干支を読む

2016年10月31日 (月)

丁酉(ひのととり)

 平成29年2017年は丁酉、ひのととり、ていゆうです。
 明治維新1868年から149年、先の無条件降伏昭和20年1945年から72年経ちます。去年の「干支を読む」にも、同じ書き出しでした。
明治維新の列強に追いつけ追い越せとも、日清、日露の勝ちに乗って戦争に突き進んでいった時代とも、先の敗戦後の思想的にも自信を無くし、復興とはエコノミックアニマルである事とも違う時代が訪れている気がします。
 しかし、決してうかうかした中から新しい時代は来ないと思われます。
 この「干支を読む」も2009年暮れに2010年の寅年から書き始めたので7年分書いて来た事になります。
 さて、丁酉(ひのととり)の年を遊んでみます。
1、丁酉(ひのととり)、十干十二支の組み合わせの34番目
 「丁」の文字の意味するもの。
 十干の四番目(甲乙丙丁・・)、火の弟、火陰弟(ひのと)
 甲骨・金文は特定の点、又はその一点に打ち込む釘の頭を描いた象形文字。
 植物が伸びようとして地面に当たり、まだ地表に出きれない時期。
 「酉」の文字の意味するもの。
 口の細い酒つぼを描いた象形文字。収穫した穀物で酒を作る。
 とり、十二支の十番目、時刻では午後六時、及び其の前後の二時間、方角では西、動物では鶏に当てる。
2、 「丁」の熟語、丁のつく漢字
  丁寧・包丁・丁稚・口八丁手八丁・丁々発止・地獄の一丁目
  町・打・庁・訂・灯・汀・釘・
 
3、「酉」の熟語、酉のつく漢字
    お酉様・酉の市
   酒・酎・ 酌・配・酔・酢・酬・酪・酸・酷・醸・醤・醪
 
4、酉・鶏・鳥の諺
 ・鶏口となるも牛後となるなかれ
  ・鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん
  ・烏合の衆
  ・鵜の真似をする烏
  ・鵜の眼鷹の眼
  ・鴛鴦の契り
  ・鴨がネギを背負って来る
  ・烏の行水
  ・閑古鳥が鳴く
  ・キジも鳴かずば撃たれまい
  ・窮鳥懐に入る
  ・雌伏
  ・鶴の一声
  ・鳶が鷹を生む
  ・鳶に油揚げをさらわれる
  ・飛ぶ鳥も落ちる
  ・鳥無き里の蝙蝠
  ・鳥は木を選べども木は鳥を選べず
  ・能ある鷹は爪を隠す
 
5、鶏を詠んだ万葉集
  遠妻と手枕交へて寝たる夜は鶏がねな鳴き明けば明けぬとも
  ・暁と鶏は鳴くなりよしゑやしひとり寝る夜は明けば明けぬとも

  ・息の緒に我が思ふ君は鶏が鳴く東の坂を今日か越ゆらむ
  ・鳴く鶏はいやしき鳴けど降る雪の千重に積めこそ我が立ちかてね
 
6、鶏を祀ってある神社など
    ・青森県 中野神社
  ・山形県 白髭神社
  ・栃木県 多気山不動尊
  ・埼玉県 鷺宮神社
  ・東京都 目黒不動尊
  ・愛知県 下川神明宮
  ・三重県 伊勢神宮・平群神社
  ・高知県 大神宮
  ・島根県 古曾志神社
  まだまだありそうです、カラスも鳩も鶴やキジも祀られている様です。
 
7、丁酉生まれの有名人2017年に還暦を迎えます
  綾戸知絵・かたせ梨乃・そのまんま東・柴俊夫・柴門ふみ
    ・秋野暢子・森末慎二・増田恵子・大竹しのぶ・天童よしみ
    ・名取裕子

8、丁酉はどんな年だったのでしょう。
  丁酉の年は60年ごとに巡ってきますから、60年前から遡ります。
・昭和32年1957年
  千円札発行・百円硬貨発行
  日米安保委員会設置
  日中国交回復国民会議結成
  文部省、教員勤務評定制度の趣旨徹底通達、日教組反対闘争
  国連安保理事会非常任理事国に当選
  日ソ通商条約調印
・明治30年1897年
  尾崎紅葉「金色夜叉」読売に連載
  正岡子規「ほととぎす」創刊
  大阪で初めて活動写真興行
  島崎藤村「若菜集」刊行
  ハワイで日本人移民上陸拒否ハワイ側賠償金を払い解決
  貴族院で谷千城の軍備緊縮奏案否決
  内閣に足尾鉱毒事件調査委員会設置
・天保8年1837年
  将軍12代徳川家慶
  農民一揆再発
  大塩平八郎決起
  アメリカ船モリソン号漂流民を護送して浦賀に入港、浦賀奉行これを砲撃。
・安永6年1777年
  将軍10代徳川家治
  三原山大噴火
  信濃農民一揆
  幕府徒党強訴禁令を高札
・享保2年1717年
  将軍8代徳川吉宗
  奈良興福寺焼失
  武家諸法度条文天和令に復す
  関八州鉄砲取締り、鷹狩復活
・明暦3年1657年
  将軍4代徳川家綱
  明暦の江戸大火、江戸城本丸・二の丸焼失
  江戸の道幅拡張、町屋の藁葺・萱葺を禁止
・慶長2年1597年
  後陽成天皇
  秀吉朝鮮再出兵上陸
・天文6年1537年
  後奈良天皇
  将軍足利義晴
  今川義元、武田信虎の娘を妻とし、北条氏と絶交
  毛利元就、尼子経久の安芸生田城を陥す
・文明9年1477年
  後土御門天皇
  将軍足利義尚
  応仁の乱一応終る
・応永23年1417年
  称光天皇
  将軍足利義持
・延文2年1357年
  後光厳天皇
  将軍足利尊氏
・永仁5年1297年
  伏見天皇
  執権北条貞時
  鎌倉八幡宮焼失
・嘉禎3年1237年
  四条天皇
  執権北条泰時
・治承元年1177
  高倉天皇
  京都大火
  平清盛、平氏打倒を知る鹿ケ谷の陰謀
  俊寛など鬼界島に配流
・永久5年1117年
  鳥羽天皇
  京都に大風、多くの殿舎が倒壊
・天喜5年1057年
  後冷泉天皇
  安倍頼時、貞任追討
・長徳3年997年
  一条天皇
・承平7年937年
  朱雀天皇
  将門の乱
・元慶元年877年
  陽成天皇
・弘仁8年817年
  嵯峨天皇
  空海、高野山に金剛峯寺
  新羅人帰化す
・天平元年757年
  孝謙天皇
  養老律令施行
・文武元年697年
  持統天皇譲位し軽皇子即位
・ ー以下略すー
 わかっていても、出来ないこの頃を振り返ってみます。
 温暖化による気候の変動も、地球のプレートの動きも、近隣の国々の様子もどんどん変化しているようです。経済的格差も広がっています。
 地球環境の変動から、農作物の被害も増すばかりです。安定的な生産の仕組みを考えて進めてゆくようにすべきものでしょう。輸入に頼った食生活ではおかしい。郊外を走れば雑草だらけの田畑が放置されていすぎです。
 稲穂が黄金の波となって揺れる懐かしい原風景は遠い昔の思い出で終わらせるのですか。
 どうも、やるべき事が解っていないのか、地方に任せておいてよい事と、将来を見越した国策のあり方の設計図が良く判りません。どの様な国であるべきなのか小学生でも解かる方針が少しも見えないのは私だけでしょうか。思想の欠如、順序や方法に筋が通っていない様です。
 TPPを優先したのか、パリ協定を後回しにして気候変動枠組条約締結国会議に正式参加できなくなっています。これも国として何が先かを知らない、島国根性の貧弱な思想に依るのでしょうか。
 安保という殺人剣で近隣からの恐怖を力押しで防衛する思想が先行して、活人剣の思想が理解出来ていないのは、殺人剣思想の国との仲良しこよしでは無理です。
 これでは戦前に逆戻りです。軍備増強はもとより、経済復興と称して兵器の完成品の輸出も、そのうち核保有国になろうなど云い出しはしないか。
 核と云えば、電力コストを名目に原子炉を再稼働させて、再生可能エネルギーの開発を遅らせてどうなるのでしょう。
 我が国には海も山も水も降り注ぐ太陽も、すべてエネルギーを生み出す元がある筈なのに国土を汚しても原発優先です。廃炉にしても過剰なコストがずっとずっと子孫に残されてしまうからですか。千メートルの地下に保管しても無くならない放射能、黙り続ける原発学者。
 オリンピックや豊洲移転のお粗末も、いつまで利権や業者とつるんだ悪魔の手先に牛耳られて同じ過ちを繰り返す為政者。
 少しも実感の涌かない経済政策、相変わらず企業が外国に製造場所を求めて移転し、あちこちに空き地が出来て草が生い茂っています。生い茂らなければ大規模商業施設が立って町の商店は廃業です。お陰様で、空気も、川も海も綺麗です。
 我が国の経済団体がそっぽをむいたまま、異国に買収されてしまった大手企業もでてきて、技術だけ持って行かれ、国内生産による関連需要による利益の恩恵も従業員も後は不要で捨てられそうです。
 ヒノキの山林伐採権も異国の業者に売っているとか、山持ちも売りっぱなし、後始末と森林再生はどうなるのでしょう。
 日本がかって他国でやって来た豊かな森を地球から消してきた、同じ過ちを、他国に仕かけられている様なものです。
 目先は何があっても、他人事のようにして、平和です。
 
 
 
 
 
 
 

| | コメント (1)

2015年12月28日 (月)

ひのえさる(丙申)を思う

乙未(きのとひつじ)の歳も、あとすこしで丙申(ひのえさる)になります。 

今年平成27年2015年の始まる前の、干支を読むのカテゴリ-で日本の行く末はこれで良いのかと、思いつくままに書き込んできました。

来年の干支に先立ちまた思いつくままに書き込んだのは今年の11月1日でした。
昨日、振り返って見たら、去年の思いと何ら変わらないのに驚いています。世の中はそんなものだと言うのでしょが太平洋に浮かんだ日本列島が我々を乗せて何処に行こうとしているのか、何をしようとしているのか、何を国民はすべきなのかよく見えてきません。
お前がボケて居て、変化を読み取れないだけだと言われても、もう何年も太平洋を漂流しているばかりに思えてしまいます。

