秘歌之大事

2019年12月10日 (火)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の11世の中に

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の11世の中に

世能中尓我より外能物奈しと
     おもふハ池農蛙奈りけり
読み
世の中に我より外の者(物)なしと
     思うは池の蛙なりけり
(よのなかにわれよりほかにものなしと
     おもうはいけのかわずなりけり)

 世の中には我より右に出る使い手は居ないと思うのは池の中の蛙の様なものだ。と云うのです。
 此の歌の元は荘子外篇秋水の様です。
 「秋になって水は多くの支流から黄河に集まり、黄河は溢れて両岸から牛馬を見分けられない程になる。黄河の神である河伯は喜んで天下の美は己にありとする。黄河の流れに従って北海に至り東を見ると海は広く水際が見える事も無い、北海の神若に「百ばかりの道理を聞きかじって己に及ぶものなしと言うが其れは己のことだと一人よがりをして居た」と云う。北海若曰く「井蛙は以て海を語るべからざるは、虚に拘はればなり」秋水の書き出しはこんな所です。
 「井の中の蛙大海をしらず」と云う諺もあります。
 古流剣術は形稽古に始まり形稽古に終わるほどで、竹刀での打ち合いはあっても仕合をする訳でもない。其の為か「形だから決められた足踏みで決められた業を形どおりやるもの」と決めつけて来る人が多いものです。
 言われた通り、形を真似てやってみるのですが出来たつもりでいると、形ばかりの真似事で何ら役に立たないのです。それでも自分より後に入って来た者には通じるのですが、先輩には刃が立たない、稽古を重ねどうやら出来たと更に上の先輩と打ち合うと相変わらず役に立ってくれません。「其の内出来るようになるさ」と嘯いて見てもそんなに体力も寿命もありそうにない。それでも何としても其の術を身に着けたくて稽古を重ねていると気が付く事がどんどん出て来るものです。
 すると、はたで見ていた者が「形なんだからかたち通りやれよ」とブーイングです。これなど「井の中の蛙」なんてものではなく「井の中の水桶」みたいに見えてきます。

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2019年12月 9日 (月)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の10せばみにて

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想 新庄藩 元禄14年1701年)
1の10せばみにて

勢者み尓て勝をとる遍幾長刀
      ミし加(?)記刀利はうすき也
読み
狭ばみにて勝をとるべき長刀
      短かき刀利はうすきなり
(せばみにてかちをとるべきながかたな
      みじかきかたなりはうすきなり)

 狭い所での勝負は長い刀がよい、短い刀では利は薄いよ。と云っています。狭い所では刀を左右に振り回す事は出来ないので短い方が良いのでしょうが、長い刀での狭い場所での刀法は、大江居合では奥居合の居業7本目「両詰」か立業の9本目「壁添」でしょう。
 両詰意義:我が両側に障害ありて、刀を普通の如く自由に抜き難き場合にして、刀を前に抜き取り前敵を刺突して勝つの意也(河野百錬著大日本居合道図譜より)
 壁添意義:我が前面に敵を受け、左又は右に壁ありて抜刀自由ならざる場合ひ、刀を上方に抜き取りて敵を仆すの意なり。(河野百錬著大日本居合道図譜より)
 どちらも大江正路先生により古伝を改変した業になっていてこの両詰は古伝では左右に敵に詰めかけられた時の業で「抜くや否や左脇の者を切先にて突き直に右を切る。または、右脇の者に抜手を留めらるべきと思う時は右脇の者を片手打ちに切り直に左を切るべし」。で大江居合の「両詰」は大江先生による壁添の教えに依る独創でしょう。
 古伝の壁添は「壁に限らず惣じて壁に添たる如くの不自由の所にて抜くには猶以て腰を開き捻りて躰の内にて抜突くべし、切らんする故毎度壁に切りあて鴨居に切りあてゝ仕損ずる也、突くに越る事なし。就中身の振廻し不自由の所にては突く事肝要」。で大江居合の壁添は古伝の「人中」でこれは「足を揃へ立って居る身にそえて上へ抜き手をのべて打込む納るも躰の中にて納る」となります。余談ですが、人中では体に沿わせて刀を抜くという事で、現代居合の奥居合立業の「袖摺返」ではひと中での刀法としては疑問です。

