた段位に、其れも目録程度の印可です。それを以って嵩に懸かって来ても何の事も無いのです。

 居合を続けて、行きつくところが己の権力行使の自己満足の保持であっては、そんなところに所属する意味は或るのでしょうか。

 趣味の集団で40年頑張ったご褒美が段位、集団の権威を嵩に権力をもって、服従させようとする愚かなことで、何をやってきたことか。

 相手をするのもばからしいのですが、あまりにもこのところあちらこちらで目に付く事が多すぎます。マスコミに迎合するのでもなく、役立たずの上意下達をこの団体は当たり前として求めているのだとしたらこれから始める人も考え直すべきものでしょう。

 

 

 

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2018年8月 9日 (木)

権力者を甘やかすのは何かその2

権力者を甘やかすのは何かその2 
 座蒲の上に腰を下します。曹洞宗陽谷山龍寶寺の今朝は風も無く、ほんの10分ほどの距離を歩いただけで、汗が噴き出て来ます。
 本堂にはエアコンも扇風機も無く、一口ポカリでも含みたい処ですが、持ち合わせなどあるわけもなく、其のまま座禅に入ります。
 
 「権力者を甘やかすのは何か」をアップしました処、慢心を戒める一文が送られてきました。
 常に前へ前へと向かって歩いて行きますと、途中で足踏みしている人を、知らず知らず追い越してしまう事もあるはずです。
*
 足踏みには大きく二つあります。
 一つは気持ちは前を向いて居ても、体が衰えて思うように動かないため、稽古をサボリだす足踏み。永年武道をやって来た人に多いですね。武道は頭と体によるものですから稽古を疎かにすれば忽ち衰えてしまいます。
 二つ目は、目指すものは居合であったのに、段位を登りつめ、組織でも顔を効かせられる様になると居合はそっちのけで、連盟の権威を背中に、権力を振り回し、己の立場を守ることだけに、気を入れるばかりになって稽古をサボりだす足踏み。是も武道を好む六十過ぎの古参の者に多いですね。
 「俺が一番、俺を批判し、俺の指示すること以外はやってはならない、まして俺の出来ない事を学ぶとは何事か」と、頭から湯気を立てて怒りだす驕りも哀れなものです。
 その上、自分の過去の幻の業績が通じると思う慢心が、「お前に何が解る、俺の立場になってからほざけ」と喚き、威圧しようとする。
 さて、その過去の業績。
 はて居合は40年程続けてきた様で長く続けることが唯一の業績でしょう。その他の実業では目ぼしいものは見当たらない。何か本を書いていたというのですが、すでに絶版となって何処からも手に入らない。再版するだけの要求もないのでしょう。
 この人はその時代と共に生きている事を否定してしまう、また普遍的なものを見つめずに独善的な解釈をすれば、唯の復古趣味の夢物語にしかならず定番にはなり得ないものです。
 このブログの参考に、なだいなだ著「権威と権力」―いうことをきかせる原理ときく原理ー、を傍らに置いています。この本は1974年昭和49年第1刷発行で2016年平成28年第53刷発行です。
 本人は書き続ける気力が失せたとか、書きたいことは書いたと云っている様ですが、居合同様に宗家の真似事の棒振りに終わり、資料を纏めたに過ぎず、思想的に生涯発信し続けるものをもたないので読み捨てになってしまい印象に残りません。発信する、是はすごいエネルギーを必要とします。
 そんな中で、居合だけは、40年もやって来たのでしょう。時が来れば昇段審査が受けられます、初段から最高段位迄に規定の年月を過ぎて昇段審査を受ければ、上がって行かれます。段位とそれに相応しい評価かは疑問ですが、長い事続けて最高段位がもらえたのでしょう。
 その居合も、目録を得た程度ですから、業を覚えて一人演武が出来るにすぎません。
 目標を持った稽古をしていませんから、老齢の者に往々にしてある体力と気力が失せて、どんどん廃ってしまいます。
 段位と自分の社会的価値を混同している人を見受けるのですが、ただ真似をしてきただけの人にそれは有り得ないでしょう。
 地位相当の立場を周囲に認めさせるのには、段位と門弟の数しかないと思ったのでしょう、実際に稽古に励む会員10名、休会と称する辞めてしまった水増し会員24名。一目で異常です。
 権威を背中に、権力があると錯覚した人生、やれやれ困ったものです。その権力に威嚇されて、間違っていても云う事を聞く哀れな人達、どれも困ったものです。
 送られてきた文章の一部をお見せしましょう。
 出典はMisterkei0918さんの「驕りや慢心は可能性を潰す」と言うブログです。

 「驕りや慢心は可能性を潰す


 焦りは周囲に配る心使いを失い、人心の安定を損なうものです。

 相手への思いやりや信念に基づかない怒りや憤りは、やがては自らの立場を失い、却って他人からの怒りや憤りを買うものです。そして驕りや慢心はやがてその人を破滅に追い込むようです。

