曽田本スクラップ居合

2012年6月28日 (木)

無双直伝英信流居合術(其の14)2

無双直伝英信流居合術(其14)2

大阪居合八重垣会

剣道錬士 河野 稔

*前日に続く

16、納刀のとき刀先を鯉口につける場合、右手拳をクルット揺らぬ様注意の事、而して最終(其動作の最終)にも殊更に形の上にクギリをつけぬ事。

17、奥居合の納刀の場合、初め刀先を納めたる時、右手拳が鯉口の位置より高き時は一旦右拳をジワット下げて後スット納める事。

18、総ての業を大きくゆっくりと行う事肝要なり(但し鍛錬を重ね間をつめる事)

19、早抜きの納刀は鎺元迄一気に納める事。

20、着眼は動作中は仮想敵になす事。

21、総ての業に於いて直向(*真向)打下しの手元は高すぎて左手首の伸切らぬ様注意をする事。

22、立膝、居業の納刀の際に於て前足の引き付けは十分腰に気力を注ぎ前足に(? 曽田メモ)体重をかける気味合にて退きつける事。

23、抜打、真向、脇元(* ?)の場合は刀を抜き取り頭上に振冠り、上体を起すと同時に爪先に力を入れ踵を十分に後方に退き(膝を後方に退く)て真向打下しの場合上体を前方に乗り出すに備ゆる事。

24、用語、抜きつけ(斬り付け)、打ち下ろし(斬り下し)。血振ふ(*ふは不要?)るい。

25、総て抜きつけの場合は上体は少しも前に俯向けぬ事。

26、抜きつけの時、前に踏出す足と、跪きたる膝頭とは、あまり広く間隔を置かぬ事、即ち前に踏み出したる脚の内方角度は約九十度を越えざるを度とし、後脚の膝頭は上体の直線より幾分後方にあるべき事(前足先と後足膝頭との中間に体の重心を置く)

*この体の重心を後足にと云う教えをされる先生も居られますが古伝は飽く迄両足の中間と云っています。

27、介錯の構えたる刀刃は真上より幾分後方に斜に向く事。

*ここまでが岩田憲一先生の「土佐の英信流旦慕芥考」に記載されたものです

28、正座納刀の場合後方に退く足は十分腰に気力を注ぎて角張らずスーット退く事、而して膝を床に付ける迄は体を上下に少しも揺り動かす事なく極めて静かなるを要す。

29、附込の斬り込みは十分大きく振り冠りて打下す事(但し二度目の斬込みにて仕留むる形なるを以て一回目は幾分浅く二回目は深く斬り込む事。

30、附込みの納刀血振ふりの場合は腰を十分前に込れる事。(*入れる事?)

31、立膝(早抜きも同じ)各業の終った時の体の位置は最初座したる位置とあまり変わらぬ様注意する事。 

以上

* なんとなく、明治の動作を彷彿とさせます。此の注意書きはその後の河野先生の初心者心得三十三則に繋がっていくようです。

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2012年6月27日 (水)

無双直伝英信流居合術(其の14)1

無双直伝英信流居合術(其の14)1

大阪居合術八重垣会 

剣道錬士 河野 稔

左記の大日本武徳会大阪支部に於ける講習会に際し、私の悪癖に対してご注意賜りたるを(恩師最後の講習会たる昭和9年第六回講習迄の各年度の分)私自身の参考として夫に記き留め置きしものに付きご了承を乞う。

*「居合の疑義についての解説」は既に此のブログの2012年6月9日、10日で「故穂岐山先生より数回に亘りて筆者に賜はりし御書簡の写し」として十項目を載せました。之は「無双直伝英信流居合術全」に書き込まれています。
それは河野先生が土佐の穂岐山先生にお伺いをし解答をいただいたものでした。

今日のものは、河野先生が穂岐山先生にご注意をされた事項を生に書き留めておいた事々です。此の項目は私の記憶では河野先生の著書には見られないもののように思います居合初心者心得」と内容を書き換えて発表していると思います。

岩田憲一先生の「土佐の英信流 旦慕芥考」P137に「穂岐山波雄先生より悪癖矯正事項」と題し27項目が掲載されています。このスクラップでは31項目ありますので、岩田先生は28項目から31項目を外されています。

1、納刀の時鯉口に刀尖の納まった時右拳高きに失す、此場合右拳は鯉口の位置より低き事を要す。

2、附込、浪岩(*岩浪のミス)介錯の場合始め刀を抜き出す右拳は鯉口と同じ高さより下がらぬ事、更に此の場合上体が前に屈まぬ様注意する事。

3、立膝の納刀を終りたる時の体勢は正面向の事。

4、颪の柄当ては十分に左腕を延ばす事。

5、浮雲の打下しは左膝の外方になし左脚に並行なる事

6、鱗返し、浪返しは、両足先は殆ど其のままの位置にて抜きかけつつ廻り、刀先を抜きはなちて一文字に斬り付けると同時に左足を後方に退くこと。

7、総て抜き付けの際は鯉口と刀先の縁の切れざる様注意最も肝要なり。

8、横一文字に抜きつけたる位置より刀を双手上段に振冠る場合、右手拳は左肩前にとることなく抜きつけたる右拳の位置より直に頭上にとること即ち先ず左肩前にとり然る後頭上にとるは不可、此場合刀尖は肩高きより左に廻すこと。