 狭い所では刀は横一線の抜き付けでは無なく、刀を前に抜き出し切先が鯉口を出るや刃を返して切先を前に向け諸手で前敵を刺突する、其の際刀の長短が優劣になると云うのでしょう。
 小太刀でも充分右身になって突けば同じだと云うへそ曲がりも居るでしょうが、長い方が有利である事には変わりません。

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2019年12月 8日 (日)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の9後より

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の9後よりだます

後よりだま春尓手こそなかり介連
      聲能抜とや是をい婦らん
読み
後より騙すに手こそなかりけれ
      聲の抜きとや是を云うらん
(うしろよりだますにてこそなかりけれ
      こえのぬきとやこれをいうらん)

「後ろからだまし討ちにするのに手など無いものだ、掛声に依って抜き放ち切る事是を云うのである」と読んでみました。

寛政3年1791年の新庄藩の林崎新夢想流の伝書では「うし路よりた万春に手こそ奈可利介利聲の抜とや古れをいふらむ(うしろよりだますにてこそなかりけりこえのぬきとやこれをいうらん)」
明治44年1911年の新庄藩の林崎新夢想流の伝書でも「うしろよりたま寸に手こそなかり介り聲のぬきとや古れを云うらん(うしろよりだますにてこそなかりけりこえのぬきとやこれをいうらん)」
曾田本その1の居合兵法の和歌「後より伐るをはつるゝ事はなし聲の響を是と云也(うしろよりきるをはづるゝことはなしこえのひびきをこれというなり)」

 霜を聞く程に研ぎ澄まされていれば、後から打ち込んで来る者が掛ける聲があれば、その響き具合で殺気を感じて反応する事は出来そうです。それに対応する業も現代居合にもいくつかあるのでそのつもりになって仮想敵を抜き打つ稽古も出来るでしょう。無言でけはいを消して斬り込まれた時でも反応できるようになることはあり得ると思います。その感性を磨けと云うのでしょう。
 
 ミツヒラブログ2011年11月12日極意の秘歌9首目に此の歌の解説をしてあります。そこに笹森順造著「一刀流極意」にある伊藤一刀斎の夢想剣の霊験を参考に記載させていただいています。

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2019年12月 7日 (土)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の8居合とは

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の8居合とは

居合とは押詰ひしと出春刀
     刀ぬく連はやがて徒可累ゝ
読み
居合とは押し詰めひしと出す刀
     刀抜くればやがてつかるゝ
(いあいとはおしつめひしとだすかたな
     かたなぬくればやがてつかるゝ)

 この歌の解釈は何ともわかりずらい、意味を考えずに読むだけなら簡単ですが、文字を拾ってみても何にも伝わってきません。
 何処かにテキストは無いものかと思いつつ私ならこう解釈したいという気持ちで読んでみました。
「居合と云うのは気を籠めてピタリと抜き出す刀法である、刀を抜いてしまえば居合心に浸されるであろう」