 自分が優位な立場であろうとも、相手を無視した態度や行動はやがては優位性を失い、却って人間的に見下げられる始末になってしまいます。

 相手に利益をたとえもたらしたとしても、それで人心が買える訳ではなく、反対に信頼を損なっている事を覚えておいたほうが良さそうです。・・・・」

ーお送りいただいた文章の一部ですー

 どんな小さな集団でも永年トップに立つと、知らず知らず心に驕りがはびこってきます。

 弟子の慢心を戒める積りが己の慢心で自ら首を絞めて居る事になります。

 弟子が師に随うには、師としての光がありそれを学びたくて弟子となり、学んでも学んでも師も前を向いて歩いて行ってしまう。弟子を鏡に己を磨くのでいつまで経っても越えられない、これが理想的な関係です。

 

 弟子が師の域を超えた部分は師も見習って取り込む、それをより伸ばすために師としての手助けをする。夫れだけの人としての大きさが必要でしょう。

 弟子の慢心を戒められるのは、弟子が初心の頃にいつまで経ってもうまくならないのに、出来たつもりの思い上がりを諭すことぐらいの事が精一杯のことです。

 そして最もぶざまなのは、権威を背中に背負って、権力を嵩にして、俺の推薦が無ければ昇段は望めない、と、弟子に恭順を強いて威圧することで得る優越感を露わにすることです。

 段位などどうでもいい者には、何の脅しにもならないものです。

 いつまでも術理で弟子を圧倒できること、これは目的をもって修業を欠かさずにいなければ直ぐ越えられてしまいます。

 武術を己の生涯のものとして弟子を持った以上、譬え病や老齢の為に伏して動けなくなっても、何時如何なる変にも応じられる心を持たなければ、必ず越えていく弟子が現れます。

 

 土佐の居合の極意中の極意「神妙剣」を知ることなのでしょう。

 「神妙剣」など聞いた事も無い棒振り40年では、唯の老人体操に過ぎず、居合は健康保持のお役目しか果たせない、それでは無理な事です。

 座蒲の上で、30度を超えだす気温に、にじみ出る汗と共に「権力者を甘やかすのは何か」が、はっきり見えて来て、目標を得て大きく膨らみ、新しい方向を示し始めています。

 

 

 

 

 

 

 
 
 

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2018年8月 3日 (金)

権力者を甘やかすのは何かその1

段位のもたらす弊害
権力者を甘やかすのは何かその1
 
 日大アメリカンフットボール部の監督に指示され、対戦相手の選手を怪我をさせた不祥事が報道されていました。
 怪我をさせた当事者は、記者会見を行い己の非を述べていましたが、発端は監督やコーチからの脅しによるものです。
 言われたことを実行しなければ、今後の試合に選手として出してもらえない、卒業後の進路も閉ざされてしまう、そんな恐怖からやってはならない事をしてしまったのでしょう。
 暴力と制裁による威圧で思い通りする事は戦前の軍隊式と何ら変わらない、その様な悪弊が運動部に今でも日常の様に行われている典型でしょう。
 事件から何カ月も立っているのにようやく日大では、この監督とコーチを懲戒解雇する発表をしています。
 アマチュアボクシング連盟の会長の不法行為と独裁行為が、連盟会員300名余りから訴えられています。強化選手に与えられた強化費を他の選手にも均等に分けるよう指示して実行させた不法行為、試合での可笑しな判定、オリンピック選手の選定にも会長の一声で忖度を効かせる行為などによる様です。
 
 女子のレスリング協会でも、意に添わないと云ってオリンピック四連覇の伊調馨選手を爪はじきにし、練習場所さえ奪ってしまうなどの悪質なパワハラが問題になっています。これなど日本国民の思いなど無視した暴挙でしょう。
 