 明治維新(1868年)から148年、先の敗戦(昭和20年1945年8月15日)から71年経ちます。  この処、維新を境として、若者達のはつらつとした生き様が語られて、あんな時代に生きていたかったとも思う反面、彼らの覇気が残心して敗戦に導いていったとも思われます。現代史を隠さず正しく学ぶと共に、それを正面から受け留め、前に向って戦後71年、殻を破って真直ぐに伸びていきたいものです。高校の歴史の授業も受験向けに選択科目になって居る様ですが、面白いのは古代史や中世史でしょう。しかし現代史は知れば知る程胸が重苦しくなってきます。

 戦後生まれの人も古希を過ぎ、何か、きな臭い匂いもして先行きの平和も、豊かな幸せも何となく不安を感じさせるこの頃です。

封建時代の、身分制度の下で我慢を強いられた大部分の人に、生きるための知恵の一つとして、子供にも摺り込ませた「みざる・きかざる・いわざる」で良いわけはないでしょう。「見て・聞いて・言う」でなければ、そんな時代なのに・・・・。

 隣国の内部にも爆発する予感もして、我が来た道を辿る様に感じます。

 地球の何処かで影を潜め己の利益のみを追求して戦争誘発によるマネーゲームに明けくれる一部の者に操られ、経済的安定も自由も失って心まで貧困になった集団が、行き場の無い思いの表現に意味の無い殺戮を繰り返しているようにも思います。
 其の煽りを食った難民がヨーロッパ諸国に雪崩れ込んでいるのでしょう。
 戦後71年、いつまでも日本中に132か所1024平方キロメ-トルと広大な米国の基地を置いて、安保とか其の上集団自衛権とか言って、既に約束事の実行を果たし、その兵站を担い、利権維持の為に出撃するや金を持って来い、弾薬を持って来い、兵を出せ、づるづると多くの同胞の幸せを再び奪う。そんな事を感じてしまいます。
 集団的自衛権を突き詰めれば、食料自給率をせめて60%以上に上げる施策も思い切って打つ時でしょう。
 先の大戦の反省や謝罪は国外向けにはあるとしても、広島・長崎への原爆投下、東京を始め多くの都市への無差別爆撃に対し、それに導いた指導者からはもとより、米国からの反省と謝罪の声すら聞く事はなかったと思います。パールハーバーの仕返しですか。
 日本国民を戦争へと導いていった制裁に、無差別に殺戮した事は戦争犯罪ではないのでしょうか。
 それ程、当時の国民は、一部指導者に操られ、言いなりになる程の腑抜けだったのでしょうか、或は、洗脳されて勝事を信じて全員が闘う姿勢だったのでしょうか。
 戦後生まれの人で、原爆のおかげで戦争の苦痛から救って貰えたと感謝の声が聞かれました、情けない人です。
 もうじき、今、謝ってもらいたい人達も一人もいなくなってしまいます。
 同時に、悲しくつらい思いをした方達もいなくなってしまいます。
 沖縄の基地移転も、この米軍基地132か所をどうすべきかの議論もないまま、強引に進められて行くとしたらこの国の将来はどうなるのでしょう。
 集団的自衛権に擁護された兵器の生産、戦争を誘発させて武器を輸出する事は多くの産業を活性化させます。手っ取り早い経済政策でもあるのでしょう。
 其の為に電力需給の原発再開では泣けてきます。
 悪魔の手先になって、内紛を起させ武器輸出を容易にし、一部の悪魔どもに稼がせるのでしょうか。
 ・
 先日京都の「ねねの道」を歩いていました、多くは中国、韓国などの外国人で前も後も両脇にも、果ては一休みしたソフトクリ-ム売場の店員さんまでが異国の人です。
 京都のホテルは外国の旅行業者に押さえられ泊まるのも儘なりません。古いお寺を見ても、建物だけでは何ら意味の有る事でも無さそうですが、もっと見てもらいたい、折角来たのだから座禅をするとか、講和を聞くとか、やってもらいたい事など有りそうなものです。
 大震災から5年もたったのに遅々として進まない復興、かさ上げの為の重機が動き回る災害復興。地域活性化戦略の無いまま土地だけかさ上げが完了しても戻って来られる人は居るのでしょうか。
 地域活性化は個々の地域の人達の知恵と努力は当然ですが、この国の将来に向かって、地域だけでは出来ないグロ-バルな戦略が必要でしょう。政党政治では不可能な、日本を引っ張って行く、未来を見通した人を選ぶ選挙を重視しなければならないのでしょう。
 一次産業を活性化して2次、3次産業の勃興を促し東北の港から空港から世界へ向けて発信して行く格好の機会と思います。
 生活の基盤は、故郷を思うだけの年金暮らしのお年寄りはともかくとして、働いて家族が楽しく生活し、そこから新たな歴史を刻むのでなければならないと思うのです。
 政府の強引な政策と地元住民の職業安定に押しまくられるように、原発再開が進められています。どう見ても、安全性は考えられないし、廃棄物処理の方法すらないまま再稼働すべきなのでしょうか。避難された方は、帰る場所も無い。
 原発のプロを名乗っていた自称原発学者も影を潜め無言のままです。電気需要を目論むとかですが、都市周辺の工場は海外移転してしまった現在、産業復興ままならずです。
 地球温暖化を避ける目的にしても、千年を越える地球汚染をいつまで続ければ気がすむのでしょう。
 ・
 オリンピックは、建設需要に頼った経済政策、政治的目くらまし、一過性のお祭り気分ばかりで何も生まず、オリンピックが終わってしまえば其処から継続的に生み出すものもなく、廃墟を残すのみなのでしょうか、オリンピック以後の活用方法を今から準備して行くべきものでしょう。何年で1550億を回収するのでしょう。税金の使いっぱなしではいい気なものです。
 それはそうと、トラックを走れる日本選手の育成は進んでいるのでしょうか、走るのは異国の人ばかりですか。
 善悪の判断も乏しく、感情の赴くままに、此の処聞く残虐な殺人事件などにも憤りを覚えます。
 英語教育や技術者養成ばかりを優先し、人は如何に生き、何を為すべきか、が忘れらた教育政策にも問題がありそうです。
 追い打ちをかける様に、経済的格差社会が口を大きく開けています。貧困家庭を見直す政策もどこか他人事です。少しばかりの金をばらまいても意味の無い事でしょう。
 離婚して母親だけで子育てしている母親が「この子にもきっと素晴らしい才能があると思うの、でも私の経済力では・・と」それでも手は打たれていません。離婚は勝手ですが子供も巻き込まれています。
 列島の下でマグマが活発化し、気候変動が起き、学者の逃げ口上の想定外ばかりが起きています。地球の歴史を見れば想定外なんかあるわけはないと思います。基準値を何処に置くかに過ぎないものです。声高らかに、建設的意見を語る学者が学者でしょう。為政者や先輩教授の言いなりの人は何時まで経っても只の生徒です。学者は物事の根幹を見出し人の為に役立つ人と思っています。
 無駄遣いを埋めるための増税が待ち構えて居ます、税金を増やしても又無駄遣い、やれやれ、蛹のまま閉じこもらずに脱皮すべき時かもしれません。日銀も国債をどんどん買うばかりで借金が増えるばかりです。
 議事堂前に集まった群衆も、今一つうねりになれないようです。かと言って一部の過激な連中が参入すれば暴力がのさばるだけでしょう。過去の全学連や、お隣さんの暴徒のようなやらせデモではね。
 元気な人を見て「元気をいただきました」と口を揃えて言わされている様です。そればかり報道するマスコミ、それで良いのでしょうか。例年の様に、暮れには当り障りのないスポ-つの話しだけが流れてきます。
 ・
 今日も遠くまで見渡せる冬空に、雪を被った富士山が一際美しく丹沢の山並みを裾模様にして聳えています。
 その周辺にもごみの山、噴火も、地震も、原発も、世界遺産も・・。海の中にはプラスチックの粒が漂っています。
この項目は、既に「ひのえさる(丙申)」に載せた物をこの部分だけ師走の押し詰まった時に読み直して見ました。
 
 

| | コメント (0)

2015年11月 1日 (日)

ひのえさる(丙申)

来年2016年平成28年の干支は「ひのえさる(丙申)」です。
 
明治維新(1868年)から148年、先の敗戦(昭和20年1945年8月15日)から71年経ちます。
 この処、維新を境として、若者達のはつらつとした生き様が語られて、あんな時代に生きていたかったとも思う反面、彼らの覇気が残心して敗戦に導いていったとも思われます。
 現代史を隠さず正しく学ぶと共に、それを正面から受け留め、前に向って戦後71年、殻を破って真直ぐに伸びていきたいものです。
1、丙(ひのえ・へい・ひょう)は火陽兄
十干の三番目、原字は魚の尾が左右に張り出した形。
植物の根が地中でカラを破って、左右に張り出した時期を表す。
火の燃えて広がる様。
熟語では、
・丙丁(火のこと)
・丙夜(五夜の一つ。日没から夜明けまでの時間を五つに分け其の三番目、三更、三鼓)
・丙尾(ピンと左右に開いた魚の尾)

2、申(さる・しん・もうす)
は陽
十二支の九番目、雷光を表し、真っ直ぐに伸びる、作物が伸び切った時期。
時間では今の午後四時前後の二時間。
方角では西南西。
動物ではさる(猿)。
申の文字は稲妻を表す象形文字で、手で真直ぐにのばす、引きのばす。
読みでは、しん・もうす・さる・のべる・のばす
熟語では、
・申請(役所へ願い出る)
・内申(内々に申し述べること)
・申時(申の時、午後4時、及び其の前後の2時間)
・申申(しんしん、のびのびくつろぐ、きちんと整った様)
上申・申述・申奏(上の人に意見を述べる)
・具申(意見などを細かに申し述べる)
・追申(追伸、前につづいて申す)
・申命(徹底させる)
・申金(割まし金)
・申破(役所に事実を報告する)
・申教(無実の罪である事をのべて助ける)
・申理(無実の罪の申し開き)
・申達(上級官庁から下級官庁に文書で指令を出す事)
・申解(言い訳する、述べる)
・申報(上位者に報告する)

3、猿を読み込んだ漢詩
早發白帝城  李白 早(つと)に白帝城を発す りはく
朝辭白帝彩雲閒 (朝(あした)に辞す白帝 彩雲の間)
千里江陵一日還 (千里の江陵 一日(いちじつ)にして還る)
兩岸猿聲啼不住 (両岸の猿声啼いて住(や)まざるに)
輕舟已過萬重山 (軽舟已(すで)に過ぐ 万重(ばんちょう)の山)