 読まれたままに、「居合と云うのは押し詰めて行って、ピタリと抜き出す刀である、刀を抜いてしまえばやがて疲れる。」
 或は「・・・逆に突かれてしまう。」ではお粗末でしょう。
 此の歌は寛政3年1791年の新庄藩の伝書にも「居合とハ押詰ひ多と出須刀刀ぬ九れハや可て徒可るゝ」
 同様に明治44年1912年の新庄藩の伝書にも「居合とは押詰ひしと出刀可奈抜連はやがてつ可るゝ」
 曾田本その1の居合兵法の和歌には同じ歌は見当たりません「居合とは心を静抜刀ぬ希ればやがて勝を取なり」が近い歌かなと思いますがさて下の句が気になります。
 妻木正麟著詳解田宮流居合の歌の伝は曾田本その2と同じ歌い出しで「居合とは心を志ずめたる刀かたなぬくればやがてつかるゝ」とあります、下の句が新庄藩の歌と同じです。歌心が伝わる様に変化していったのかも知れません。
「つかるゝ」を「突かるゝ」と解釈するのは、私には疑問ですからここは「浸かるゝ」いわゆる「浸(ひた)れる」と読みたいものです。
 2011年の秘歌之大事のこの歌の解釈はひどいものですがあれから8年経っても、似たようなもので泣けてしまいます。それとも少しは進歩したと云えるでしょうか。
 曾田本その1の居合心立合之大事に「先ず我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし敵打出す所にてチラリと気移りて勝事なり」とあります。この「我が身を土壇ときわめ」の心持が居合の大事であり「居合とは押詰ひしと抜く」と通ずると思うのです。 

 

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2019年12月 6日 (金)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の7つよみにて

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流  新庄藩元禄14年1701年)
1の7つよみにて

徒よみ尓て行あ多るをは下手と云
      鞠と柳を上手とそ以婦
読み
強みにて行き当たるをば下手と云う
        鞠と柳を上手とぞ云う
(つよみにてゆきあたるおばへたという
        まりとやなぎをじょうずとぞいう)

 この歌の解釈は、剣術は、力いっぱいに強く打込んだり受けたりするのを下手と云う、蹴鞠が柳に当たっても何の抵抗も無く柔らかく受けいれて何事も無くあるのを上手というのである。と歌っています。
 蹴られた鞠も同様に何事も無く跳ね飛んで元の姿です。此の歌の「強みにて行き当たるおば下手と云う」がポイントです。
 秘歌之大事の2首目に「早くなく遅くはあらじ重くなく軽き事おば悪しきとぞ云う」がありました。今度は打つも受けるも柳に鞠を連想しろと言って居ます。
 妻木正麟著詳解田宮流居合には田宮流居合歌の伝に「つよみにて行きあたるこそ下手なれやまりに柳を上手とぞいふ」

 曾田本その1の古伝神傳流秘書のはじめは「抜刀心持引歌」から始まります。振り返ってみます。
 心水鳥
 帆を掛けて急ぐ小舟に乗らずとも行く水鳥の心知るべし
 水鳥の水に住めども羽は濡れず海の魚とて汐はゆくなし
 白鷺心
 思ふれど色に出にけり我が恋は物や思ふと人のとふまで
 数ならで心と身をば委せねど身に従ふは心なりけり
 居合太刀打共水月之大事
 水や空空や水とも見へわかず通ひて住める秋の夜の月
 おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋のはつ風
 秋来ぬと目にはさやかに見へねども風の音にぞ驚かれぬる
 右の心にて悟るべし我は知らね共敵の勝を知らする也 其處水月白鷺共習いあるべし又工夫すべし。

 敵に従って勝つべき心持
 風吹けば柳の糸のかたよりになびくに付て廻る春かな
 強みにて行き当たるをば下手と知れまりに柳を上手とぞいふ 
 
 新庄藩の秘歌之大事の7首目の歌は「敵に従って勝つべき心持」が出来ているかが大切であると教えています。さらに続きます。

 敵と出合ふ時かならず討勝と思ふべからず、況や恐るゝことなし、間に豪末を加えず雷電石火の如くちらりと我が心にうつる時無二無三に打込事居合之極意也。然れ共只打込むではなし、是に柄口六寸の習いなり、此の習を以て敵の場へ踏込み打也。偏に大海を渡るに陸にて行けば命を失ふ故に舟に乗りて行也。居合柄口六寸之大事偏に彼の舟の心持としるべし、然れども舟にてかならず渡海すと思ふべからず。歌に
 乗り得ても心ゆるすな海士小舟浪間の風の吹かぬひぞなき
 右浪間の風能く合点しては舟ものらず 古歌に
 有となしと堺を渡る海士小舟釘も楔も抜け果てにけり
 此の心にてよく工夫有べし 口伝