 同様の事はずっと前からあったのでしょう、今年になって大きな話題としてマスコミに取り上げられています。
 不当なしごきと、強化訓練とは紙一重であっても根底にあるものは全く違います。その団体の長の自己満足が優先して選手などの変わりは幾らでも居るという慢心がなせる、人としての程度の低いものです。
 夫々、状況は異なる様ですが、権力を手にした協会や連盟の会長、監督やコーチが選手を思い通りに動かして、悦に入っているとしか思えません。
 選手は、干されてしまってはどうにもならない圧迫感から、従わなければならない心理状況に追い込まれるのでしょう。
 このブログでも、昨年全剣連の居合道部での八段昇段審査の話で、受審者が審査員に大金を積んでいるコメントもありました。金で買った段位にどんな意味があるのでしょう。
 最高段位を得た者は箔が付いたと思い、弟子も増え、己の流派も連盟内で優位に立てると思うのでしょうか。取り巻きも「やんや」と褒めたたえるのもバカげています。
 全剣連の段位など無くとも、剣術流派の伝承を正しく伝える正統派ならば、スポーツ剣道の全剣連など不要でしょう。
 全剣連の居合の段位は古流剣術の皆伝とは言えそうにありません。現代の武的スポーツ演舞居合の段位に過ぎない筈です。それでも欲しがる者が居れば不正な行為もはびこるでしょう。
 流派の正しい伝承者である事を、流派の業を門外不出などと云っていないで積極的に明らかにすべき時期なのでしょう。
 所詮形ばかり出来ても流派の業は、形は真似られても足捌き体裁き迄その流のものになれなければ術が決まらないものです。本物は棒振りが上手くともそれだけでは古伝は伝わりません。そこが落とし穴となるのでしょう。
 スポーツの世界だけでは無くこのところ企業の不正が取り上げられています。
 名の知られた大企業の長年に渡る不法行為なども連続して表面化してきています。まだまだ表に出ない不祥事は根を張っている様です。
 三菱自動車、日産自動車、神戸製鋼、東芝などマスコミを騒がせ、株価もおかしくなり、組織形態も変わってきつつあるのも、戦後70年を過ぎても改善されない「上意下達」に甘んじる事が根底にあると思います。
 企業では、利益重視から法的基準を守らない話はよく聞きます。
 遠い昔のこと、行政に報告義務の有る有害物質の測定結果を通産に報告した處、是正を求められたことがあります。
 是正するのは当然の事ですが、この数値を改ざんして報告するのも企業人としての能力と私に嘯いた者もおりました。有害物質は作業員が毎日晒されていたものです。人間よりも企業優先です。
 日本の企業もスポーツ業界も、未だ戦前の「上意下達」の軍隊式風潮に乗ったまま浮遊しているのが実態でしょう。
 その方が上下共に間違いの無い事でしたら組織運営は楽な事は解ります。しかし往々にして不法行為やごまかしの要求です。あわせてトップの保身のための不法行為の要求です。それでは嘘だらけの事になってしまい、一つ間違えれば企業そのものが奈落の底に落ちてしまいます。
 上司の命令は絶対で、意見を述べたり批判などすれば干されてしまい、居る場所すら無くなるの恐怖は企業でも日常茶飯事に横行しているのでしょう。
 それは、敗戦から73年の今年を振り返れば、容易に気が付く事です、戦前の教育と赤紙による徴兵から軍隊式上意下達を徹底的に仕込まれた者が戦地から生き残って戻り、母校の運動部の監督になって20~30年軍隊式をもって指導して来ています。企業も同様です。
 次の代も戦前の軍隊式教育を受けており、戦地から戻ったバリバリの者にしごかれてすっかり上意下達が監督やコーチの特権と思い込んでいます。
 当然それを当たり前の様にして、指導とはそんなものと思って「上意下達」を推し進めて来たはずです。現在でもそんな風潮を良しとして早く上り詰めたがる者も周辺に大勢見渡せます。
 組織とはそういったものと摺り込まれた日本人は、頭を下げたまま苦節30年ようやく日の目が見られると顔は向いても心は別物の二重人格で育っていきます。そして同じ様に絶対君主の真似をしています。
 ようやく、それらの軍隊調の指導者が85歳を過ぎて年々お亡くなりになって消えて行っています。
 しかし、その上意下達の一方通行で育った者は企業であれ、運動部であれ議論し、お互いに知恵を出し合い「和する事」など、夢物語に過ぎず上位の者の嘘に過ぎませんでした。
 下位の者は、反対意見や、改善策など申し出れば疎んじられる、意に添わなくとも言われた通りにしてしまうのも軍隊式風潮が残っているのが日本の悲しい現実でしょう。特に男社会の古い組織にはこの間違いは根深そうです。
 敗戦後必死で一丸となって大きく伸びた日本が、此の處思想的にも文化や経済でも他国の後塵を至る所で浴びています。
 その大きな原因が軍隊式風潮の為せることである事に気が付かない人が多すぎます。突出して海外と肩を並べているのは過去の組織外の事々が目立ちます。
 組織的レベルは、単なる趣味の団体に過ぎず、何等社会的地位も権威も当然義務もおっていないのですが表向き5000名ぐらいの会員が居て、その下に支部がある武道団体の一支部の会長の権威をかさに、権力をもって勝手な振る舞いをする、上意下達の話です、ここからが本論です。
 長くなりましたので、ここからは次回にしましょう。
 
 
 
 
 

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2017年6月20日 (火)

野良猫の子育て

野良猫の子育て
 
 一昨年だったか、ブログにも書いたと思いますが、ご近所の門柱の脇から背が黒く、白い腹廻りの母猫が同じような黒白の子猫をくわえてゆっくり出てきます。
 少しも私に気が付かず悠然として歩いています。   
 小川を隔てた畑からこれを見ていた私は、いたずら心で忍び足で小川に近づき頃合いを計って小川を飛び越し母猫の脇に飛び立ちました。母猫は突然な事で子猫を口から落としてしまい、素早く4,5m走って止まりました。
 母猫の目は、我が子と私を交互に見ながら何時でも逃げられる態勢です。
 起こったことも解らないのか子猫は私の足元に寄ってきます。
 私が、母猫に近寄る素振りを見せると、母猫も飛び去る構えに身を低めます。それでもその場を離れようとはしないのです。
 子猫はもう私の足元に居ます。
 
