書を楽しむ

2019年1月 1日 (火)

咄々々(とつとつとつ)Ⅱ

 咄々々 
  明けましておめでとうございます。
 
 平成31年の書初めのお題は、雲門宗の開祖雲門文偃の雲門広録から「咄々々(とつとつとつ)」
 意味は、舌打ちしたり、怒ったり、驚いたりする咄から「あらまあ」「これはこれは」などと云った、想いも寄らない事に感動する事、それを表した禅語を選んでみました。
 雲門の言葉としてよく知られているのは「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」でしょう。
 「 にちにち」と読むのが正し様ですが、「ひび」でもさして違いは無いと云えば、識者が怒るかもしれません。
 どの様な日でも、悪い出会いや良い出会いがあったりします。
 日々は水の流れの如きもので、とどまる事は無いものです。それを踏み越えていくのが人生でしょう。
 出会いとは人との関わりばかりでなく、見たり、聞いたり、感じたこと全てと思えばいい、ふと感じた今までの人生と是からの人生への気付きなどで有ってもいいのでしょう。
 
 そんな日々の出合いの中で、想いも寄らない「あらまあ」と思わず口に出して、喜んだり、悲しんだり、怒ったり、ほめたりするのが「咄々々」の語といわれます。
 家内は保育園に勤めています。その日の子供たちの言動に「あらまあ」と驚く事ばかりだそうで、楽しそうに話してくれます。
 お座りもちゃんと出来ない幼児が、いつの間にか這い出して、ある日突然立ち上がり一歩踏み出し満面に嬉しそうな「笑み」を浮かべる姿、それを「あらまあ」と驚喜する様子は眼に浮かびます。
 その子のパパやママより先に、歩けた嬉しさを自慢げに見せてくれる幼児に、感動すると共に複雑な気持ちとも話してくれます。
 意図的に人を感動させる事が出来たら、行事の主催者は是までの苦労が報われた気持ちになるでしょうし、参加された方も思いもよらぬ感動に嬉しくなってますますのめりこむでしょう。
 
 善い事、悪い事「あらまあ」と、つい口から出てしまう、素直に云える日々でありたいものです。
 「咄々々」の書初めは、文字の書体も配置も用紙の大きさも、特定せず皆さんの思うままに書き込んで、正月明けの教室に持って来てもらいます。
 「あらまあ」と云って、新年早々にその作品を皆さんと一緒に鑑賞します。
 喜んだり悲しんだり、抱負に一杯の新しい年を迎え、五月には新しい年号に臨んで行きたいものです。
 2019年平成31年、たとへ5月1日から年号が変わっても亥年です、新年のご挨拶は「咄々々」とだけ書いてお送りします。
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2017年12月21日 (木)

真玉泥中異

 平成30年の書初めの言葉を景徳伝燈録から「真玉泥中異」を選んでみました。

 読みは「しんぎょくでいちゅうにいなり」、本物の宝石ならば泥の中にあっても輝くものだ、と読まれます。

 上海で個展を開いて来た元美術の教授であった造形作家の作品が地元の方の心に響いたのでしょう。
 作品に入り込んで一体となって嬉しそうにVサインを送っているご婦人。その向こうで、次は「わたしが作品に入る」と真剣な顔をして順番待ちする幼い子供。
 作者と嬉しそうに作品の中で一緒に記念撮影する人。

 ライブなどでは演奏者や歌手と観客が一体となって楽しんでいる状況が普通に見られるのですが、造形作品と一体というのもめずらしくそれも中国の方達とです、同じ感情なのでしょう。

 芸術作品は静かに鑑賞するものとばかりの、お堅いお人には理解できないでしょう。
 その作品には「どうぞご一緒にこの宇宙にお入りになりませんか」という、何かいつもと違う、誘ってくれるやさしさと暖かさがあったのです。

 芸術作品は、ともすると投機の材料とされ、そのものの持つ価値よりも金が絡んだ評価が優先されてしまうものです。それに名士が絡めば万々歳です。それが芸術作品がそのもの以上に権力のネタに扱われる格好の材料でもあるのでしょう。遠い昔、正宗の刀と鑑定されたものが恩賞として政治に巻き込まれたこともうなずけます。