 単刀直入に敵の思いに従って、ちらり心にうつる時、柄口六寸に無二無三に打込むのが居合の極意と云うのでしょう。柄口六寸の極意は敵の拳への抜き付けとされますが、すでに失伝し現代居合ではその心持ちすら失念しています。海士小舟の心持ちをどの様に解けるか、譬え解き得てもそれは己の心の中に持つ以外に無さそうです。免許皆伝を授与されたそののちに課せられた命題ですが「口伝」としてあっても消えてしまっています。
 
 

  

 

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2019年12月 5日 (木)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の6鍔はたゞ

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の6鍔はたゞ

鍔ハ多々拳能楯と聲物を
      婦とくも不とく奈幾ハ非がこと 
読み
鍔は只拳の楯と聞くものを
      太くも太く無きはひがごと
(つばはただこぶしのたてときくものを
      ふとくもふとくなきはひがごと)
*
 此の歌の解釈は「鍔はただ単に、拳を守る楯と聞いているが、それならば大きいほど相応しいが、無いとなれば不都合だ」と歌っていると読めるのです。
 妻木正麟著詳解田宮流居合歌の伝には「つばはただ、こぶしの楯とするものを ふとくはふとくなきはひがごと」の次に「ふっと出る刀をおもいさとるべし、夢想の刀鍔は構はし」と並んでいます。鍔は無いと不都合でも意識の中にあるものではないと言って居るのでしょうか。

 新庄藩の林崎新夢想流には明治以降まで伝承していた歌で、曾田本その1にも居合兵法の和歌として田宮平兵衛業政之歌として伝わっています。
 現代居合でも古伝神傳流秘書の居合でも、居合として鍔の大小を云々する教えは見当たりません。秘歌之大事の新庄藩の林崎新夢想流は居合だけでは無かったとすれば鍔の有無は勿論その大きさも意味をなしていたかもしれませんが良く理解できません。
 この流の極意は「柄口六寸」です、現代居合では失伝している敵の拳に抜き付けるのであれば、敵の拳の楯となる鍔は邪魔なものです。しかし鍔の無い刀は短刀位ですから、鍔を気にして拳に斬り付けられない様では困ります「夢想の刀鍔は構わし」鍔などに捉われずに打込めというものです。
 無双直伝英信流居合道型の稽古で鍔付き木刀を使用する様指導されました。ところが別の古流剣術では鍔無しの木刀を使用します。真向打ち合ったりして木刀が滑り落ちてきて拳を痛めるから鍔で請けろと云うのですが、古流剣術では真向打ち合って間が少しでも近いとなると鍔が拳に当たってかえって拳を傷つけます。当然どちらも未熟だからのことです。
 居合抜きで、大刀に装着する鍔で右拳を鍔より指の太さ位離しても、抜き付けの際拳を傷つける事もあります、やや小ぶりの鍔で縁金に指が振れない様に握る必要もあります。
 また、刀を抜く際の鯉口を切る時に容易であるとか、鍔のお陰で刀身に柄手が滑り込まないとか、刀身と柄、或いは鞘との仕切りであったり、刀のバランスなどは鍔で調整できますからそれはそれなりの有効性は十分あると思いますが、絶対こうあるべきには至れません。

 この歌の本来の意味はこの程度のものでは無かったかもしれません。鍔を有効に使った業が土佐の居合の以前にあったかも知れません。思い付きではない文献等で実証できるものに出合えていません。
 

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2019年12月 4日 (水)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の5寒事(夜)にて

道歌
1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の5寒事(夜)にて

寒夜にて霜を聞く辺幾心こそ
      敵のあふて能勝をとる遍き
読み
寒夜にて霜を聞くべき心こそ
      敵にあうての勝を取るらん
(かんやにてしもをきくべきこころこそ
      てきにあうてのかちをとるべし)