 「ごめんね、何もしないから連れて行きなさい」と勝手なことを言う私。
 言葉など解かるわけもないのに、それでも母猫の体から警戒の気が消えたように思えました。
 子猫を連れ去ろうとする身構えを感じますが、けっしてその距離を近づけません。そこで、母猫を見つめたまま、後に足を引こうと右足をわずかに動かしたとたん、母猫はその距離を一気に飛んで我が子をくわえ反転して走り去りました。10m位走って振り向いて「どうだ」と言わんばかりに悠々と植え込みに消えて行きました。
 その子猫が、母猫から縄張りを譲られたのか昨年から我が家の周辺に居付いていたのです。出合うとなんとなく声を掛けていたのですが、他の野良猫より心なしか距離が近い様な、その上、出会うやさっさと逃げ去るでもない間柄でした。
 
 この春その猫が、一匹の子猫を連れて我が家の廻りにあらわれました。母猫と同じ様に頭からしっぽまで背中が黒で、腹は白です。
 安全距離を保ちながら、私や妻が草むしりなどしていても平気で子猫とじゃれ合っています。側に近づくと子猫はさっさと物陰に逃げ込み母猫はこちらの様子をうかがっているばかりです。
 
 紫陽花が咲き、蕗が地面を覆う様に生えて、梅雨時なのに毎日暑い日が続きます。
 紫陽花に近づこうと蕗のなかに踏み込むと何か黒いものが蕗の下を右に走り去ります。毎年、アオダイショウやシマヘビが出るので蛇嫌いな私は一瞬背筋がビクとします。母猫がフェンスをくぐって安全距離を保ちます。日陰で憩う親子猫でした。
 蕗の葉陰に子猫が行き場を失ってすくんでいます。首をつまみあげると両手両足を突っ張って拡げ硬直しています。
 かわいい眼にじっと見つめられてしまいました。地面に下ろして手を放すと、のこのこその場を離れるのですが母親の居場所が判らずにいます。
 
 それから、数日たっての事。柿の木を登ったり下りたりする猫を居間から見ていました、いつも、柿の木から我が家のベランダに飛び移りベランダで日向ぼっこを楽しんでいるのを見かけていたのですが、ちょっと様子が変です。
 ベランダを見ると子猫がいます。どうやらベランダへ上がったのはいいのですが、子猫は自力では怖くて降りられない様です。
 母猫は「こうやって降りるのよ」と何度も見本を見せているのでしょう。暇人の私もそれを三十分ほども見ていました。
 母猫より私がじれてしまい二階からベランダに出て子猫に近づくと、子猫は箱の陰に逃げ込んで息を潜めています。
 箱を取り除くと私の足元を走り抜け、柿の木の方に向かったのですがそこで立ち止まって私を見上げます。
 柿の木に飛び移れなければ、捕まえようと私は近づきます。手を伸ばそうと屈むや子猫は一気に飛び降りてしまいました。
 「おぬし、本気になればできるな」。
 あんなに何度も母猫が見本を見せていたのにです。その間、母猫は物陰に隠れていたのでした。
 ベランダを飛び降りた子猫は、クリスマスローズの葉陰に隠れています。
 居間に戻って、ふと外を見ると松の木に親子が登っています。
 母猫が子猫を置いて下りてしまうと、子猫はしばらくもじもじしていましたが爪を立てつつ頭から降りて行きました。
 是って、子猫が独り立ちするための訓練だったようです。私は母猫の手助けをしたのか、より厳しい野良猫の生きる世界を早々と子猫に味合わせてあげたのかでしょう。いずれにしても余計なことでした。
 
 それからしばらくして、外から帰って来た妻が笑っています。「母猫が飛び上がって地面に両手から飛び降りるのを、子猫も真似して、飛び上がっては両手から降りているの、何度も同じ動作をやっていて、あれって獲物を捕る訓練みたい」
 そういえば、テレビで狐なんかがやっている捕獲の仕草の様です。猫の糞には蝉やらバッタのかたい殻が随分混じっていたのを思い出しました。
 此処では獲物は、昆虫類、ごちそうは小鳥やネズミや蛇ぐらいです。餌付けする人はいない様です。
 木に自由に昇り降り出来て、動く獲物に素早く飛びつく厳しいですね。
 野良猫親子の訓練を見聞きして、親子の絆にホロリとさせられ、野良猫の生きる厳しさに想いを寄せるのでした。
 
 そう言えば、随分古い話になりますが、子猫をもらってきて飼っていました。当時は外出自由な飼い方が当たり前でした。ある日この猫がネズミを捕えてきたそうです。
 ネズミ嫌いな妻は、猫がネズミをくわえて来て食卓の上に置き、自慢そうに妻を見上げていたそうです。
 大声で「捨ててらっしゃい」としかり飛ばす、ねこも驚いてネズミをくわえて飛び出て行ったそうです。
 それ以来ネズミをくわえて帰って来る事はありませんでした。キット何処かで血の滴る生肉の御馳走を楽しんでいたのでしょう。
 この子の親は飼い猫でのんびりした人懐こい猫でした。親猫から訓練される前に引き取ったような気もします。本能的に獲物を捕らえる能力をもっていたのでしょう。
 しかしこの子は、弱虫で犬に背中を嚙まれてしまい、脊椎損傷で短い命でした。
 