 
4、猿を詠み込んだ俳句
初時雨猿も小蓑をほしげなり 松尾芭蕉

5、猿を詠み込んだ万葉集
痛醜  賢良乎為跡  酒不飲  人乎熟見者  猿二鴨似   大伴旅人
(あなみにく、さかしらをすと、酒飲まぬ、
人をよく見ば、猿にかも似む おおとものたびと
ああ醜い。賢そうにして酒を飲まない人を、
よくよくみたら、猿に似ているようだ)

6、申・猿の諺を幾つか
・見ざる聞かざる言わざる
  打ち消す助動詞に「ざる」を「猿」にかけて、欠点や、
 あやまち、都合の悪い事を見ない、 
 聞かない、言わないという戒め。
・三つの猿より思わざるがよし
 見ざる、聞かざる、言わざるの三匹の猿より心に
 妄念を抱かないのが良い。
・犬猿の仲
  仲の悪いたとえ
・猿真似
 表面だけ他人のまねをして飾るものをあざけって言うことば。
・猿も木から落ちる
 優れて居る人でも時には失敗する事があるという譬え。
・上手な猿が手を焼く
 上手な者が油断などにより失敗する事がある譬え。
・利口の猿が手を焼く
 利口者が能力を過信して思いのほかに困難にあって
 収拾がつかなくなることのたとえ。
・猿の空ノミ
 かっこうだけで何もしていないことのたとえ。
・猿の水練、魚の木登り
 見当違いな事をすることのたとえ。
・猿の尻笑い
 自分の尻が赤いにもかかわらず他の猿の尻が赤いのを笑う、
 自分の欠点に気付かず他  
 人の欠点を笑うことの譬え。
・猿に木登り
 教える必要のない者に教える事の譬え。無駄な事をする譬え。
・猿に烏帽子
 人柄に相応しくない事の譬え。
 外観をよそおっても内面が伴わないことのたとえ。
・猿が仏を笑う
 小利口な者が深い知恵の有る人の偉さも分からずに嘲ること。

7、丙申昭和31年1956年生まれの有名人
・役所 広司 (俳優)
・小堺 一機 (タレント)
・榎木 孝明 (俳優)
・陳 建一 (料理人)
・大地 真央 (女優)
・浅田 美代子 (女優、歌手)
・野口 五郎 (歌手、俳優)
・桑田 佳祐 (ミュージシャン)
・新沼 謙治 (歌手)
・島田 紳助 (元タレント)
・幸田 シャーミン (ニュースキャスター)
・余 貴美子 (女優)
・ガダルカナル・タカ  (タレント)
 
8、丙申はどんな年だったのでしょう。
60年前の丙申(ひのえさる)から遡って見てみます。

昭和31年1956年
・原子力委員会設置
・日ソ交渉再開
・鳩山首相軍備否定の現憲法反対答弁し取り消す
・フィリピンと賠償協定調印
・憲法調査会法公布施行
・経済白書「もはや戦後では無い」
・石原慎太郎「太陽の季節」で芥川賞受賞
・売春防止法公布
・南極に昭和基地建設開始
明治29年1896年
・日本郵船、欧州航路開始
・日清戦争後の増税登録税、酒造税、営業税、葉タバコ専売法
・製鉄所官製公布
・三陸地震津波死者27,122人
・第一回オリンピック、アテネで開催
天保7年1836年
・将軍 徳川家斉
・ロシア船択捉島来航
・越前で打ちこわし
・甲州天保一揆
・三河加茂一揆
・江戸神田に御救小屋
・陸奥南部藩一揆・打ちこわし
・全国飢饉死者十万人
安永5年1776年
・将軍徳川家治
・高野山で打ちこわし
・池大雅没
・上田秋成雨月物語
・平賀源内エレキテル
・アメリカ独立宣言
・スミスの国富論
享保6年1716年
・将軍徳川家継、徳川吉宗
・吉宗、間部詮房、本田忠良、新井白石ら罷免
明歴2年1656年
・将軍徳川家綱
・シャム船の通商許可
・浅草に鋳銭座
・盗賊取締り五人組強化
・江戸に町名主制
慶長10年1596年
・後陽成天皇
・秀吉明使、朝鮮王子来朝を求める
・秀吉朝鮮再出兵
・26聖人の殉教
・慶長の大地震
天文5年1536年
・後奈良天皇
・将軍足利義晴
・細川晴元本願寺証如を大坂に破る
・北条氏綱、今川宇氏輝、甲斐に武田信虎を破る
・織田信秀三河に侵入撃退さる
・狩野元信唐絵屏風
文明8年1476年
・後土御門天皇
・将軍足利義尚
・桜島噴火
・尼子清定土一揆を破る
・今川氏親、太田道灌、伊勢宗瑞(北条早雲)と和解
応永23年1416年
・称光天皇
・将軍足利義持
・関東管領足利持氏上杉氏憲らに鎌倉を追われる(上杉禅秀の乱)
延文元年1356年
・後光厳天皇・後村上天皇
・将軍足利尊氏
永仁4年1296年
・伏見天皇
・将軍久明親王
・執権北条貞時
・鶴岡八幡宮焼失
嘉禎2年1236年
・四条天皇
・将軍藤原頼経
・執権北条泰時
・若宮大路に新御所造営
・興福寺衆徒蜂起
安元2年1176年
・高倉天皇
・院政後白河法皇延暦寺で天台戒を受ける
・藤原秀衡一切経書写
・河津祐奏工藤祐経に射殺さる
永久4年1116年
・鳥羽天皇
・白河法王
以下略・・・
9、つれづれ
 戦後生まれの人も古希を過ぎ、何か、きな臭い匂いもして先行きの平和も、豊かな幸せも何となく不安を感じさせるこの頃です。
 隣国の内部にも爆発する予感もして、我が来た道を辿る様に感じます。
 地球の何処かで影を潜め己の利益のみを追求して戦争誘発によるマネーゲームに明けくれる一部の者に操られ、経済的安定も自由も失って心まで貧困になった集団が、行き場の無い思いの表現に意味の無い殺戮を繰り返しているようにも思います。
 戦後71年、いつまでも日本中に132か所1024平方キロメ-トルと広大な米国の基地を置いて、安保とか其の上集団自衛権とかこじつけて、その兵站を担い、利権維持の為に出撃するや金を持って来い、弾薬を持って来い、兵を出せ、づるづると多くの人の幸せを再び奪うのでしょうか。そんな事を感じてしまいます。
 
 先の大戦の反省や謝罪は国外にはあるとしても、広島・長崎への原爆投下、東京を始め多くの都市への無差別爆撃に対し、それに導いた指導者からはもとより、米国からの反省と謝罪の声すら聞く事はなかったと思います。
 日本国民を戦争へと導いていった制裁に、無差別に殺戮した事は戦争犯罪ではないのでしょうか。
 それ程、当時の国民は言いなりになる程の腑抜けだったのでしょうか、或は勝事を信じて全員が闘う姿勢だったのでしょうか。
 もうじき、今、謝ってもらいたい人達も一人もいなくなってしまいます。
 同時に、悲しくつらい思いをした方達もいなくなってしまいます。
 
 沖縄の基地移転も、この132か所をどうすべきかの議論もないまま、強引に進められていくとしたらこの国の将来はどうなるのでしょう。
 集団的自衛権と兵器の生産、輸出は多くの産業を活性化させます。手っ取り早い経済政策でもあるでしょう。
 ついでに、内紛を起させ武器輸出を容易にし一部の悪魔どもに稼がせるのでしょうか。
 
 先日京都の「ねねの道」を歩いていました、多くは中国、韓国などの外国人で前も後も両脇にも、果ては一休みしたソフトクリ-ム売場の店員さんまでが異国の人です。
 
 かさ上げの為の重機が動き回る災害復興。地域活性化戦略の無いまま土地だけかさ上げが完了しても戻って来られる人は居るのでしょうか。
 地域活性化は個々の地域の人達の知恵と努力は当然ですが、この国の将来に向かって、地域だけでは出来ないグロ-バルな戦略が必要でしょう。政党政治では不可能な人を選ぶ選挙を重視しなければならないのでしょう。
 一次産業を活性化して2次、3次産業の勃興を促し東北の港から空港から世界へ向けて発信して行く格好の機会と思います。
 生活の基盤は、故郷を思う年金暮らしのお年寄りはともかくとして、働けて家族が楽しく生活し、そこから新たな歴史を刻むのでなければならないのです。
 
 政府の強引な政策と地元住民の職業安定に押しまくられるように、原発再開が進められています。どう見ても、安全性は考えられないし、廃棄物処理の方法すらないまま再稼働すべきなのでしょうか。
 原発のプロを名乗っていた自称原発学者も影を潜め無言のままです。電気需要を目論むとかですが、都市周辺の工場は海外移転してしまった現在、産業復興ままならずです。
 
オリンピックは、建設需要に頼った経済政策、政治的目くらまし、一過性のお祭り気分ばかりでは、何も生まず、オリンピックが終わってしまえば其処から生み出すものもなく、廃墟を残すのみなのでしょうか。
 
 善悪の判断も乏しく、感情の赴くままに、此の処聞く残虐な殺人事件などにも憤りを覚えます。
 英語教育や技術者養成ばかりを優先し、人は如何に生き何を為すべきかが忘れらた教育政策にも問題がありそうです。
 
 列島の下でマグマが活発化し、気候変動が起き、学者の逃げ口上の想定外ばかりが起きています。地球の歴史を見れば想定外なんかあるわけはないと思います。基準値を何処に置くかに過ぎないものです。
 
 無駄遣いを埋めるための増税が待ち構えて居ます、やれやれ、蛹のまま閉じこもらずに脱皮すべき時かもしれません。
 議事堂前に集まった群衆も、今一つうねりになれない。
 
 元気な人を見て「元気をいただきました」と口を揃えて言っている様です。そればかり報道するマスコミ、それで良いのでしょうか。
 元気付けられる事を望むのではなく、自らが元気でなければと思うのですが。
 
 

| | コメント (0)

2014年10月31日 (金)

きのとひつじ(乙未、いつび)

平成27年2015年の干支(えと)は乙未(きのとひつじ・いつび)です。
羊歳(ひつじとし)は羊が未です。

干支を読むのカテゴリーで干支について書き出したのは庚虎(かのえとら虎年)2010年からでした。毎年同じようなパターンで庚虎・辛卯・壬辰・癸巳・甲馬そして来年の乙未です。
書き込んでから6年目の干支になります。