天童郷土研究会長伊藤文治氏の 解読は「寒事にて霜を聞くべき心こそ敵にあ婦手の勝はとるべき」ですが「寒事」は「寒夜」草書体でしょう。

 此の歌の意味は、寒い夜に水蒸気が氷滴となって結ぶ音を聞き分ける様な、そんな心持ちであれば敵に逢っても勝を取る事が出来るであろう。
 霜が結ぶ音のように聞こえない様な敵の心の動きを事前に察する事が出来ればどんな敵に逢っても勝てる、と云っています。
 
 妻木正麟著詳解田宮流居合には「寒き夜に、霜を聞くべき心こそ 敵に逢いても勝は取るべし」
 林崎新夢想流 新庄藩寛政3年1791年「寒き夜尓霜能聞く辺起心こそ敵尓逢て能勝をとる遍し」
 林崎新夢想流 新庄藩明治44年1912「寒夜尓て霜を聞べき心には敵に逢うての勝をとるらん」
 曾田本その1 居合兵法の和歌「寒夜尓て霜を聞べき心こそ敵に阿ふても勝を取るなり」
 どの時代も多少違っても同じ様なものでしょう。

 無双直伝英信流の河野百錬宗家の昭和8年1933年発行の「無雙直傳英信流居合術全」の正座の部一本目前の業手附を読んでみますと「正面に正座し十分気の充ちたる時、左手を鯉口に取り拇指にて鯉口を切り右手の全指を延ばしたる儘柄に掛けて握り、柄を少し中央に寄せる様にし腰を左にひねりて刀を抜きつゝ両足先を爪立て、膝を延び切るや右足を前に踏み出すと同時に刀を抜き払ひ、(胸の通り横一文字に)更に雙手上段に振り冠りて真向に割付け、・・」とどこの手附でも見られる、演武の為の技術一辺倒のものでした。
 それが昭和13年1938年の「無雙直伝英信流居合道」では「意義 吾が前面に對坐せる敵の害意を認むるや機先を制し直ちに其の首に(又は顔面或は敵の抜刀せんとする腕、以下は同じ)に斬り付け・・」と此の業を繰り出すに当たっての状況を「害意を認むるや」と「霜を聞くべき心」を意図する様な前書きが付加されています。

 昭和9年1934年に太田龍峰著中山博道校閲「居合読本」の大森流初発刀にも意義があります「互に4尺位離れて對坐せる時、急に敵の眼の附近を横薙に切り付け、相抜きの場合は敵の抜付けし拳に切り込む、倒るゝ所を直ちに上段より斬る業である」。此の意義は業手附のおおまかなもので、次に動作が展開します。

 心持については宮本武蔵が兵法三十五箇条に「心の持様は、めらず、からず、たくまず、おそれず、直に広くして、意のこゝろかろく、心のこゝろおもく、心を水にして、折りにふれ、事に応ずる心也。水にへきたんの色あり。一滴もあり、蒼海も在り、能々吟味在るべし」と述べています。五輪書の水之巻兵法心持之事に同様の心が述べられています。

  曾田本その1では土佐の居合の心持肝要之大事では「居合心立合之大事 敵と立合兎やせん角やせんとたくむ事甚嫌う、況や敵を見こなし彼が角打出すべし其所を如此して勝ん抔とたくむ事甚だ悪しゝ、先ず我身を敵の土壇ときわめ何心なく出べし、敵打出す所にてちらりと気移りして勝事也、常の稽古にも思いあんじたくむ事を嫌う能々此念を去り修行する事肝要中の肝要也」

 自分自身の心の持ち様から敵の心が自然に読み取れるもので、常の心であれ、それが「霜を聞く」ことと読んでみました。
 

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2019年12月 3日 (火)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の4本の我