 一方、心に残る作品は、どんなへぼでも人には大切な名品になってしまうものです。先祖の残した素焼きの「かわらけ」一つにも、今の自分を大切に思ってくれる家族を思い、心は和むものです。世に云う名品でも其の時の我が心とアンマッチならば置き捨てられてしまうものです。

 或る忘年会での事、「おっさん」がそんな会話に割り込んで来て、中国と日本が過去にどうだったか、日本は何をし、中国は何を思って居るか。或は戦後の教育が進駐軍の言いなりにされ、その片棒を政府も日教組も当然学校の先生達も担いでいた、そんな世界に居たものなど中国人との芸術を語る権利はない、まして政治と芸術作品に依る忖度など口にする権利も無いと言ってわけのわからぬことで粟を吹いています。

 この「おっさん」の歴史的な考察は間違ってもいない処も有るでしょう。戦前、戦後日本人は或る種の引力に引きずられ、洗脳され本質を失っていたか、自分を出せば「己の居る場所が無かった」ともいえるものです。
 当然この「おっさんも」そんな両親や、先生に育てられたにすぎません。その上、「おっさん」は、この芸術家を否定する程の何かをしている様子は有りません。
 「おっさん泥中泥」かな、余計な所に口を挟んでいないで己の「真玉」を全力を投じてみては、と思うばかりです。

 今更、「おっさん」が自覚して、日本の行政も、片棒担いだ教育者も間違っていたと「ほざいて」見ても、元教授を否定しても意味の無い事です。歴史上の過ちを知ったならば、自分は今何をしているかが大切なことでしょう。

 この造形作家は、中国の人と作品を媒介に利害関係なしに「和」する心を分かち合えた事は貴重な事だと思えるのです。そこから、新しい交友が芽生えていくことを期待したいと思います。
 
 何処に居ても、何をしていても「輝いていなければ本物ではない」そのためには「何処でも,いつでも全力を出す」、評価は他人がする事であっても、自分は信じたことを貫き通す。
 口先ばかりで何もせず、廻りが悪いと言ってみても、他人のあらをほじくってみても何も変わらず、取り残されるばかりでしょう。

 そう言えば、この「おっさん」居合をやっているのですが、最近膝が痛いだのと言って稽古に出て来ない上に「あんな指導者の居合はやってられない」と言って居る。
 「あんな指導者の70年をこえる居合」をとことん研究した形跡も見られないのに・・・膝痛など、へぼな体の使い方に由来するに過ぎず、真玉と独りよがりは別物です。

 新年を迎えるに当たり、厳しい時代が押し寄せて来る気配を感じます。「何時如何なる変にも応じるられる」柔軟な心と体を「習い・稽古・工夫」して、真っ直ぐ信じた道を歩きたいものです。

 それには、「一行三昧」に、是で良いと思わずにより上を目指し。
 「下載清風」を知り、死に物の形に拘り、力むばかりの余計なものを下ろし。
 「帰家穏座」 何時も本物とはと考えながら、穏やかに座すようにしたいものです。

 
 
 

 
 

 

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2016年12月15日 (木)

鶏寒上樹鴨寒下水

 来年の書初めの課題を出しました。
 ニワトリにちなんだ言葉を捜していて見つけ出したのがこの禅語です。
 鶏寒上樹 鴨寒下水
(鶏寒くして樹に上る 鴨寒くして水に下る)
 中国の宋代の智昭によって1188年に編纂された「人天眼目(にんでんがんもく)」にある禅宗五門の要義です。
 