ヒツジは古代から人類に貢献してきた家畜ですが、日本では古代史にも顕著ではなく、日本の気候風土が飼育に適さなかったのでしょう、明治以降に羊毛を刈る為に定着してきたようです。
羊は衣料では身近ですが、食料としては北海道はともかく食卓に上るには今一馴染みが少なそうです。
何となく食わず嫌いなのは、その匂いと云われますが気になるものでは無いと思います。
羊は生後12か月未満の小羊の肉をラム、永久歯2本以上のメス又は去勢されたオスの肉はマトンと呼ばれています。

羊は、グリム童話やイソップ物語でお世話になっていますから身近な動物のように思えるものです。

1、干支

漢和大辞典によると。
十干の「乙」は、おつ・おち・いつ・きのと(木の弟)。
押さえてつかえさせ止める、また、転じて書物を読んで口調をとめるしるし、L字の原型。上から下へおさえる意味、植物がなお抑圧されて伸び出せず、地中で屈曲している状態、種が地中で時期が来るまで待機している様子。
ツバメを描いた象形文字。

十二支の「未」は、み・ひつじ・いまだ・ない。
木のまだのびきらない部分を描いた象形文字まだ・・していないの意をあらわす。

ひつじ(未)の「羊」は、よう、ひつじ。よい、めでたい。ひつじを描いた象形文字、おいしくて、よい姿をしたものの代表と意識され養・善・義・美などの字に含まれる。とあります。

十干
甲(きのえ、こう)・乙(きのと、おつ)・丙(ひのえ、へい)・丁(ひのと、てい)・戊(つちのえ、ぼ)・己(つちのと、き)・庚(かのえ、こう)・辛(かのと、しん)・壬(みずのえ、じん)・癸(みずのと、き)。

十二支
子(ネズミ、ね)・丑(ウシ、ちゅう)・寅(トラ、いん)・卯(ウサギ、う)・辰(タツ、しん)・巳(ヘビ、み)・午(ウマ、ご)・未(ヒツジ・び)・申(サル、こう)・酉(トリ、ゆう)・戌(イヌ、ぼ)・亥(イノシシ、がい)

2.還暦を迎える未年昭和30年1955年生まれの方々です。

伊藤蘭
所ジョージ
西城秀樹
上沼恵美子
江川 卓
明石家さんま
郷ひろみ
世良公則
アグネス・チャン
倉本昌弘
松山千春
川中美幸

3.きのとひつじ(乙未)はどんな年

昭和30年1955年
・第2次鳩山一郎内閣
・鳩山首相記者会見で中ソとの国交回復・憲法改正を表明
・後楽園ゆうえんち開場
・神武景気
・電気釜発売

明治28年1895年
・第2次伊藤博文内閣
・日清講和条約調印
・台湾総督府条例制定(軍政実施)
・樋口一葉「たけくらべ」
・京都で大日本武徳会設立

天保2年1835年
・11代将軍徳川家斉
・天保通宝百文銭鋳造、鉄銭
・仙台大地震
・華岡青洲没・田能村竹田没
・滑稽本・人情本流行

安永4年1775年
・10代将軍徳川家治
・幕府、参勤供衆の員数制限
・加賀千代没
・アメリカ独立戦争勃発
・ワット蒸気機関完成

宝永5年1715年
・7代将軍徳川家継
・幕府長崎貿易制限
・江戸に両替商・問屋仲間組合
・近松門左衛門「国姓爺合戦」初演
・新井白石「西洋記聞」

明歴4年1655年
・4代将軍徳川家綱
・江戸・京都市中法度公布
・かぶき者取り締まり

天正4年1595年
・後陽成天皇
・明将軍陳雲ら小西行長に講和を求める
・秀吉薩摩に検地
・オルガンチノ等京都・肥前に布教

天文4年1535年
・後奈良天皇・将軍足利義晴
・細川晴元本願寺証如を大阪に破る
・北条氏綱と今川氏輝、武田信虎を破る
・織田信秀三河に侵入松平清康に撃退さる
・朝廷狩野元信に唐絵屏風を描かせる

文明7年1475年
・後土御門天皇・足利義尚
・蓮如加賀一向一揆を忌避
・近畿に暴風雨・大阪湾に高波

応永22年1415年
・称光天皇・将軍足利義将
・幕府、伊勢北畠満雅討伐出兵
・興福寺東金堂再建

観応4年1355年
・北後光厳天皇・南後村上天皇・将軍足利尊氏
・南北両軍京都で戦う

正応3年1295年
・伏見天皇・将軍久明親王・執権北条貞時

嘉禎元年1235年
・四条天皇・将軍藤原頼経。執権北条泰時
・幕府僧徒の武装を禁ず
・京都に天然痘

安元元年1175年
・高倉天皇
・源空(法然)専修念仏

永久3年1115年
・鳥羽天皇

天喜3年1055年
・後冷泉天皇
・堤中納言物語できる

長徳元年995年
・一条天皇

承平5年935年
・朱雀天皇
・平将門の乱

貞観17年875年
・清和天皇

弘仁6年815年
・嵯峨天皇

以下省略

4.ひつじ年のことわざ

・愚かなる羊は豺狼にその身を談ず
羊は自分を狙っている山犬や狼に身の上相談をする。相手の見分けもつかない愚かさを言う。

・狐白を以て犬羊を補えば身其の炭に塗る
狐の毛皮で犬や羊の毛皮を繕うのは用途がふさわしくない。君子が小人と交われば世間からさげすまれる。

・読書亡羊 
書を読みて羊を失う、他のことに気を取られて本来の任務をおろそかにすること。

・千羊の皮は一狐の腋に如かず
羊の皮千枚でも狐の腋の下の皮一枚に劣る。凡人が何人集まっても一人の賢者に及ばないたとえ。

・羝羊籬に触る(ていようまがきにふれる)
牡羊は籬(まがき、垣根)に突っ込んで、引くことをしない。一歩引けば新たな道が開けることを知らない愚かさを笑ったもの。

・屠所の羊
死期の迫る事のたとえ。悲しみに打ちひしがれるたとえ。

・贄に赴く羊
上に同じ

・羊虎を仮る
他人の権力をかさに着るたとえ。外面ばかりで内容の伴わないたとえ。

・未の食い破り
未の日に取引相場の大変動があるという俗説。

・羊の番に狼
極めて危険、極めて残酷なたとえ。

・亡羊補牢
羊を亡くして牢を修理する。手遅れになってから事をはじめるたとえ。

・羊を以て牛に易う
よりよい様に工夫するたとえ。

・羊を駆って虎と闘わす
危害がたちどころに起るたとえ。

・亡羊の嘆
学問の道が複雑に分かれていて容易に真理を得られない嘆き、方針が多すぎて手のつけようのない事。

・羊頭狗肉
表面と内容が一致しないこと。

人類と長い付き合いをしているのに、あまり響いてこないのは何でしょう。
日本では羊との付き合いが最近だからでしょうか。
囲いに追い立てられる群れに、一生懸命生きている己を投影し、臆病そうな優しい目で近づき手ずからの草を食む姿に癒されます。

.きのとひつじ(乙未)はどんな年になるのでしょう。

そろそろ、夢を膨らませて頑張っただけの事がある年になればいいのですが、所得が増えないままに、まず気になるのは消費税の10%です。
11月21日に衆議院を解散して消費税の10%増税を28年4月まで延期する事を国民に問うと言う事です。景気の浮揚が思わしくないので先送りすると言う事でしょうがたった6カ月の延期で経済が浮揚する見通しなど少しも見えて来ません。
政治離れの浮遊層が投票しなければ、自民党を脅かす事は無いでしょう。

日銀の金の放出も、何処に行ったやら、企業の設備投資や個人融資など、少しも見えて来ません。無駄ずかいの為の国債を買って将来に禍根を残す事になる様で不安です。

日本企業がどんどん国内生産をやめて現地生産と云う名の下に海外へ進出してしまい、国外企業になっています。其の為に空き地と失業者が生み出されています。
景気浮揚など今の大手企業から望めるとは思えません。

オリンピックや復興など一時的な景気浮揚に惑わされていても、将来に向っての大きな変化はあり得ない事は解っているのに、相変わらず一過性の目先の事ばかりです。

東北も復興を急ぐのは当然ですが、今だからできる筈の将来性も高く豊かな価値を生み出し、海外へ東北から発信する様な地場産業の発掘育成や補助システム、海外に通じる港や飛行場などの計画も聞こえて来ません。相変わらず東北は田舎でいいのでしょうか。

原発の再開か自然エネルギーか九電の対応は、国の政策を見てもお化けです。
原発が一つも稼働していないのに電力は賄えています。コスト高を自然エネルギーに求める声に応えたら要らないという。
安全で無いものを世に送り出すのは、悪魔の心なのでしょうか。

地方の活性化と云ってもあなた任せで、金だけ出しても意味の無い事で、出したお金が少なくとも20年は、繰り返し価値を生み出し続けてほしいものです。

周辺国の空気も気になる中で、アメリカに依存して国を守れるわけもなく、自衛せねばと、ひたすら気張っても、繰り返されそうな自衛と銘打った戦争もさることながら、手先のように使われても困ったものです。かといってアメリカの若者に日本を守るために死んでくれとは言えません。
集団自衛権の重さをしっかり受け止め、二度とやってはならない事を覚悟をする年でしょう。
終戦後70年経ちました。戦争を知らない赤ん坊が70歳になろうとするのです。

来年の「きのとひつじ(乙未)」も歴史に刻まれます。

60年前のきのとひつじは(乙未)は昭和30年1955年でした。此の年生まれの方は還暦を迎えます。やり残した事を思い出して、歩き始めるので無ければならないのでしょう。
そうではなく、新しい息吹を作り出す意気込みで歩き出す若者達でなければならないのでしょう。

| | コメント (0)

2013年10月20日 (日)

きのえうま(甲午)

平成26年2014年の干支はきのえうま(甲午)です。
馬年です。

昭和29年1954年生まれの方は平成26年に60歳還暦を迎えます。

1.干支

十干は昨年平成25年がみづのと(癸)でしたから元に戻ってきのえ(甲)です。
干支は、十干と十二支の組み合わせによって生じる60組が一巡する、いわば60年周期の古代暦法です。