道歌
1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)元禄14年1701年
1の4本の我
本能我尓勝可居合之大事也
     人に逆婦ハ非か多奈り介里
読み
本の我に勝つが居合の大事なり
     人に逆うは非がたなりけり
(もとのわれにかつがいあいのだいじなり
     ひとにさかうはひがたなりけり)

 妻木正麟著「詳解「田宮流居合」では「居合とは心に勝つが居合なり人にさかふは非法なりけり」もう一つ「本の我に勝つがためぞといいならひ無事いふは身のあとなる」
 林崎新夢想流 新庄藩 寛政3年1791年「本乃我尓勝可居合能大事な里人尓逆不盤ひ可多成介利(もとのわれにかつがいあいのだいじなりひとにさかうはひかたなりけり)」
 林崎新夢想流 新庄藩 明治44年1911年「毛登能我尓勝可居合の大事成人尓逆ふ者ひ可多成介り(もとのわれにかつがいあいのだいじなりひとにさかうはひがたなりけり)」
 曾田本その1居合兵法の和歌「もとの我勝が居合の習奈りなき事云はゝ身の阿だと成る (もとのわれかつがいあいのならいなりなきごといはばみのあだとなる)」

 此の歌の意味は、読んだ通りと云いたい処です、「我が思いに打ち勝つ事が居合の大事と云える、人に逆らって争うなどはあってはならない」
 単純に他人の業技法に否やを言って嫌な思いをさせたり、させられたり、或いは俺が一番と思っている兄弟子などの指導に非を述べて不興を買ったりいろいろあるでしょう。ひどいのは俺の師匠が一番で他は全部だめという程の可笑しな者も居たりします。武術道場はあらゆるレベルの人の集団ですから、いろんな価値観の人がいて良い参考になります。
 中でも自己顕示欲が強く何でもしゃしゃり出て勝手な振る舞いをする輩は、大抵業技法に長けていても組織の中での人間性に欠ける者でしょう。
 然し此処では前回の神妙剣を思い出すべきでしょう。礼を盡して相手の意見を聞き、我が意見も述べてより良い道を導き出す「以和為貴」をなさなければ居合を修業したとは言えないでしょう。

 武術的観点からこの歌の心を読み込んで見れば、敵の斬り込んでくる太刀を撥ね返そうと請け太刀になり、双方力任せの押し合いに成ったりします。
 或は敵の打込みをはねのけんとして、却って外されてしまうなど慢心のなせる動作でしょう。敵に我から斬り込んで勝負を付けたいのは少し出来るようになると皆やる事です、それを敢えて敵の打込みを待って敵の打込みを外すと同時に斬り込んで勝つ。
 土佐の居合無双直伝英信流の居合にも幾つもこの様な業は残されています、例えば大森流の受流や附込などは顕著です。ぐっと力量が上がって来れば月影や稲妻などがこの歌にあう居合らしい居合です。更に上がれば一方的に抜付るのではない前や横雲を思い描きます。
 此の歌は、難題を投げかけて来ています、もっと奥深い人と人の関係における自我意識ばかり優先させず、人を立てて生かす事を教える歌心とも言えます。
  

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2019年12月 2日 (月)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の3居合とは

道歌
1、秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)元禄14年1701年
1の3居合とは

居合とは人尓幾ら連須人幾ら春
     多々う希とめて堂居羅可尓かつ

読み
 居合とは人に切られず人切らず
     ただ受けとめて平らかに勝
(いあいとはひとにきられずひときらず
     ただうけとめてたいらかにかつ)

 此の歌は林崎流居合として秋田藩に天明8年1788年鈴木五右衛重喬から曲木惣内に伝承されています。伝書には林崎甚助重信の次に長野無楽槿露となっており田宮平兵衛照常が抜けています。秘歌之巻7首、千金英傳33首の29番目に記載されています。
 「居合登ハ人尓切られ春人切ら春但うけとめて平勝尓せよ」(居合とは人に切られず人切らず但受け留めて平勝にせよ・・いあいとはひとにきられずひときらずただうけとめてへいしょうにせよ)