 鳥も、種類によって状況に応じた対処の仕方が異なる事を述べたもので、人もまた同じ様にそれぞれの思いによって、異なる考えで行動をしながら悟りに至るとでも解すればいいのでしょう。もっと日常的な処に置き変えれば、人は夫々なのでしょう。
 何でもかんでも同じ思想を持ち、同じ様に行動をしなければいけないなどと無理強いして、折角夢を持って門を叩いて来た者を潰しているとも知らずに、自分の我を押し付ける事はまま有ります。
 もっとおおらかに、一人一人をよく観て、何を求めにやってきたのか、よく聞いて指導してあげられないものでしょうか。
 かと言って、何の方針もないまま、好き勝手にやってもらうわけにも行かないのも人の世の定めです。
 習いごとに来ていながら、何を得ようとするのか目指すものが無いまま、その日その日が愉快であるのもいいかもしれません。集いの場であったり、ちょっとした居場所という価値もあるでしょう。しかし、それでは何も得られないでしょう。
 初段の審査を受けるために、稽古に励んで居た30代の女性です。「段位相応の力を持てとか、規約に縛られるなどは求めていなかった」と言うのか、メール一つで審査当日ドタキャンしてきました。
 審査を受けるための基本となる所作の一つ一つ、それらは彼女にとって今までに無かったプレッシャーだったのでしょう。
 着付けが不十分なため、袴がずり落ちたり、胸がはだけてしまったりして、下着が丸出しで目のやり場に困ったものでした。
 書道でも、武道でも、やるべき事をやっておかなければ、次の動作が、充分生きてこないものです。
 お遊戯や、棒振り体操、楽しい仲間が居ればいい、とでも思って居たのでしょうか。人それぞれとは言え、理解できても迎合する程に悟り切れないまま頭を抱えてしまいます。
 ある道場の、40代の女性は「段位や競技に興味はないの、伝統と云われる業技法は無理にやらせないで」と言っていました。教え魔の古参も遠のき、それでも見よう見まねで一人で稽古に励んでいたようです。
 先日たまたま一人稽古の際その方にお会いしました。稽古をしながら、業の切れ間にそれと無く拝見していました。
 順番通りに業は出来て居ます、見様見真似であっても5~6年も続けているのですから当然と云えば当然です。
 しかし、全く勝手な、武術には程遠い、棒振りです。習いに徹する時期を持てば、スルスルと、先人が教え示している事が出来て、何故そうするのかも解るのに、無駄な時間が経つばかりです。
 柄握りすら出来て居ない為でしょうか、それとも稽古が過ぎたのでしょうか、柄糸が擦り切れてビニールテープでほぐれを捲いてあります。
 他人にいじられるのを嫌うのか、指導されても出来ない不器用を恥じて思うのか、プライドとも違う様です。
 三カ月ほどの個人教授で見事昇段した女性がいます、毎回の稽古で疑問にぶつかると「何故そうするのですか」と聞いてきます。
 武術ですから、対敵がいる事、その敵に応じる為に心得を実技を見せながら聞いてもらいます。
 坐し方一つもその理合を解きほぐします。納得できれば、即座に其の通りやり始めます。其の日に出来なくとも次の稽古日にはかなり出来ています。そしてぐんぐん腕が上がっていました。
 「この子は何時もそうなの」と、パティシェを目指すために修行しているお店のおかみさんも笑って彼女の調理場に臨む心掛けを聞かせてくれました。
 プロを目指し励む人には、廻りの人も助けてくれるのでしょう。審査当日、彼女が居なければ店は回らないのでしょう、彼女の為に店を休んでくれています。そんなプレッシャーもしっかり受け止めていた女性です。
 高齢者の入門も多くなって、真面目に指導を受けて稽古していても、心身の弱体化は避けられません。高齢初心者が生涯続けられ歳相応に進歩していく仕組みも必要でしょう。若い人と同じような稽古法や昇段基準では嫌気がさして、棒振り体操に甘んじたり心ある人は去って行かれます。
 他の武術やスポーツで鍛えられた人は、古参を直ぐに追い越してしまいます。怠け者のへぼを追い越す仕組みも必要でしょう。
 若いころから励んで来られた方も、年を取れば、衰えは隠せません。「昔はこうだった」は幻です。最も自分に適した道具と術の研鑽が必要でしょう。
 一頃80歳までは進歩すると聞いていましたが、元気で90歳を迎えらえる方も大勢おられます。昔の思い出に浸るのではなく昨日よりは今日、今日よりは明日へと、情けないへぼ踊りでは無い、いぶし銀の様な世界を自ら切り開いていく以外にないのでしょう。
 ある人曰く「長生きも術の内」そうかもしれません。長生きしても使える武術は自分だけのものです。
 興味を持って入会されても、「やってみたが思っていた事と違う」、カルチャーショックを受けている人も多いようです。
 指導者が自分の価値観を押しつければ、想いはお互いに通じ合わないものです。
 メンツばかりで、闇雲に弟子の数を競いあえば、総じてレベル低下は避けられません。一人の師匠が心を尽くして弟子と対せる人数は15名位までが限界でしょう。
 号令一過、大勢の弟子が全員で同じ業を抜きつけても、戦場に送り出す従順な兵士を作る、或はこれから稽古する準備運動になっても大した効果は望めません。
 そんな中でも、師匠の日常の立居振舞や先輩に稽古を付ける姿をよく観て、ひたすら、眼と耳で学ぶ人もいます。やって見て、「是でよいでしょうか」と素直に尋ねる心もある人もあります。
 何十年と他の事をやって来ていても、習う時は全てフリーにして習いに徹する。その上で樹の上でも水の中でも少しも遅くは無い筈です。
 保守的なのか、自分を変える勇気がないのか、昔取った杵柄ばかり主張して、勝手な理論を振り回して居たりするのもいるでしょう。
 習うふりをして、無駄な時間を潰しているのを見ると・・・そのままずっとそうしてそこを居場所として落ちつくのも勝手です・・・或は、其の内へぼでも古参になって、人生唯一の威張れる場所となるでしょう・・・でも誰も・・・それぞれです。
 周囲を見直しませんと伝統文化の継承には、とても厳しい時代になったとも云えると思います。
 古伝の研究は基より、せっせと講習会にも通い良く観・よく聞き・よく読み・よく考えての気付き、そこで得られた多くの知人や知識も、形ばかりを演ずる者には、勝手な事をやって居る不心得者にしか思えないものでしょう。
 昔から、廻国修行に出る者も見られます。師匠はそれを快く送り出したものです。・・・自分の価値観しか認められない狭量では、鶏や鴨にも劣るかも知れません。
 