甲きのえ・乙きのと・丙ひのえ・丁ひのと・戊つちのえ・己つちのと・庚かのえ・辛かのと・壬みずのえ・癸みずのと

十二支は巳(蛇)でしたから次の午(馬)、あわせてきのえうま(甲午)となります。

子ね鼠・丑うし牛・寅とら虎・卯う兎・辰たつ龍・巳み蛇・午うま馬・未ひつじ羊・申さる猿・酉とり鳥・戌いぬ犬・亥い豕

十干十二支の謂れは定かではないので、専門家にお任せしておきましょう。

2、甲午きのえうまの文字の意味

:きのえ、木の兄、もとはうろこを描いた象形文字、金文から後は種を取り巻いた固い殻を描いた象形文字。かぶせる・蓋をすると同系の言葉。
植物、動物が固いからにおおわれている状態。成長過程で一番最初の段階。植物なら種、動物なら卵、蛹の状態で固いからで身を守っている。

午:ご・うま、杵(きね)の原字。上下に交叉してもちをつく杵を描いた象形文字。互いと同系で交叉する意を含む。馬とはなんら関係はない文字。

馬:メ・バ・マ・うま、馬を描いた象形文字。馬の漢字はよく見ていますとたてがみのある四足の馬そのものです。向うみずに突き進む事の意を含み武(危険をおかし、何かを求めて突き進む)・驀(バク、あたりかまわず進む)、罵(バ、相手かまわずののしる)と同系の言葉。

馬を用いた文字:馭・馮・馴・馳・駅・駆・駄・駕・駈・駒・駝・駕・駑・駿・騎・験・騒・騙・騰・驀・驕・驚・驅・驗
駁・馼・馿・駉・駛・駟・駔・馰・馹・馺・馽・馼・駘・駐・駜・駙・駭・駰・駫・駬・駪・駧駮駢駱駴騃駻駽駸騂駾騁駹駵騫騸騰騳騮驂驄驇驃騾驑驎驌驖驟驝驥驢驩驤驪驫・・

3.きのえうま(甲午)の年はどんな年だったでしょう。

60年前のきのえうま(甲午)の年は昭和29年1954年でした。順次60年サイクルで、きのえうま(甲午)年の過去の状況を歴史年表から辿ってみます。

昭和29年1954年
アイゼンハワー大統領一般教書で沖縄基地の無期限保持を宣言
米のビキニ水爆実験で第5福竜丸被爆
日米相互防衛援助協定(MSA)調印
防衛庁設置法・自衛隊法・MSA協定にともなう秘密保護法各布告
政府、竹島領有権問題の国際司法裁判所への提訴を韓国に提案拒否される
吉田内閣総辞職
政府、憲法9条について統一解釈を発表(自衛権保有・自衛隊合憲)
地下鉄丸の内線一部開通
第一回自動車ショー
台風15号青函連絡船洞爺丸遭難死者行方不明1698人

明治27年1894年
閣議、混成一個旅団の朝鮮派遣を決定
大本営を参謀本部内に設置
日本軍朝鮮王宮を占領
清国に宣戦布告。(日清戦争)

天保5年1834年
十一代将軍徳川家斉
諸国飢饉、一揆および強訴おこる。
佐久間町より江戸大火
大阪大火

安永2年1774年
十代将軍徳川家治
幕府米価引き上げのため資金7万両を江戸米問屋に貸し付ける
幕府禁中の不正役人40人を処罰
杉田玄白の解体新書

宝永4年1714年
七代将軍徳川家継
幕府抜荷を厳禁
大奥老女絵島事件

明暦3年1654年
四代将軍徳川家綱

文禄3年1594年
後陽成天皇
秀吉吉野の花見

天文3年1534年
将軍足利義晴

文明6年1474年
将軍足利義尚
山名・大内・畠山京都北野の戦い
加賀の一向一揆
一休宗純大徳寺住持となる
大田道灌武蔵江戸城で句会

応永21年1414年
将軍足利義将
足利持氏鎌倉中の酒壷銭1年分を造営料として円覚寺に寄進

観応3年1354年
将軍足利尊氏

永仁2年1294年
伏見天皇
執権北条貞時
鎮西探題北九州に烽火を設置

文暦元年1234年
西条・後堀河天皇
執権北条泰時

承安4年1174年
高倉天皇
後白河法皇
法皇・建春門院攝津福原の平清盛の別業に赴く、厳島参詣

永久2年1114年
鳥羽天皇
白川法皇
延暦寺僧徒の武器所持を禁止

天喜2年1054年
後冷泉天皇
高陽院内裏裏焼失、京極院内裏裏焼失
安部貞任、陸奥の源頼義の営所を襲う

正暦5年994年
一条天皇
疫病京中に流行

承平4年934年
朱雀天皇
紀貫之「土佐日記」

貞観16年874
清和天皇

弘仁5年814年
嵯峨天皇

天平6年754年
孝謙天皇

持統8年694年
持統天皇

以下略す

4.午年(馬)のことわざ

1、愛する所には駑馬を相するを救う。
愛する者にはのろい馬、駄馬の鑑定法を教えた故事による。名馬はまれにしかいないので駑馬の鑑定法の方が役に立つ。

2、天高く馬肥ゆる(秋高く馬肥ゆる
秋は馬も肥えるので、北方騎馬民族が来襲する季節が到来する、意であったろうが、一方さわやかな季節の到来も言う。

3、荒馬の轡は前から
暴れ馬の轡は前からとるのがよい事から、難事には小細工せず正面から当たるが良い。

4、鞍上人無く鞍下馬なし
人馬一体のさま。

5、生き馬の目を抜く
人を出し抜いてすばやく利を得る、また、ずるがしこく抜け目の無く油断がならないこと。

6、一匹の馬が狂えば千匹の馬が狂う
群集心理で付和雷同しやすいたとえ。

7、意馬心猿
煩悩や欲情など心の乱れを抑えがたいたとえ。

8、烏頭白くして馬角を生ず
ありえないことのたとえ。

9、馬が合う
気性があう。意気投合すること。

10、馬に乗るまでは牛に乗れ
高い地位につくには、其の前に低い地位で力をつけるというたとえ。

11、馬には乗ってみよ、人には添うてみよ
何事も自分で経験して確かめよという意味。

12、馬の骨
どこのだれだか素性のわからない者をあざけること。

13、馬の耳に念仏(馬耳東風
人の忠告を聞き流す。無知なため理解できないことなどのたとえ。

14、馬は飼い殺せ、子供は教え殺せ
いくらしても良いことのたとえ。

15、馬は馬方
本職が一番有能であるたとえ。

16、馬を得て鞭を失う
目的の物は得たがそれを活用する手段がなくなってしまうこと。

17、馬を鹿(馬を牛)
権勢をかさに無理を押し通すこと。

18、塞翁が馬(人間万事塞翁が馬
人間の吉凶・禍福は予測しがたいこと。

19、将を射んと欲せばまず馬を射よ
大きな目的を達するには、周辺のものをまず落としていけと言うたとえ。

20、千里の馬はあれども一人の伯楽は無し
有能な人間はいつの世にもいるがこれを用いて腕を発揮させる為政者は少ない。

その他の馬

馬脚をあらわす・やじ馬・下馬評・じゃじゃ馬・馬子にも衣装・つけ馬・竹馬の友・・

| | コメント (0)

2012年12月24日 (月)

巳年の行方

朝日が里山に射して冬色の木の葉を紅色に染めています。
もう少しで巳年の始まりになります。

選挙も終わって、今までと違う様相を見せようと自民党の幹部がメディアで連日語りかけてきます。
選挙前に「巳年のこと」で政権如何でどうなるかを思っていました。
自民党の返り咲きです。そこでほとんど公約違反のような前回の事も気になって自民党の公約を振り返って見ます。

2012年12月15日(土)朝日新聞による選挙公約

原発:原発再稼動の可否は3年以内に結論を目指す。
安全性は原子力委員会の判断にゆだねる。
遅くとも10年以内に電源構成のベストミックスを確立。

*あれだけの災害に遭っていながら可否判断を引き伸ばし、安全性は委員会に任せるといいますが「原子力委員会」が企業寄り、政府寄りにならざるを得ないようなことでは不安は解消できそうもありません。電源構成のベストミックスを10年などと言わず3年以内に確立し稼動させるくらいのスピードがほしいものです。新たなビジネスチャンスを生み出せるはずです。

復興:必要な財源とマンパワーの確保。
復興予算の使途は被災地の復興に資するものを優先。
福島第一原発廃炉は国主導。
国土強靭化基本法の制定。事前防災の制度化。

*復興予算の使途は明確にすべきものでしょう。「・・優先」はまやかしを誘発させます。
強靭化基本法をもってしても「想定外」は避けられない。国土の利用の仕方を考え100年の計を立てるほどの事の様に思います。

経済政策:デフレ、円高からの脱却、3%以上の経済政策。
物価目標2%を設定。日銀法改正も視野に大胆な金融緩和。
「官民強調外債ファンド」創設。
新政権発足後、速やかに「第一弾緊急経済政策」断行。

*金融緩和、要らない公共事業、一過性のばら撒きどれも失敗しています。地デジ対応や低燃費の車の補助など一部企業を一時的に潤しても結局時間稼ぎにしかなりませんでした。公共事業は起こす時点で金を使うのは仕方のない事ですが、出来てから金を生み出す事でなければ要らない道路、要らないダム、要らない箱物にもこりごりです。維持管理に金が出るだけで生産性は無しでしょう。
研究開発や航空機、などの遅れている産業や保護政策で死に態の農業に国を挙げて投資する時期のように思うのですが。

社会保障:消費税(当面10%)を含む行財政抜本改革で、持続可能な財政確立。
消費税収は社会保障以外に使わない。
肥大した生活保護の見直し。
年金一元化見直し。

*一過性の公共投資でインフレ政策の失敗によりさらに消費税増税を呼ばなければいいのですが。不良息子の無駄遣いは諸刃の剣ですから。税収は社会保障以外に使わない、社会保障も限定し見直さないと、いくらでも「社会保障の用」とこじつける事は可能です。
陳情に弱い政党とコネと顔を重んじる悪弊は戦前からの国民性です。

外交安保:日米同盟の強化のもと、国益を守る、主張する外交を展開する。
官邸の司令塔機能強化のため「国家安全保障会議」を設置。
集団自衛権の行使を可能とし、「国家安全保障基本法」を制定。
憲法改正により自衛隊を国防軍に。
日米防衛協力ガイドライン見直し。

*日米防衛協力の名の下に戦闘機も戦艦も武器類も買わされていては先端技術の進歩は覚束ない。ついでに原発しかりです。自前の開発でしょう。戦闘機も旅客機も国産のハイテクを乗せて飛ばさなければ集団自衛権は米国の手先になることが優先されそうです。
自衛権行使はいくらでも拡大解釈され、戦前の様な方向もあり得るものです。足元では水資源の山林も企業も工場までも他国に買収されている現状と、企業の脱日本とは官民上げての問題です。