 この処、野良猫親子を見かけません。先日の夜のこと、県道を横切ろうとして道路の半ばまで右から走り込んだ猫が、私の車に気付いて反転して戻りました。急ブレーキで減速すると、左から一回り大きな猫が一気に車道を右に走り抜けて行きました。
 「おいおい、車道を横切る特訓は無謀過ぎるぞ・・」
 
 その後、この親子を数日見ていないのですが・・・・。
 
 
 
 
 

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2017年2月 5日 (日)

批判と和の5

批判と和の5
 
 日の出と共に家を出て 曹洞宗陽谷山龍宝寺への道をゆっくり歩きます。朝日が里山に掛る雲を赤く染めて行き、見慣れたご近所の庭先では赤や白の梅が満開です。
 
 本堂では住職の心配りのストーブが燃えています。
 少しばかり歩いたぬくもりがあるうちに、冷え切った板の間に座蒲を置いて隙間風が入りそうな透間だらけのすりガラスの戸に向って座します。既に幾人か外に向かって座しています。
 
 早朝ここで座禅をしています。小鳥の鳴き声や風の音、遠くに聞こえる車の音ばかりの静かな時間です。何も思う事も無くふと立ち寄って座ったにすぎないこの空間に何故か癒されています。
 行事の一つで義務的なものでもなく、座る場所までも気を遣う煩いもなく、顔も知らない幾人かとまじって、誰にも強要されたわけでもなく、それぞれの人が、それぞれに同じ時間と居場所を共用しています。
 此処には、座禅する人への批判も無く、一時を座禅の中で「和」しています。座禅の後に住職の一服のおもてなしに寄り集まって取り留めのない世間話をしてほっとします。
 先日、講習会があって出かけて行きました。正月早々に奥様を亡くされた先生が、今年は不参加と聞いていたのですが来ておられます。「気が滅入って仕方がないので、稽古を始めた」と仰います。講習会と言えば、休む事も無く通われた方です。あと少しで90歳です。
 あっちのほうから、昨年小太刀之位をお弟子さんと稽古されて私達にご披露下さった、はじけるばかりの笑顔の先生と出合います。
 道場に戻っても誰にも伝える機会はないが、誰も本気で教えてくれないのでここに来ている、と聊か寂しげな・・・。
 「今年は、更に上の段位を受けるので・・・」やれやれ、見渡すとそんな・・・幾人かが・・。
 昨年も来られていたご高齢の先生のお顔が見られません。雪でしょうか体調を壊されていなければ良いがと心配です。
 講習会が終われば、「今年も昨年と違うことを言っている、先代とは技が違う、あんな技はない」と息巻いていた先生も見られません。それでも、参加しているだけで批判と和の初歩だけは出来ていたのに・・。講義内容を揶揄した分だけ力量も上がっていたかもしれません。自分から進歩に蓋をしてしまった様です。
 「わしの指導するままでいい」と言っていた先生は、不参加です。批判するなと云っていながら最も悪い無視する否定の心根のようです。
 講師が真剣に語りかけてくる想いには、この道に費やした重みがあります。一言も聞き漏らすまいと引き付けられます。やはりそうだったかと納得し、普段聞きなれない、また見慣れない動作に思いもつかなかったとさらなる精進を思います。
 批判とは、人との触れ合いから自分の独創を納得したり、誤りがあれば改めたり、気づかなかった事に気づいたりの連続でしょう。そして昇華するものです。
 羽織を脱いで座したためか、しんしんと体が冷えてきます。走馬灯のように巡っていくとりとめもない思いにいつの間にか時間が過ぎています。
 座禅終了の鐘が鳴って住職のおもてなしの菓子と熱いお茶に腹の中は生き返る様ですが、手足の冷えはなかなかです。
 座禅をしながら、早く終わらないかと数を数えていた数カ月前とは聊か違ってきました。この頃は断片的な妄想が落としどころも無く巡っています。
 悟れるわけもないまま、次々に巡り来るものに批判と和を被せながら思い続けて、足踏みしつつ前に向って行くのでしょう。
 この座禅の話しを師匠にしますと「それはダメだ、坐禅とは何も考えずにするものだ」だそうです。さて、どうも決めつけられると疑問を抱きます、しばらく続けてみましょう。
 
 批判と和を終わります。
 
 
 
 
 
 

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2017年2月 4日 (土)