 この書初めの語句の意味を味わい、文字をじっと眺めていますと、何故か、こみあげて来るものが有ります。
 難しい文字も無いのですから、無心になって、筆を走らせればいいだけなのに・・・思いつくままに。

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2015年12月19日 (土)

 春来草自生

 書道教室の書初めの題材を出しました。
 「春来草自生」
この五文字を新春の書初めとして半切に縦書きしてもらいます。
北宋の景徳元年1004年に道原が編纂した禅宗の「景徳伝灯録」にある公案の一つ。
「兀然無事座 春来草自生」
兀然(こつぜん)として無事に座すれば、春来たりて草自ずから生ず
 自然の流れに逆らわずに、春が来れば自然に草が生える様に、ただじっと座禅すれば、その時が来れば自然に悟りが訪れる。直訳すればその様なものです。
 春が来れば自然に草が芽生えて来る、自然の摂理はそんなものでしょう、何もせずにじっと待っていればその時が来るのでしょうか。かと言って、いたずらに先を急いでみても、人の手で急がせてみても寒さに枯れてしまうでしょう。自然の摂理を蔑ろにした栽培方法も幾らでもあるでしょうが、人の手を借りなければ自立できないものになってしまうでしょう。
 秋が来て実を落としじっと養分を蓄え春が来て芽を出し、根を張り養分を吸い込んで茎を伸ばし葉を茂らせ、太陽を浴びて花を咲かせ蝶を呼び、実を結ぶ。
 時を待ち、やるべき時にやらなければ、うまくいく筈は無いでしょう。無為に遠回りするのもバカげていますが、近道したつもりでも、基礎が出来ていないために直に崩れてしまいます。
 おだてられ、背中を押されてやっては見ても、少しも楽しくなく、上達もままならない、果ては諦めてしまう。自分から進んでやって見た事でも、やって見れば同じ様な事で止めてしまう。
 さて、「春来りて草自ずから生ず」とは、焦らずに準備を整え未来に向かって踏み出していくことなのでしょう。其の道は自ら求めたものであれ、生まれた時からの定めであれ、おだてに乗ったものであれ「春来りて草自ずから生ず」でしょう。
 「うちの嫁は、幼い孫にあれこれ習わせようと無理やり子供の背中を叩いているのよ、「時期が来なけれダメ」と言っても、「小さいうちからやらなければ一流になれっこない」といって聞かないの」よい書初めの題だから正月に皆で書いてみよう」だそうです。
 手本は、一昨日磨ったまま墨池で乾燥させた墨に水を垂らし、淡墨を作って、超長鋒の羊毛筆をもってズル・ス-・ズルズルと行書で書いてみました。
 年明けの皆さんの作品が楽しみです。

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2015年1月24日 (土)