憲法:国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の3つの原理は継承。
平和主義は継承しつつ自衛権発動を妨げないこと、国防軍保持を明記。
緊急事態条項を新設。
憲法改正の発議要件を衆参それぞれの過半数に緩和。

*押し付けられたように感じる憲法から開放されて新たな憲法が欲しい様な気もします。その改正が「自衛権行使」と「国防軍保持」だけであったなら将来に禍根を残す事にもなりそうです。

子供:「人間力」と「基礎学力」の向上に努め、道徳教育を充実。
6・3・3・4制の見直し。
教科書検定基準を抜本的に改善。近隣諸国条項も見直し。
「いじめ防止対策基本法」の成立。
幼児教育の無償化。

*人間力は十分にあるはずです、発揮できる土壌を造るのが政治の役割でしょう。道徳とは何か見直して見る時期でしょう、忠孝ではないでしょう。外交・憲法・子供は関連するものです。政治家任せによる事ではないと思います。

この公約をよく噛み締めて見ますと、そろそろ日本は本当の脱皮をする時期に来ていると思うのです。
当面の重点政策は金融緩和による公共事業の復活とか。掲げた公約はこの政策の下にすべて反故では何の為の政権返り咲きかと再び泥沼にはまります。

敗戦後来年は68年です。昭和18年生まれの赤子が古希を迎えます。もう2年すると戦争を知らない赤ちゃんが古希を迎えるのです。いつまでも敗戦国の名残を留めているのも情けないことです。
平成25年巳年に皆で脱皮することが出来るでしょうか。

| | コメント (0)

2012年11月28日 (水)

巳年のこと

先週から「みずのとみ(癸巳)」の干支のブログにアクセスが増えてきました。
トップページを越えています。
11月末になって寒さも一段と増してきました。
雪の頼りもどんどん広がってもう冬です。
もうじきお正月を肌で感じるこのごろです。

この十二支のアクセスが増えると云うことはそろそろ年賀状をどのように仕上げようかとか、来年はどんな年になるのか、生まれてくる子の性格や将来などなど思いをめぐらせてGoogeで検索したりされている方が多いのでしょう。

私など、早々と干支の事を調べて書き込んでおきながら、まだ年賀状すら買っていないので郵便配達のお姉さんに「まだですか」と笑われています。

巳年はどんな年などと占いは相変らず盛んです。
12月に選挙があって、この国の行方が見えてくればいいのですが相変らずどこぞのマーケッターによる、庶民感情を慰撫するだけの上辺だけの市場調査による見せ掛けの公約ばかりで、庶民を馬鹿にするなと言っても選挙では目先のにんじんに投票するのも情けない現実です。
神や仏にすがってならまだしも、太陽や月や星に占い、頼りたくなる気持ちも解らないではないものです。

原発ゼロと言えば庶民は喜ぶと決め付けそればかり掲げています。批判の声は産業界や有識者電力会社の手先みたいです。
やるならやるで、やればこういう経済効果も出る、新しい産業も起こるなど、どのように実施しようかという前向きの方法論の議論は全く聞こえてこない。
ただ現状を云うだけとか批判すれば良いという似非有識者が日本の学者のように見えてしまいます。
原発の騒ぎの時も有識者ほど何も知らない事を知りました。
原発を停止しても放射能は人類が滅亡しても出っ放しです。

TPPも何処の誰が被害を蒙るのか、大変だ大変だと政治家は一方的に陳情する支持者の肩を持って云うばかりです。
廻り中が関税ゼロで取引するのに、保護政策に守られた高い食料や商品を買わされてはどうにもならない。
過剰に保護していてもじきに日本は沈没でしょう。
当面は何処にどれだけの影響があって誰が利益を蒙るのか、誰が困ってその経済的影響はどれだけとかの全く数字の話が見えません。ましてどうやって克服するかの話は無しです。

相変らず子育て支援のプアーな事、子育てし易い環境造りが先なのに、それは保育園の充実やら育児施設を企業に義務化するなどあるはずです。そのための支援を考えたらよさそうなものです。
例えば企業に働く子育て中の母親には昼休みを2時間上げて子供と接する時間を持たさせるなど。
企業も官の介入は嫌ですから沈黙です。
小銭をばら撒くなどお父さんお母さんを馬鹿にしています。

アメリカの言いなりはいやだと言います。感情論でなくアメリカの要らない社会を絵にでも書いて見せてほしいものです。
アメリカさんが此の国の防衛をわが子を犠牲にしても守ってくれるって本当に思いますか。
どの程度の防衛能力があるかわからない日本の中の米軍基地にせっせと金を貢いでいるのも幻でなければ善いのですが。

押し付けられた憲法を楯に、このままで良いと思ってもいないのに国のあり方も示さずに憲法をいじるなと云う。
改定したい者も草案を出して意見をどんどん聞いて完成させればいいのに政権を取らなければ公表しないのでしょうか。
下手に出すと駄目政党のレッテルが怖いのか何でしょう。

自分の身ぐらい自分で守るのが当たり前のことではなかったのかなー。
原発の次は高価なジェット機を買わされ、次はすぐ落ちるヘリコプターかな-。

地方分権も日本という舟の行き先があって夫々が努力するのでしょう。太平洋をさまよう幽霊船では勝手に梶を取られればぐるぐる回るだけで地球からはみ出てしまいそうです。
国の進むべき道を示し地方はこうすると云うのが先でしょう。

使っちゃったお金は生活費を削ってでも返す以外に無いでしょう。
庶民は皆そうして頑張っています。
どら息子の借金だと国民は其の事は諦めています。増税して何処に使うのか。増税しなければ何処に金があると云うのです。
復興予算のように、いい加減なこじ付けで無関係な所に使うようでは増税はごめんです。

相変らず企業は海外に活路を求めています。
中国で痛めつけられても、日本に戻ろうとしない、東南アジアだとか何だとか言っています。
官民不一致の時勢で戻って来いと国は言えないのではどうなる事やら。
国内では働く所もない有様です。
どこぞの国の住民に日本企業は素晴らしいなどと言わせて悦に入っていても意味無しです。そんな報道をする一方的に流すマスコミにこまったものです。
国の行く末なんか考えている間に企業が土地と社員ごと他国に売却してしまいそうです。

そろそろ国の宰相は国民投票で力強いリーダーを引っ張り出す時です。
政党の代表が親玉では此の国は幽霊のままでしょう。

被災地に足も運ばないそこから選出された政治家もいるとか。
足元が崩れているのに権力を振りかざす姿も哀れです。それにぶら下がっている者はもっと惨めです。

巳年の行く末は大変です。
反面やりがいのある年を迎えられそうです。貴方任せで人頼りの「ノーテンキ」な生き様はそろそろ卒業したいですね。

巳年の人はどんな人と言われますが、同級生はみんな巳年だったでしょう。上下の学年と比較して特長なんかあったでしょうか。

知的で、行動力に溢れ、脱皮のたびに磨かれる、静かで、素早く、孤独で控えめ、センスもあって決断力もある。
落ち込むとなかなか回復が出来ないで弱ってしまう。だそうですが、これではただのへびでしょう。そして巳年ばかりか誰にでも当てはまりそうです。
でも自分で努力しなければこの巳年の人の特徴すら手には入りません。

来年の巳年生まれの人がリーダーならばこんな人です。嘘か誠かは知りません。幾つかの占いからパクリです。

己巳つちのとみ昭和4年1929年生まれ84歳
賢明・短気・気まま・二重人格・世話好き・人情もろい

辛巳かのとみ昭和16年1941年生まれ72歳
獰猛・正義・任侠・実行力乏しい・放漫・遠慮がち・話し上手

癸巳みずのとみ昭和28年1953年生まれ60歳
怠けもの・心配性・世話好き・気が利かない・竜頭蛇尾・凝り性

乙巳きのとみ昭和40年1965年生まれ48歳
のろま・執念深い・孤独・不平不満

丁巳ひのとみ昭和52年1977年生まれ36歳
温厚・頭脳明晰・器用・小心・人に愛される・

己巳つちのとみ昭和64年1989年生まれ24歳

これらの性格を見ても誰にでも該当するのであまり意味がありそうにも思えません。其の年生まれが皆そうならどうなる事やら。

巳年生まれの有名人を「KIRIN」さんが調査しています。
ちょっと拝借させていただきます。

<参考>巳年生まれの有名人
●男性  

 香取 慎吾
 塚原 直也(体操選手)
 柳沢 敦(サッカー選手)
 松岡 昌宏
 仲村 トオル
 南原 清隆
 馳 星周(作家)
 古田 敦也
 本木 雅弘
 落合 博満

北の湖 敏満
関根 勤
中島 悟
藤波 辰爾(プロレスラー)
山下 達郎
かまやつ ひろし
徳光 和夫
萩本 欽一
ポール 牧
橋爪 功
   
●女性  
 安室 奈美恵
 市橋 有里(マラソン選手)
 小林幸子
 竹下 景子
 中島 梓(栗本 薫)(作家)
 牧村 三枝子
 岩下 志麻
 島田 順子(ファッションデザイナー)
 長山 藍子
 倍賞 千恵子
研 ナオコ
菅野 美穂
鈴木 紗理奈
松 たか子
草刈 民代
さくら ももこ
沢口 靖子
中森 明菜
吉田 美和
島田陽子

横道を散歩してみました。

| | コメント (0)

2012年10月20日 (土)

みづのとみ(癸巳)

2013年平成25年は干支は癸巳(みづのとみ)です

十干十二支に当てられた来年の干支は巳、蛇となります。
蛇年の年賀状は文字もさることながら蛇の絵が楽しそうです。
紐状に長く頭を大きく尻尾を細く手足が無ければほとんど蛇です。

十干と十二支の組み合わせで60年ごとに回ってくるわけで、江戸時代以前には生活に根ざしたものとして広く使われていたものです。
年号は頻繁に変わりますが干支による年の数え方は法則通りでわかり易く、月にも日にも時間にも方位にも使われ覚えてしまえば便利だったのでしょう。
その上迷信的暦によってその時の生活態度まで合せていたのです。
明治維新になって、新政府は欧米に追いつけ追い越せとばかりに、それまでの日本文化の多くを捨て去ってきました。