批判と和の4

批判と和の4
据え物斬り
 一時期抜刀と称して藁切りを主とする会に首を突っ込んだ古参の者が、「藁も斬れない居合など武術では無い」と言って、何人もの初心者を引き込んで藁切りの道場に連れて行ったり、糞握りを推奨したり、重く肉厚の刀を売り付けたりしてあらぬ方に向っていました。
 それだけによく研究して、稽古も怠らず、なかなか魅力的な剣士でした。その後、当人の警察沙汰も有ったとかで其れを機に退会して行きました。
 そんな事で藁切りは禁止令が出て、奉納演武などで得々と藁を切って居たのも廃止されました。
 藁切り禁止令は続いていたにもかかわらず、未熟な古参の者がほとぼりも覚めたと思ったのでしょう、興味本位の切れる居合をしたい、などの言葉に踊らされて女性や初心者と藁切りを始めようとしていました。
 其処の役員達で再び禁止の触れを出そうということになったのですが、インターネットで調べて見ると続々と藁切りに加入している者が居るのです。
 藁を切って居る写真や動画まで出ています。中には当該地区の藁切り連盟の責任者と称する者なども混じっています。
 何を感じたのか道場長は、再度の禁止令を出すのを取りやめ、その代わりそのような者は居合の稽古に通うことは厭わないが、昇段の推薦については行わないということでお茶をにごしていたのです。
 何故再度の禁止令を取りやめたのかは想像にお任せします。
 藁切り屋さん、何となく居心地が悪いのか、普段の稽古はサボりがちですが、昇段審査時期になるとのこのこ出て来て京都などであう事も有ります。
 
 藁でも竹でも、薪でも、好きに切ったり割ったりしていれば良いのですが、道場で決めた事を守らせないで放置したまま、弟子が藁切りに通い、藁切り仲間を道場内で誘うなどを許していたのでは、出鱈目です。
 あっちこっちに仲良しグループが出来ていて「群而不黨」など夢物語で誹謗中傷ばかりで「批判」や「和」など何処へやらです。
 そろそろ藁切りに加盟している者が準範士を受審できる頃合いになってきているはずです。さて推薦しないという約束事は守られるのでしょうか・・・。
 
 藁が斬れても居合にはならない、藁など上手く斬れなくとも居合になります。斬るべきものは藁でも無く、人前で大道芸の如く得々と藁を切って、何を求め何を試しているのでしょう。
 刃筋が見事に通る事は、手の内を心得、間を知り、これは刀の基本と言います。心を沈め、無心とならなければ難しいとか言って精神修養になるとでも言うのでしょうか。
 「お前に藁切りの心が解かるか」・・・私は刃物は当たれば斬れると思っていますから、藁が上手く斬れた所で何程のものでもないと思っています。藁を切るのが上手な上に自分の手まで傷つけ道場の床を血だらけにしていたのではお笑いぐさです。
 
 余程藁切り上手を誇りに思っているのでしょう。
 無双直伝英信流の立膝の部五本目颪なのですが、先代の指導では敵は右45度方向から我が柄を取りに来るので、それを外して顔面に柄当てして、右方向45度に袈裟に抜きつけて居たのでこれは角度的に申し分なく切れる、というのです。
 処が当代は右脇から柄を取りに来るので、背中で切る様になって切り込めない、こんな想定に応じる技は変だ、というのです。
 おまけに体に斬り込まれた刀を抉(えぐる)ようにして引き倒すなど出来ないと、人を斬ったような武術論まで吹いています。
 
 相手の位置を指定する想定などあるわけはないでしょう。右45度でしか有効斬撃が出来ない者は、柄頭で相手を追うように自分の軸を右に稍々廻しずらせばいいだけです。
 未熟な自分の腕はどこへやら、思う様に切られて呉れる処に敵が居て欲しいのでしょう。据え物切りの陥る処だとしても、そんな安易な教えなどあろうはずもないでしょう。
 
 何処から敵が来ようと颪で打ち勝てる稽古を積み重ね、場合によっては颪の動作では不利と瞬時に判断して、他の技で応じるように研鑽をするのが武術であり修業です。
 無双直伝英信流の立膝の部の場合、右に敵を受けた場合の業は浮雲と颪だけです。これだけで右敵の攻撃にすべて応じられるわけは無い筈です。
 それも、敵が我が柄を取りに来る想定と、敵が抜き付けんとする柄手を制する彼我逆の想定も古伝はそれに応じる動作もおおらかに受け入れています。それは現代でも無双直伝英信流と夢想神傳流に引き継がれているのです。
 立膝の部では左廻りしか業には無いけれど、右廻りの立膝での横一線の抜き付けも、袈裟切りも、真向も右の敵に即座に出来てあたりまえでしょう。
 「何時如何なる変にも応じられる」を求める者でありたいものです。形しか追えない者が、藁を見事に両断してもあまり意味は無さそうです。
 
 
 現代居合が「形」に拘り過ぎますと柔軟性の乏しい役立たずを育ててしまい、己の未熟を棚に上げ、当代の想定がおかしいと他人否定に転化してしまう者もいるようです。
 
 誰でも己が主役です、然し、我が人生に丁度良い処に据え物があるはずはないでしょう。   
 変化極りない事に応じる心を磨かずして何を修業するのでしょう。
 
 
 
 
 

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2017年2月 3日 (金)