良寛の般若心経

我が剣友がこんな詞を送ってきました。

古人の跡を求めず 
       古人の求しところを求めよ

 松尾芭蕉「許六離別の詞」

 抜け殻に固執せずに古人の求めたものを追い求めよというのです。

 空海の「性霊集」の「古意に擬するを以て善しと為し 古跡に似るを以て巧と為さず」がもとになるだろうとされています。

「擬する」は当てはめる、なぞらえる、まねる、などの意味になります。味わい深い詞です。

彼が送って来た処の意味は、一つは私の古伝神傳流秘書への憧憬を戒めて、形を追及せずに古伝の心を追えよと言っているのでしょう。
もう一つは、文字も言葉も、まして動作など本当の処が解らない古伝よりも、現代居合をもっと見つめて励みなさいと言っているのでしょう。
優しい心で、現代居合の根元は古伝にあるからこれで良いと励ましてくれているのでしょう。
本意は判りません。

書の臨書の心得に当てはまるものです。
先ずしっかりとお手本を見て、お手本通りに何回も何回も書き込んでみます。
そのうち何度書いても形は似ていても、少しもお手本に近づかないのです。
体が違う、哲学が違う幾らでも理由は見つかります。それでも懲りずに手習いします。
其の内1000年以上も多くの先達の手本となった意味が少し見えてくるものです。

書の教室で、9月から良寛の般若心経を宿題にして手習いをしてもらっています。
あの淡々として、鉛筆で描いたような楷書の般若心経です。
良寛は求められた時も、自ら求めて書いた時も、声に出しつつ書いたのだろうと思います。そこに良寛の生き様があるようです。

宗派が違うと云って手にしようとしない者。
般若心経は活字体のカチッとした楷書でなければと、お経に不敬と言って拒否する者。
この仮名釘流の文字が書の手本になるほどの価値があるのかと見る者。
市販の引き写しに頼ろうとする者。
とにかく真似てみる者。
文字だけ真似ても全体が整いすぎる者。
良寛関係の書物を読み始めた者。
般若心経のとりこになり始めた者。

一見弱々しく、粗雑な感じに見えるにもかかわらず、良寛の厳しい線と誰でも受け入れてくれる豊かな心持ちの現れた般若心経にいま皆さん魅せられ始めています。
般若心経には経典のすべてが凝縮されているはずです。

般若心経は色々な人が書き残されています。古いもので手本にされているものは王羲之の集字による集字聖教序の般若心経・空海のものといわれる般若心経・良寛の般若心経などでしょう。現代では数知れず写経というよりも般若心経を書いた造形でしょう。

12月の書道教室の稽古納に此の良寛の般若心経の臨書作品が出来上がって来ました。
どんなに臨書しても、10人10色はここにも表現されてきます。
書けば書くほど、そして般若心経を学べば学ぶほどその人の思い入れが表面に現れてくるようです。

このブログは2014年11月24日「場違い」の後半に付しておいたものですが、久しぶりに「書を楽しむ」のカテゴリーに加筆して移しておきます。

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2011年7月 9日 (土)