明治6年に太陽暦が採用されその後の公的な暦には干支を含む一切の迷信的暦の注釈が消えていったわけです。
それでも民間では「おばけ」と云われる民間暦がベストセラーとなって文化を継承して来たと云われます。
人は誰でも、未来を予測し過ぎ去った事への回顧や反省も含め「ホット」したいものです。それには迷信的暦もあって「日が悪かった」とか「来年こそは」と思うのもいいのかも知れません。
信じすぎて横道に逸れては社会にも自分にも大きな弊害になるでしょう。

十干十二支については専門書に譲るとしますが、その由来は殆ど闇の中のようです。

1.みづのとみ(癸巳)

癸(みずのと・き) 漢字の起源(加藤常賢)では「三鋒のホコの形象」とされています。きの音は不明、字義は三鋒の矛。
漢字文化の世界(藤堂明保)では先が四つあるホコの象形でそのホコを振り回す。一巡りする意味を含んでいる。数の序列がひと巡り終わったところである。

巳(み・じ・し) 漢字の起源では巳は蛇の象形なり、しの音は蛇の長い体のうねうねする所から来ている、字義は蛇。
漢字文化の世界では甲骨文字は子供の象形。

十干 甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・

十二支 子・丑・寅・卯・辰・・午・未・申・酉・戌・亥
         ね・うし・とら・う・たつ・・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い

十二獣(肖獣) 鼠・牛・虎・兎・龍・・馬・羊・猿・鶏・犬・豕
    ね・うし・とら・う・たつ・・うま・ひつじ・さる・とり・いぬ・い

2.みづのとみ(癸巳)はどんな年だったか

1953年(昭和28年) 吉田首相「バカヤロー」発言、石川県内灘湾演習場米軍無期限使用決定、奄美群島返還日米協定調印。
NHKテレビ放送開始、中国からの引き揚げ第1船舞鶴入港、
*前年 GHQ廃止、対日平和・日米安保両条約発効、メーデー事件、皇太子明仁親王立太子礼、君の名は放送開始、
*翌年、米国ビキニ環礁水爆実験、日米相互防衛援助協定(MSA)、防衛庁・自衛隊発足、竹島領有権問題国際司法裁判所提訴提案韓国拒否、吉田内閣総辞職。

1893年(明治26年) 伊藤博文内閣、戦時大本営条例公布、「文学界」創刊、上野直江津間全通、明治座開場、文部省「君が代」など歌詞・楽譜を定める、
*前年1892年(明治25年)  
*翌年1894年明治29年 朝鮮出兵、日本軍朝鮮王宮を占領、清国へ宣戦布告

1833年(天保4年) 将軍家斉、米価高騰による打ちこわし続発、美濃大垣大地震、出羽・越後大地震、安藤広重「東海道五十三次」、
*前年1832年(天保3年) 琉球にイギリス船漂着、
*翌年1834年(天保5年) 諸国飢饉、江戸大火、大阪大火、

1773年(安永2年) 将軍家治、 諸国疫病、
1713年(正徳3年) 将軍家継、和漢三才図会、米価高騰、
1653年(承応2年) 将軍家綱、佐倉惣五郎直訴
1593年(文禄元年) 後陽成天皇、   小西行長兵糧の欠乏により和議、
1533年(天文2年) 後柏原天皇、将足利軍義晴、仏教徒と武将の戦い。
1473年(文明5年) 後土御門天皇、将軍足利義尚
1413年(応永20年) 称光天皇、将軍足利義将、
1353年(北朝文和2年・南朝正平8年) 北崇光天皇・南後村上天皇、将軍足利尊氏
1293年(永仁元年) 執権北條貞時、鎮西探題を置く、関東大地震死者2万3千余。
1233年(天福元年) 執権北條泰時
以下略します。

3.巳年のことわざ

・巳の時 巳の刻(現在の御前10時頃)、物事がたけなわであるころ、勢いが盛んなさま。

・巳の時過ぎ 盛りを過ぎる。勢いが衰えはじめること。

・未だ巳の時 上り坂の勢いである事。

・鬼か蛇か 残忍な人のたとえ。

・鬼が住むか蛇が住むか。 人の心の底にどんな考えがあるか、はかりかねる事をいう。

・鬼が出るか蛇が出るか。 前途にどんな運命が待ち構えているのか予測し難い事。 

・鬼も十八蛇も二十 鬼も十八番茶も出花。 鬼でも年頃になれば美しく見え、番茶も出ばなはかおりがよい。どんな女でも年頃には女らしい魅力が出るの意。

・女の情けに蛇が住む。 女は情け深いものだが、一方で執念深くもあることをいう。

・蛇が出そうで蚊も出ぬ。 大きな事件がありそうで、結局は何事も無かった場合をたとえた言葉。

・蛇の道は蛇 蛇の通る道は仲間の蛇には良く解るの意。同類の者には仲間のことなら何でも良く分かること。

・蛇は一寸を出してその大小を知り、人は一言を出してその長短を知る。

・蛇は一寸にしてその貌を知り、人は一言にしてその志を知られる。 

・蛇は寸にして人を呑むの気あり。

・蛇に見込まれた蛙。 自分より強いものを目の前にした時に恐ろしさのあまり動けなくなってしまう事。

・蛇は竹の中に入れても真っ直ぐにならぬ。

・蛇を描きて足を添う ・蛇足。 しなくてもよいもの、しなくてもいいこと、余計なことのたとえ。

・蛇の足より人の足見よ。 蛇に足があるか無いかなど無益な詮索をするより、自らを反省したり身近な事を考える方が大事のたとえ。 

・蛇に噛まれて朽ち縄に怖ず。 一度の失敗に懲りて必要以上に用心深くなる事、朽ち縄が蛇に似ている事から云う。羹に懲りて膾を吹くと同意。

・蛇の生殺し。蛇の生殺しは人を噛む。

・蛇の目ほども食うたが得。

・蛇も一生ナメクジも一生。 蛇もなめくじも一生を過ごすことにかわりはない。人間の一生は境遇や性格に違いがあっても、だいたいは同じだと言うことのたとえ。」

・藪をつついて蛇を出す。 しなくても良いことをしたたために受けなくても良い害を受けてひどい目にあう事。略してやぶへび

4.蛇の熟語

蟒、蟒蛇(うわばみ)・蛇腹・蛇口・蛇目・蛇目笠・蛇足・薮蛇・蛇行・蛇計

5.俳句 ヘビは夏の季語 

蛇の尾のおどり消えたる葎かな  禅寺洞

・蛇入ってゆるがぬ草の深さかな  野風呂

・老母出てさとせば蛇の去りにけり 蛙子

・蛇逃げて我を見し眼の草に残る  虚子

・蛇の衣傍にあり憩いけり      虚子

6.孫子の兵法 卒然

故善用兵者 譬如卒然 卒然者常山之蛇也 撃其首則尾至 撃其尾則首至 撃其中則首尾倶至 敢問 兵可使如卒然乎 曰 可

故に善く兵を用うる者は 譬えば卒然の如し 卒然は常山の蛇(くちなわ)なり 其の首を撃たば則ち尾至り 其の尾を撃たば則ち首至る 其の中を撃たば首尾と倶(とも)に至る 敢えて問う 兵は卒然の如く使(なら)しむべきや 曰く 可

卒然とは常山の蛇のことで、この蛇を打つと首尾相応ずると云うものです。

戦闘上手な将は 譬えて言えば常山にいる蛇のようなものだ 其の頭を打てば尾が直ちに攻撃してくる 尾を打てば直ちに頭が応じてくる 其の中ほどを打てば頭と尾が同時に攻撃してくるわけです さて敢えて自問するが 兵は卒然の様に、速やかに自在な呼応態勢をさせられるだろうか 答えは 可

7.易経 龍蛇の蟄

尺護之屈 以求信也 竜蛇之蟄 以存身也 

せきかくの屈するは以てのびんことを求むるなり竜蛇の蟄(かく)るるは以て身を存するなり

尺取虫が身を曲げるのは、次の段階で大きく伸びようとするからである。竜蛇が冬ごもりするのは、自分の身を長く保とうとするからである。人も世に出ずに学問に打込むのは、他日それを大きく世に役立てるのを期してのことである。

8.へびの漢字
・蛇  ダ、ジャ、へび
恙虫 ツツガムシ (マムシの事) 
長虫 ナガムシ 
蟒 おろち 
  マムシ、フク、お腹ガふくれているヘビ 
  ミズチ、大蛇(オロチ)、山の精霊 
  ミズチ、キュウ、水の精 
蛟  ミズチ、キュウ、コウ
  
*蛇に関する迷信や、蛇年の運勢など幾つもありそうです。
最近は都会では蛇を見なくなりました。子供の頃は2mもある青大将が草原をよこぎったり、家に住みつくなどあったのですが、蛇が珍しくなってしまいました。

財布の中にヤマカガシの抜け殻を入れているのですが、いつも財布は予定のあるお金ばかりで少しも余裕がありません。先日9月半ばのこと、家の近くで50cm程のシマヘビを見ました。アスファルトの道路が蛇にとって歩きにくいと見えて草むらに逃げていくのに厄介そうです。廻りが開発され残された小動物の住める場所は狭まっています。

| | コメント (0)

2011年10月24日 (月)

みずのえたつ(壬辰じんしん)

来年2012年平成24年の「えと」は葉書から立ち昇るような力強い「龍」の一字書きがいいですね。

象形文字で書くと「げじげじ」や「ヤスデ」になってしまいますから要注意です。

漢字の起原では「龍」は尖った角を頭に持ち口を開いた、長身の足を持った大蛇のこと、だそうです。象形文字がそんな感じです。

竜」の字は当用漢字「龍」はその旧字体です。今ではどちらも常用漢字となります。

ついでに「辰」の字は貝の足がぺらぺらと動くさまを示す。植物が若芽をなびかせて動き、盛んに成長するさま。

平成24年は干支(かんし)では「みずのえたつ」漢字で書けば「壬辰(じんしん)」です。

1)壬辰の文字の意味

壬(じん、みずのえ)

ふとい、腹の膨れたさま、はらむ、人当たりが良い。解字では腹の膨れた糸巻きの象形文字。

辰(たつ、しん)

元気よくふるいたつ様、解字では二枚貝が開いて、ぴらぴらと弾力性のある肉がのぞいたさまを描いた象形文字。十二支に十二獣が配されているのですが何時如何して配されたかは良く解らないと云う事です。

竜・龍(りゅう、たつ)

大蛇に似て、四足、角、長いひげのある想像上の動物、雲をおこし雨を降らせ、春分には天に昇り、秋分には淵にかくれるという。解字では頭に冠をかぶり、胴をくねらせた大蛇の形を描いた象形文字。