批判と和の3

批判と和の3

 もう随分前の事です。正座之部(大森流)の受流(流刀)について、正面から斬って来られるのを、右斜め前向きに正坐し、左足を斜め前に踏み出して刀を抜出し、打ち込まれる寸前に右足爪先を右に向けて正面45度の位置に踏み開いて、左肩を覆う様に刀を抜上げ敵刀を受け流すや、受け流されて前にのめる敵の肩に斬り付ける様に指導しています。
 右足を右に踏んでしまいますと、我が中心軸が右に大きく移動するので、敵刀は我が刀の物打に触れるかどうか疑問です。これでは逃げ流しです。

 当代の右足裁きを稽古して見ます。左足は上と同じです。右足は身幅(約40cm)ほど右に爪先を正面に向けて踏み立て敵刀を受けています。我が体軸は右に身幅の半分は移動します。従って敵刀の物打と我が刀の物打が接した瞬間切先を左に返して受け流します。

 ある時期、受流しに夢中になって居ましたので、古参の先輩の動作を見ていました、刀の柄を上に向けて抜き放ち受流したつもりでいます。左肩は全く無防備でたとえ敵刀を受け流せても左肩は斬り込まれています。

 そうかと思えば右片手で鍔元8寸程でがっちり敵刀を受け留めてから、右足を左足に踏み揃え左斜めに向き直って敵刀を流して斬り付ける受け止め流しもありました。

 それらを、その先生にどうすべきか、どうして誰も当代の受流をしないのかとお聞きしました。
 答えは「お前に何が解る」と一蹴されてしまいました。
 それ以来、「あいつには居合を教えない」だそうです。若いころに習った方法以外は試そうともせずにいるようです。当代から最高の允可を受けているのに不思議な事です。

 古参の肩を切られるのも、「それでは肩を切られませんか」と言ったところ真っ赤になって「無礼な」と怒り出します。

 受け止め流しでは、散々打込んでもらって稽古してみましたが、非力な私では右手小指、薬指にヒビが入ってしばらく刀を握るのが苦痛でした。お陰様で右手が勝った打ち込みをしなくなったものです。

 これでは居合風演舞を毎日稽古している様なものです。上に上げたどの方法も決して間違ってはいないでしょう、有効な技になり切れていない処を認識し場に応じられれば、すぐに役立つ技ばかりです。

 尋ねられれば、先師の教えも自論も語れるものでありたいものです。その上で、自ら考えて稽古すべきであることも忘れてはならないでしょう。

 批判的な見方をしないまま、役立たずの演舞を華麗に演じるばかりで、武道は「和に始まり和に終わる」と得々と演説されても意味がありません。和が昇華したのか、武道は「礼に始まり礼に終わる」と道場長に礼を盡せと言うばかりです。

 論理的なものの見方や考え方、批判と悪口の区別を明確にして、批判をもって議論をし、その会話を楽しみつつ、皆でよりよい知恵を生み出し、技術を磨き、過去の誤った解釈やおざなりの遺物では無い本物の日本文化を継承するべきでしょう。伝承するとは元があってなお進化するものです。昔の儘では無い筈です。

 正月早々、連盟に所属していてもしばらく居合から遠ざかっていた先輩と居合の稽古をしていました。
 先輩はいつの間にか当代の業技法からも遠ざかっています。「最近はこんな風に習っています」といくつかをお見せしたのですが、残念ながら批判され己の業技法を否定されたと思われた様です。
 さすが年の功でしょうか、感情は露わではなくとも伝わって来ます。一緒にその良し悪しを考えて欲しかったのに・・・思いつくままに。

 この「批判と和」については、空手家の時津賢治先生の「武的発想論」1999年発行及び能楽師の安田 昇先生の「日本人の身体」2014年発行の著述に背中を押されて書き込みました。

 この「批判と和」を書き終えて、「武道は上意下達に決まっとる」と嘯いた何処かの先生の顔を思い出しました。その癖当代から最高段位の允可を受けていながら「あれは変だからやらん」と言っていたなあと「あの人の人生は矛盾だらけだ」と苦笑いしながら散歩に出ました。この先生自衛隊上がりだったと思いだしました。

 寒気の到来とか、外は風もないのに動くと頬に冷気が染み込んできます。日当たりもさして良くない路地裏に、蕗の薹が四つ五つ芽吹いています。(2017年1月14日)きっと地中に春の兆しがあるのでしょう。自然は何も拘らず環境に素直に応じています。

 玉縄桜も例年より早く咲き出しては見たものの、霜あたりして萎んでしまいます。然し明らかに春を先取りして次々に咲き出してきます。後一週間もすれば満開を謳歌しそうな雰囲気です。
 でも、花を訪れるハナアブが来なければ、無駄に咲くばかりです。スズメやヒヨドリに摘ままれてしまうでしょう。

 私の師匠は「お前さん険しい路に踏み込んだな、進む以外にない」と・・・。

 

 

 

 

 

 

 

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2017年2月 2日 (木)