 新庄藩には明治以降まで秘歌之大事として伝承されています。田宮流居合歌之伝には見当たりません。
 曾田本その1では、田宮平兵衛業政之歌として居合兵法の和歌の3首目「居合とは人に切られず人切らず唯請とめて平にかつ」とされています。

 居合と云うのは、人に切られる事も無く、自ら人を切るものでも無い、唯相手の思いを受け止めてお互いに理解し合う事が居合の勝となるものだ。と歌っています。
 武術は人間のコミュニケーションの最終手段と決めつけた人も居ます。過去の戦争の発端がこの教えに則っているならば武力によって競い合う事も無く、多くの「人」を死に追いやる事も無かったでしょう。
 曾田本その1の最終章に「神妙剣」として残されています事は「深き習に至ては実は事(業)無し、常に住座臥に有之事にしてニ六時中忘れて不叶事なり、彼れ怒の色見ゆるときは直に是を知って怒を抑へしむるの▢(叡智?)知あり、唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也。
 是戦に致らしめずして勝を得る也。
 去りながら我臆して誤(謝の誤字)りて居る事とは心得る時は大に相違する也。兎角して彼れに負けざるの道也。止める事を得ざる時は彼を殺さぬ内は我れも不死の道也、亦我が誤(謝の誤字)りも曲げて勝には非ず誤(謝の誤字)るべき筋なれば直に誤(謝の誤字)るも勝也。
 彼が気を先に知ってすぐに応ずるの道を神妙剣と名付けたる也。委しくは書面にあらわし尽くし難し、心おぼえの為に其の端を記し置く也」とあります。

 (厩戸皇子)聖徳太子の「以和為貴」を素直に捉えたいものです。

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2019年12月 1日 (日)

道歌1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩)1の2早くなく

道歌
1秘歌之大事(林崎新夢想流 新庄藩 元禄14年1701年)
1の2早くなく

早くなく於僧くハあらし重く奈く
     かる幾事をあし幾とそ云

読み
早くなく遅くはあらじ重くなく
     軽き事を悪しきとぞ云う
(はやくなくおそくはあらじおもくなく
     かるきことをあしきとぞいう)

 この歌も明治以降の新庄藩の林崎新夢想流に伝わっています、「早くなく遅くはあらじ重くなく軽きは悪しき拍子とぞ云う」。
 また妻木正麟著詳解田宮流居合にも「早くなくおそくはあらしかるくなしおそきことをぞあしきとぞいふ」。
 曽田本その1の居合兵法の和歌には「早くなく重くあらじな軽くなく遅き事おや悪しきとぞ云」、此れを田宮平兵衛業政之歌として文政4年1821年山川幸雅先生伝として坪内清助に坪内長順より伝えています。

 仮名で書かれた和歌は、もう特殊なものになってしまい原書のまま見せられても読めないものになってしまいました。読みを入れておいても意味が通じないと云う、情けない時代でもあるのです。更に読んでも単語の意味は解っても何を言って居るのか解らないのがこの歌かも知れまん。