2)辰(龍)にちなんだ故事・ことわざ

・画竜点晴

 中国の梁の時代、壁に龍を描き最後に瞳を書き入れると、忽ち本物の龍となって天に昇った故事から、大切な部分を加えて、物事を完成させる事。僅かな部分に手を入れることで見違えるようになる事のたとえ。

・画竜点晴を欠く

物事の最後の仕上げを欠く。肝心所に不備があるたとえ。

・逆鱗に触れる

龍の胸にさかさに生じた鱗を逆鱗という。是に人が触れると龍が怒って触った者を殺すと云う故事から、天子が怒る事、目上の者がはげしく怒る事。

・竜の蹴躓き

立派な人でも失敗する事はあるたとえ。

・雲となり龍となる

龍に雲が付物のように男女の仲のむつまじい事。

・雲は龍に従い風は虎に従う

龍は雲を従え虎は風を呼ぶと言われる事から、物事はふさわしいものを伴う事によって上手くいく、名君には名将が伴うと云うたとえ。

・葉公の竜(しょうこうのりゅう)

竜を描かせたところ、本物の竜が現れ腰を抜かして逃げ去ったことから、うわべだけで中身の無い事、似て非なるもののたとえ。

・時至ればミミズも龍となる

良い時期にめぐり合えば、つまらないものでも出世することのたとえ

・虎の子を野に放し龍に水を与える

禍をもたらすものに利を与えるたとえ

・用うればミミズも龍となる

つまらないものでも、登用して相当な地位につけると、それにふさわしい権勢を持つようになる。機会を与えれば持てる以上の力を発揮するたとえ。

・竜と心得た蛙子

親の欲目から、見込み違い。

・龍に乗ず

権勢家の娘を娶る事

・竜に翼

鬼に金棒、虎に角と同じ、強いものに更に強さを加えること。

・竜行虎歩

竜のように行き虎のように歩く、堂々として威厳のある歩き方。

・竜頭蛇尾

はじめは盛んでおわりには衰える事のたとえ。

・竜女

賢い女

・竜気

めでたい気、地相のすぐれている良い土地

・竜虎

力の伯仲する英雄のたとえ

3)過去の壬辰の年を60年前の壬辰の年から遡ってみます

1952年昭和27年

第三次・四次吉田茂内閣、メーデー事件、日華平和条約調印、日印平和条約調印、鉄腕アトム発表、日航もく星号墜落、エリザベス2世即位、ヘルシンキオリンピック開催、

1892年明治25年

第一次・二次松方正義内閣、関東を中心に天然痘流行

1832年天保2年

将軍家斉、鼠小僧処刑、琉球にイギリス船漂着、

1772年明和9年・安永元年

将軍家治、江戸大火

1712年正徳2年

将軍家宣、江戸火事頻発、江戸に大名火消し設置

1652年承応元年

将軍家綱、承応事件、江戸市中浪人改め、アメリカで奴隷制違法制定、

1592年文禄元年

後陽成天皇、秀吉名護屋に向う、

1532年天文元年

後奈良天皇、将軍足利義晴、

1472年文明4年

後土御門天皇、将軍足利義尚、

1412年応永19年

後小松天皇・称光天皇・将軍足利義将、

1352年文和元年

後光厳天皇・後村上天皇、足利尊氏、尊氏鎌倉に入り北條直義降伏、

1292年弘安5年

伏見天皇・執権北條貞時、

1232年貞永4年

後堀川天皇・四条天皇、執権北條泰時、鎌倉和賀江島築港、定家新勅撰和歌集を選進、

1172年承安2年

高倉天皇、後白河院政、女御徳子を中宮とする。

1112年天永3年

鳥羽天皇

以下略す。

壬辰の年だけを見てもそれほどの事件は無かったようです。大事件の解決を進めている状況とかの過程の時期だったかもしれません。或いは火種が徐々に大きくなる途中とかでしょう。

4)十干十二支(じっかんじゅうにし・じゅっかんじゅうにし)

十干(かんし・えと)と十二支(じゅうにし・えと)を組み合わせたのが六十干支(えと)で60年で一回りします。日本では六世紀以降の推古天皇の頃から暦として正しく運用されたようですがもっと古い頃から理解されていたといわれています。例えば古墳時代の銅鏡や銅剣などにも五月丙午などと彫られています。

江戸時代には庶民の間に干支による迷信が大流行した時代とも云われます。年号がしばしば変わるので年を十二支で「去る辰の年から申の年迄の間」などと云う表現に使われたり、干支による運勢・天候・時間・方位など生活全般に普及し迷信も往行したわけです。

明治維新によって欧米文化を取り入れ、文化遺産の多くを捨て去り、明治六年には太陽暦が使われることになり陰陽道的迷信は公には一切排除されてしまいました。

江戸時代に浸透した陰陽道による迷信的暦の活用法は今日にも根強く残っています

現在では、生まれ年を干支で「私は辰年生まれで気が強いの」、「私は丙午に生まれた女の子でいやだったわ」とか、年賀状には其の年の干支を「平成壬辰元旦」とか「2012年辰 元旦」なんとなくそうするものと思って書き込んでいます。伝統のお祭り日は干支の月日を守っていたりしています。

人は、自分はどのような性格でどのような運命の上に活かされているのか、明日の我が身はどうなるのだろう、自分の生きている時代はどんな時代でどのようになっていくのだろう、不安や期待や、自分はどのような運命つながりにあるのだろうなど思いめぐらすものです。干支によってほっとしたり、がっかりしたり色々あったのでしょう。

4-1)十干(じっかん・えと)

1、甲(こう、木陽兄きのえ)・2、乙(おつ、木陰弟きのと)・

3、丙(へい、火陽兄ひのえ)・4、丁(てい、火陰弟ひのと)・

5、戊(ぼ、土陽兄つちのえ)・6己(き、土陰弟つちの)・

7庚(こう、金陽兄かのえ)・8、辛(しん、金陰弟かのと)・

9、壬(じん、水陽兄みずのえ)・10癸(き、水陰弟みずのと)

4-2)十二支(じゅうにし)及び12獣

1、子(ね、鼠ねずみ)・2、丑(ちゅう、牛うし)・3、寅(いん、虎とら)・4、卯(う、兎うさぎ)・

5、辰(しん、龍たつ)・6、巳(み、蛇へび)・7、午(ご、馬うま)・8、未(み、羊ひつじ)・

9、申(しん猿さる)・10、酉(ゆう、鶏とり)・11、戌(じゅつ、犬いぬ)・12、亥(がい、豕いのこ、い)

平成24年はこの十干の9番目壬と十二支の5番目辰(龍)による壬辰と成ります。

年号を表すのに、平成壬辰元旦と書けば、平成24年1月1日と云うことになります。

平成24年(2012年)壬辰はどのような年になるのでしょう

大海原に帆を張っているのですが向うべき目標が定まらず、右往左往している時期はもう終わりにしたいですね。利権と選挙に振り回されて政治を忘れ、世界から置いてきぼりはごめんです。

ミミズだって龍になるのです、泥鰌が龍になれない理由は有りません。金魚なんかになっても意味は無いでしょう。

やれやれ・・・・・龍になると思わなければ龍にはなれない、龍になると思っていたのにおたまじゃくしで終わりです。

| | コメント (0)

2010年12月20日 (月)

かのとう(辛卯)の年

2011年は、かのとう(辛卯・しんう)の年 ウサギ年です。

干支の文字や絵を参考に書き込めば面白そうですが、其処は一人一芸の芸術作品はご自分で書かれる事を期待しています。

私は年賀ハガキを墨流しにつけて料紙を作り「卯」の文字をアレンジし落款を押してみました。

辛卯の年は、前回は60年前ですから昭和26年1951年でした。

この年生まれた方は還暦を迎えます。60歳になるわけです。

サンフランシスコ平和条約の調印・日米安保条約調印と太平洋戦争の終結です。

其の前の辛卯は明治24年1891年です。生きておられれば120歳です。

大津事件・足尾銅山鉱毒事件が上げられます。

其の前は天保2年1831年 天保の大飢饉の前年に当ります。きっと天候異変の兆候があったでしょう。

其の前の前は慶安4年1651年由正雪の乱

其の前が天正19年1591年利休の切腹

どうもあまり楽しい話題にはなりませんでした。

お寺さんから、平成23年2011年の暦が届きました。

来年は衰運ですが向上の気配がある・・とのこと

煩わしい雑事に追われるとありました。気にしながら生きていきましょう。

今年の暑さはひとしおで、ようやく夏ばてが回復したようです。

午後の2時間ぶっとうしで居合い抜きをやりました。

薄っすら汗ばんで気持ちの良い事。

冷水シャワーを浴びてキリットしたところで、何紹基を臨書。

孫子を辞書と首っ引きで読みつつため息をついていました。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

介錯口伝・他・神妙剣 | 女剣士 | 居合兵法の和歌15-7 | 居合兵法極意巻秘訣15-6 | 居合兵法極意秘訣15-3 | 干支を読む | 幻を追ってその7 | 幻を追ってその8 | 幻を追ってその9 | 文化・芸術 | 旅行・地域 | 日記・コラム・つぶやき | 書を楽しむ | 曽田本その2を読むの2 | 曽田本その2を読むの3 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く始めに | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く1抜刀心持引歌 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く2居合兵法伝来 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く3大森流居合之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く6坂橋流棒 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く7重信流1詰合 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く7重信流2大小詰 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く7重信流3大小立詰 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取 | 曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文1抜刀心持引歌 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文始めに | 曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文2居合兵法伝来 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文3大森流居合之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文6坂橋流棒原文 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文7重信流1詰合 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文7重信流2大小詰 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文7重信流3大小立詰 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取 | 曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事 | 曽田本その2を読む | 曽田本その2を読むの4 | 曽田本スクラップ土佐の居合 | 曽田本スクラップ居合 | 曽田本スクラップ戦時下 | 曽田本免許皆伝目録15-11 | 曽田本業附口伝15-10 | 白石元一居合術手引 | 神傳流秘書14-10英信流目録小太刀之位 | 神傳流秘書14-1序 | 神傳流秘書14-2引歌及び伝来 | 神傳流秘書14-3大森流・英信流・太刀打 | 神傳流秘書14-4棒 | 神傳流秘書14-5詰合 | 神傳流秘書14‐6大小詰・大小立詰 | 神傳流秘書14‐7大剣取 | 神傳流秘書14‐8抜刀心持之事 | 神傳流秘書14‐9夏原流和之事 | 秘歌之大事 | 稽古の日々 | 英信流居合目録秘訣15-4 | 英信流目録15-8 | | 道場訓