一字書「古」

書道教室の宿題に一字書で「古」の字を出しておきました。

半切を4分の1に切った良く滲む紙を清書用に持って帰ってもらいます。

今回の「古」の文字の元になる作品は、松井如流先生の昭和58年パピルス展の作品で古隷風な行書。

古びた事毎をくよくよ思い煩うのではなく、いにしえに遊ぶような、それでいて決して浮ついたものでない雰囲気を感じさせる作品です。

それを元に一人一人をイメージをしながら、雰囲気を変えて手本を示して置きます。

字を書く事の楽しさををもっと膨らませるように、同じ松井如流先生の昭和43年毎日書道展の金文による「古」を、図録によって見てもらいます。

書を越えた造形の妙であり古代を彷彿とさせるものです。

中国の古典を習うのは日常的でしょうが、日本の一字書や仮名書は中国の書を凌ぐものも沢山あります。

しかし、見方を誤れば、技巧のみが目に付くいやなものも多いので困ります。

他所の社中の先生の書だからといって習っておかないのは損している様なものです。

それをその場で臨書して、似て非なるものしか出来ないこと、文字の由来など少々薀蓄を述べて観て貰います。

今日其の宿題が出来てきました。

皆の前で、出来上がってきた夫々の4枚ずつの作品を鑑賞します。

皆なが感心するもの、自分が良いと自負するもの、私が少々からい事を付け加えて選ぶもの。

それが自分の思いと一致すると、うれしさがこみ上げてくるのです。

初めた頃は、おずおずと出していましたが、今では堂々と見せてくれます。

上手い下手や技術的に高い低いよりも、50歳ならば生きてきた人生そのもの、それを其の儘に書にぶつけられればいいのでしょう。それ以上でも以下でもないはずです。

そして仲間の作品にも一喜一憂しています。

お習字を習って、毛筆でせめて結婚式の記帳ぐらいは、と思ってこられた方の目が創作の楽しさにきらきら輝いています。

昨年の暮れに、今まで筆を持ったこともないと仰る御婦人が来られ、「筆が思うように動かない、書けない、書き順が判らない、バランスが取れない、・・ないないずくし」と言っている間に、みんなを「あっ」と言わせる「古」を書いてきました。

私が松煙墨でその場で臨書した如流先生の金文の「古」によほど感化されたと見えて、自由に駆け巡っています。

彼女の前で書いたものは、活字に近い符号を越えない楷書の「古」でした。

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2010年1月29日 (金)

近代詩文書(読める書)

毎日書道展では「近代詩文書」といわれる書の分野があります。現代の詩や文を、それにふさわしい漢字や仮名の書体によって書かれた書を指します。

日展と読売書道展では調和体と呼んでいる書作品の分野です。

呼び名は変わっていても、現代の詩や文を、現代の文字で、書そのものと同時に読むことでも感動を味わう事が出来るものといったらよいのでしょうか。

文章のある部分にえらく感動を覚え、書作家はそれを書作品にしたい衝動にかき立てられそれにふさわしい書体で書く事が出来れば、素晴らしいことでしょう。

詩人や小説家、或いは自分自身などによる「感動的な言葉」ですから、それだけで十分感動を得られるものでしょう。それを書にして作家の意図を書家の書法を持ってトレースするわけです。

自分の言葉ならば、意図したものを自分の書法で文字にすることで、より高い、文言だけでは気がつかなかった感動を引き出す事もありうるでしょう。

他人の文言を書き表す事は難しいですね。何処にでも共通の活字で淡々とかかれた方が作家の意図は伝わりやすいはずです。

書家が書くことによって、文字が軽薄でありすぎたり重過ぎたりすれば、作家の意図とかけ離れてしまいます。よほどの書法の能力と、文言に対する洞察力がいるかもしれません。

展示会に出品される多くの書は、文字を書くことに専念して、詩文との調和にまで気心が回っていないのが現実です。ですから作家の詩や文章に調和させる事は、漢字と仮名の調和より遥かに難しいでしょう。

誰も読んでくれない漢詩、漢文。変体仮名が邪魔して読めない和歌や俳句の仮名書を、読めて喜ばれる書となるように目指さざるをえません。

古典のままでいい、と云う書家もいるでしょうが、古典の臨書まがいの書でいいのでしょうか。

やはり自分の言葉でない文の書には限界があるのかも知れません。ならば「前衛」「大字書」などなのでしょうか。

近年よく言われる、鉛筆を握り締めて書いた少女文字、丸文字などは字形の上では漢字仮名の調和はとてもよく出来ています。

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調和体(読める書)

つい100年ぐらい前まで、少し素養があれば、片仮名、平仮名はもとより、楷書、行書、草書で連綿の漢文交じりのお手紙を読める人がそこそこ居たのではないかと思います。

よほどの教養がないと読めっこないと思うのは、われわれ戦後の連中でしょう。其の証拠に草書で書かれた封書の宛名書きでも間違いなく配達されていた、と言ったら「連中はプロフェッショナルだ」と云う人もいました。

それにしても、当用漢字の楷書か楷書に近い行書と片仮名、平仮名だけで教育されてはどうしようもありません。

草書や変体仮名は古代史を飾る文字になってしまいます。千年も書き、読みしてきたものをここ60年足らずで捨てていくのは情けない事です。

書道会では、漢字は漢字の専門家、仮名は仮名の専門家といった意識があって双方の伝統の中で武道で嫌う居ついている間に、一般の教養の価値基準が、どんどん位置かわりしてしまい、置いて行かれてしまったわけです。其の上書道家は、お習字の先生であって字を書くことに全力を傾けてしまって自分の文章も、詩も生み出せない者がほとんどですから主体性に欠けてしまいます。