 何せ、「早くてもダメ、遅くては役に立たないよ、じゃ重ければどうだそれもダメ、軽ければもう全然悪い」と此の歌に言われてしまいます。
 この歌の意味を、刀の振り方の「早い、遅い、重い、軽い」位のことで論じる程度の意味合いでの歌であれば、剣術が対敵に応じる武術である事を忘れた一人遣いの棒振り踊になってしまいます。腕力を鍛え重く長い刀を打ち振って得々とするようなものです。軽くて短い刀をひょいひょいと振って見ても相手に何も感じさせません。刀や体力などで議論しているうちは、この歌から「ダメ」って言われてしまいそうです。
 居合でよく耳にするのに「重い刀を軽く振れ、軽い刀を重く振れ」とか訳知り顔に聞いたものです。是も独り芝居の殺陣まがいの演舞に過ぎないと思います。
 居合は仮想敵相手の一人演武なので「気の抜けた居合」とか「居合は業に丸味が無ければ真の居合では無い」など、とやかく言われます。
 河野百錬著「無双直伝英信流嘆異録」では「居合に限らず如何なる業も其の極致はすべて丸みが無ければならぬ事は勿論だが、居合の成り立ちが敵に対する刀法である限り、敵の心魂に貫通する(その刀に触るるすべての者に)無限の迫力のある事が第一条件で、しかもその業に丸味があり、侵すべからざる気の位ひを備へた生き活きと躍動するもので無ければ真の居合とは申しがたい。見る人をして「気の抜けた居合」と感じさせる様な居合は、元来平素修錬の乏しい人の居合にしばしば見受ける処で、初心の間は角張った、堅いゴツゴツした居合が幾千万と練磨の功を積んだ後、所謂る丸味を会得する事が道である、初心から丸味などの言葉に迷はされて日々の修練を怠る者は、所詮は終生気の抜けた居合に終わらねばならぬ」と言われています。
 是も此の歌の本意とは言えそうもありません。
 対敵意識はあったとしても相手の拍子に応じる事が語られていない様で間抜けであったり拍子抜けであったりしても良しとされそうです。

 もう一つ河野百錬著「居合道真諦」に「居合の本義は抜討の一瞬にあり。而してその修養の眼目は正・速・強・威なり」として居合の本義と眼目が語られています。
 正 とは流儀の掟に於いて体の構へ。運剣の仕方。を始め其の流儀の形を正しく身につける事。
 速 とは形の正の上に業の理合いを弁へて練磨を重ね、運剣の速度を早くする事。
 強 とは正と運剣の速の上に斬撃の効果を十分ならしめるため、当りの強みを錬磨する事。
 威 とは正速強を身に得て百錬の暁き、流儀の体を自得し、遅速、緩急、強弱を悟り、残心を会得し、而して格調高き無限の品位と風格のある境地に到達する事。
 だいぶん歌心に近づいた様ですが、形に捉われすぎて居付いてしまいそうですし、不必要な刀の速度であったり、強みを見せようとして力任せの運剣であったり、それを良しとする傾向に陥りやすく、業の理合を弁えない唯の棒振りに陥り、残心ばかり決まっているジジイの居合でしょう。
 相手の意図する事に自然に応じていく拍子を身に着けることが望まれているとミツヒラはこの歌を解します。
 同時に相手を思う処に付け込ませる活人剣の教えが見え隠れしていると思います。
 宮本武蔵の五輪書地之巻には「まづあふ拍子をしって、ちがふ拍子をわきまへ、大小・遅速の拍子の中にも、あたる拍子をしり、間の拍子をしり、背く拍子をしる事、兵法の専也。兵法の戦いに、其敵其敵の拍子をしり、敵のおもひよらざる拍子をもって、空の拍子を知恵の拍子より発して勝つ所也」と拍子について述べています。
 仮想敵を描くにも人それぞれに相当の武的力量の差が有るもので、強い早いばかりの竹刀剣道では理解できず、年と共に衰えて若者に負ける始末を嘆くことになりそうです。何も攻撃を仕掛けて来ていない仮想敵に「敵の害意を察して」という察する事も無く抜き付ける居合や、形も「順番」や「足運び」など「かたち」ばかりを良しとしていても、武術の術には至れないものです。

 中川申一著「無外流居合兵道解説」の百足伝に
 「兵法の先は早きと心得て勝をあせって危うかりけり」
 「兵法は強きを能きと思いなば終には負けと成ると知るべし」
 「兵法の強き内には強みなし強からずして負けぬものなり」

 此の歌も、前回の「千ハ品木草薬とききしかどどの病にとしらで詮なし」も冒頭から修行練磨の厳しさを免許皆伝に託して歌われていると思い知らされるばかりです。
 
 

 

 
 
 
 

 

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