批判と和の2

批判と和の2
 
 批判と悪口の区別もつかない、「調和する」と云う事と「同じ」ということの区別もつかないのもどうやら武道の道場によくみられるお粗末な特色の様です。
 日本における「和」のイメージは、文句も言わずに皆が同じ事をしたり、するようにさせる「統制」のイメージです。これでは「仲良しこよし」を演じているだけです。
 初心のうちはまだしも、修行が進めば疑問も出てきます。指導者の良し悪しが大きく影響する頃です。
 
 生まれながらに下位の身分であった江戸時代でさえ教養も高くしっかりした考えを持つ人も居た日本は、現代ではより多くのすぐれ者もいそうです・・・??。
 勉強したければ望めば何とか資料も手に入ります。古い先達の動画も他流の動画でも容易に見られる時代です。
 師伝は師伝で良いのですが、それだけでは武道を修業しているとは言えないでしょう。書道であれば、へぼ先生のお手本を見ての手習いに過ぎません。王義之や懐素や王鐸などの古典が幾つもあるのです。それらをせっせと学んで自分のものを身に付けなければなりません。
 
 議論を出し尽くして最後は多数決で決めるのならばまだしも、一応意見を出して話し合いますが、意見を出すばかりで、議論はしない。
 議論には他の意見を批判する事が必要ですし、同意したり反対する理由なども述べ、その論理性もなければなりません。批判には責任が付いて廻ります。日本人の居場所を求める性向が批判を苦手にしてしまいます。
 
 有る特定な考えに賛成者が多数で決定されると、決まったことは何が何でも守るのも民主主義の特色の様です。違う考えの人も従わなければなりません。これは「調和」とは異なります。
 一般的な議論を見ていますと、長である人の顔色をうかがいながらの事が多く、議論をし尽して「最も良い知恵が浮かび出た」のとは違う様で、これでは議論など無駄です。
 
 武術には議論などはいらない、長の教えに従うのみ、そうでなければ伝統武術は継承できないというのでしょう。それは一部のすぐれ者の長の話しでしょう。
 「昔はこうだった」と何時の昔か知りませんが「先代はこの様で、当代はこうだ」、「去年の教えはこうだった、今年はこうだ」で「わしはこう思う」だから従え、などでは、最初から自分だけが一番で先代も当代も無いもので理屈に合いません。
 
 日本人は批判し、議論をし尽し、問題を解決する習慣に乏しいと云われます。批判し議論を重ね、得られる「和」を考えてみたいと思います。
 「和」については、聖徳太子の「十七条の憲法」の第一条「和を以て貴しと為す」の文言が既にあって、多くの人がこの文言を知っています。でも、自分に都合の良い様に勝手に解釈され独り歩きしていると思われます。
 
 聖徳太子の十七条の憲法第一条を読んでみましょう。

原文
 一曰 以和爲貴 無忤爲宗 人皆有黨 亦少達者 以是 或不順君父 乍違于隣里 然上和下睦 諧於論事 則事理自通 何事不成
読み下し
 一に曰 和を以て貴しと為す 忤(さからう)こと無きを宗とす 人皆黨(たむら)有り 亦建者(さとれるもの)少なし 是を以て 或るは君父に順(したがわ)ず 乍(たちまち)隣里と違(たが)う 然れども上和し下睦み 事を論(あげつらう)に諧(かなえ)ば 則ち事理自ずから通じ 何事も成らざらん
 此処で問題なのは「和」の解釈です。聖徳太子は「和」が大切だと云っています。この「和」は「論」じあって問題解決する事だと云うのです。
 「和」の意味は、やわらぐ・睦ぶ・調う・たいらか・平らぐ・仲直りする・順う・諧う・合す・のどか・調子を合す・まねをする・混ぜ合わす。などでしょう。
 「和」には今では使われていませんが「龢」という文字があります。「和」の異体字とする学者もいますが、「龢」の異体字が「和」ともいう学者もいます。「龢」は「和」の古字とも云われます。混同して使用されている様です。
 聖徳太子の十七条の憲法の「わ」は「和」ではなく「龢」が使われていたといわれます。
 「龢」の意味は、声を合わせる・調子を合わせる・調う・やわらぐなどで「和」とも同じ様です。
 この「龢」は金文では大小不ぞろいの「龠(やく)」という管楽器を吹いてそれぞれの音が調和することをあらわしています。
 聖徳太子の言いたかったことは、それぞれの立場や考えはあっても、よく議論して調和した「文殊の知恵を出そう」というのが本当でしょう。
 
 その為には、意見を出し、お互いにその意見を批判し合い、とことん議論して状況に応じた最も良く調和した知恵を生み出し問題を解決しようということでしょう。
 「俺が開いた道場である、話しは聞くが俺の方針が優先である」では意見も議論もないでしょう。批判などすれば忽ち邪魔者扱いです。
 それでも、道場創始者に高い志があるうちは良いのでしょうが、それが乏しくなって、権威だけを守る様になって来れば、弟子の進歩を邪魔するだけです。
 次回は、俺が一番という思い上がった感情が優先して、何をやって居るのか・・・思いつくままに。
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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