読める作品を発表していこうとする動きが芽生えて久しいのですが、どうも今一で書道への憧憬は読めなくても古典に注目されてしまいます。

日本を代表する書道展では毎日書道展は昭和29年に「近代詩文書」部門を設けています。昭和30年には日展が「調和体」部門を設置しています。大分遅れて平成7年に読売書道展が「調和体」部門を設置しました。これが漢字仮名交じりで読める書の分野です。

読める書、漢字仮名交じりの書、新書芸、近代詩文書、調和体などと呼び名もまちまちで今もって何がなにやらわかりません。

漢字や仮名を専門に習ってきたのでしたら其の風で現代に通じ読めて感動できるものならばいいのでは思うのですが。

平成8年に書の雑誌「墨」で調和体大研究を特集しています。村上三島先生のご存命中に読売書道展の調和体部門の内規に「漢字は楷書と行書しか用いてはいけない。連綿は二字以内でなくてはいけない。散らし書きはいけない。文字の大小を極端につけてはいけない。文字と文字の間を大きく離してはいけない。短い詩文が望ましい。・・・・

なぜか現代竹刀剣道が、組太刀の形や居合の形を連盟が制定してしまい流派の伝統が失念していく事が被ってきます。

朗々たる詩には、大きな書き出しや、散らしや、限りなき連綿もありかもしれません。

流派の掟が違っては、昇段試験や演武の判定が難しいという統一の理論は、武道や芸術に求める事は何なんでしょう。

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2009年12月 6日 (日)

落款

書作品には署名をしハンコを二つ押すのが一般的です。上に押すのは白文字でこれは正式な姓名を押します。下の方は雅号を朱文字で押します。自書した文字の方が「落款」でハンコの方は「款識」と云うのが正式です。詩文などを書き上げて、最後に雅号を程よい位置に書いてハンコを押すわけで、「雅号を書いて落款を押す」と云う言い方は本来は間違えた言い方です。

現在の書作品の署名ですが「○○書」と署名する場合は、その作品が自分で作った詩句である場合に限られ自作でない場合は「雅号」だけで「書」を書いてはいけないとされています。

本当はどうであれ、自分の作品でもない詩句に「雅号+書」が何にも言われず通用してしまう事が現代の凄いことでもあり、落款と款識についての言葉遣いの間違えている事など、遠い未来にどのように思われるのかはかり知れない事です。

以上のことは野村無象先生の「書を志す人にー落款と季語と印」の冒頭に詳しく書かれています。

いつ書いたかを示すには「時」を記すのですが、今月は平成21年12月6日ですから干支を使って平成己丑暮歳上澣(へいせい・つちのとうし/きちゅう・ぼさい・じょうかん)と書いて平成21年12月上旬をあらわします。

12月31日は平成己丑窮月尽日(へいせい・きちゅう・きゅうげつ・じんじつ)ともなります。

来年は平成22年ですから庚寅(かのえとら/こういん)、1月は元月・初春・新春などと書きます。

1月1日は元旦ですから平成庚寅元旦。

書初めでは平成庚寅 試筆 ○○書 □□

面白いやらわからないやら、効果的に使いこなせれば楽しいのですがどんどん現実離れしてしまいます。

少し勉強すれば、古い先祖の書付がいつごろのものかわかったりして嬉しくなるかも知れません。

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2009年7月 1日 (水)

花押

武将の書状には花押が書かれています。

「花押はもと、己が名、又は字(あざな)の文字を草体に書くことなり。

書き方、全く草体のままに用ゆるにあらず。少しく意を加えて花(あや)を成すべきなり。

ゆえに花押又は花字とも称す」と「雲谷雑記」や「南斉書」に云う。と、かの米庵は書いています。

そこで武将の花押を引っ張り出して眺めるのですがなかなか判然としません。

名字以外の文字を持ってきて飾っていたりするので、印鑑代わりのサイン程度に見てしまいます。

花押は書状に用いるもので、書画の落款としては使用しないものです。

書の勉強がてら名前を草書で書いて花(あや)なして自分の花押を作り、手紙に使うのもお洒落です。

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