9、霞の甲手を返して前進する場合は腰を少しも屈めず十分腹を出す事。

10、総ての右一文字抜きつけ並びに正座血振い(前に足を踏み揃えたる時)の場合上体は少しも前に屈めぬ事。

11、四方切りの場合左右に刀を返して双手上段になるとき刀は十分大きくなし敵刀を受け摺り上げる気持なること。

12、棚下の場合、顔面は正面に向けたるまゝ上体を低く十分に前に深く入込みて抜く事。

13、介錯、附込、岩浪の場合刀を前に抜き出す時は顔は付かず正面に向けること。

*岩浪の場合は右正面を向くのでしょう。

14、両詰は十分に大きく深く刀を前方に突き込む事。

15、虎走の前方に進みての納刀及び惣留の追進む時の納刀は鎺迄一気に入れる事。

以下次号

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2012年6月26日 (火)

無双直伝英信流之形に就いて其の13

無双直伝英信流之形に就いて(其十三)

大阪居合術八重垣会

剣道錬士 河野稔

当流には左に掲ぐる形七種(六十六本)を伝承され居るも其詳細説明は後日の機会に之を述べん。

*河野先生も詳細説明されないまま終った形もいくつも掲げられています。多分解説できるだけの資料は河野先生の手に入っていたでしょう。しかし演じて指導できるだけの先生が居られたかは疑問です。此の頃形とか位とか呼び名は区々だったようです。帝国剣道形に影響されているのでしょう。

1)太刀打の位

1、出合、2、拳取(附込)2、請流 4、絶妙剣(請込) 5、鍔留(月影) 6、水月刀
7、絶妙剣(当身を行う) 8、独妙剣 9、心明剣 10、打込

2)詰合の位

1、八相(口伝に発早とあり) 2、拳取 3、岩波 4、八重垣 5、鱗形 6、位弛 
7、燕返 8、眼関落 9、水月刀 10、霞剣 11、打込(留の打也)

3)大小詰

1、抱詰 2、骨防 3、柄留 4、小手留 5、胸捕 6、右伏 7、左伏 8、山形詰

4)大小立詰

1、タ捕(〆捕 曽田メモ) 2、袖摺返 3、鍔打返 4、骨防返 5、蜻蜓返 6、乱曲

5)外の物の大事(奥居合の事)

1、行違 2、連達 3、惣(遂 曽田メモ)懸切 4、惣捲 5、雷電 6、霞

6)上意の大事

1、虎走 2、両詰 3、三角 4、四角 5、門入 6、戸詰 7、戸脇 8、壁添 
9、棚下 10、鐺返 11、行違 12、牛の内(手の内 曽田メモ)13、輪の内 
14、十文字

7)極意の大事

1、暇乞 2、獅子洞入 3、地獄捜 4、野中の幕 5、逢意時雨 6、火村風 
7、鉄石 8、遠方近所 9、外の剣 10、釣瓶返し 11、智羅離風車 以上

*曽田スクラップに昨日までのものと違ったスクラップが貼り付けられていました。しょっぱなにあった無双直伝英信流居合術の続きの一節です。昭和8年の河野先生の「無双直伝英信流居合術全」ではこれらの形についての記述はありませんでした。昭和13年の「無双直伝英信流居合道」で「4)大小立詰」までの動作を記述されています。河野先生の記述にも出典が明らかではないのですが曽田先生との交流があったようですから参考にされたかも知れません。曽田本の谷村樵夫自庸先生相伝免許皆伝目録の中の無双直伝英信流居合目録の一部と一致します。この目録は明治34年に曽田先生の実兄小藤亀江に授与されたもので昭和20年7月4日の高知爆撃によって焼失しています。

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2012年6月12日 (火)

無双直伝英信流居合術(其の11)英信流居合形2

無双直伝英信流居合術(其11)

英信流居合形 大江正治先生述(*正治は正路の誤りでしょうが此の治のまま無双直伝英信流居合術全に引き継がれています)

4、独妙剣

打太刀は其のまゝにて八相となり、仕太刀は青眼にて五歩退りて八相となる、仕太刀は左足より三歩出で右足を踏み出し、打太刀は左足を引きて三本目の如く打合せ左右と二度打合せ、三度目に左足より右足と、追足にて一歩づゝ退き刀を青眼とす。
打太刀は右足より追足にて仕太刀の刀を摺込みて突きを施し上体を前に屈む、仕太刀は突き来ると同時に左足を左斜に変じ上段に取り、右足を踏み替えて打太刀の首を斬る、互に青眼となりて打太刀は三歩出で、仕太刀は三歩退き互に構ゆ。

5、鍔留

互に青眼のまゝ小さく五歩を左足より退き、打太刀は中段となり仕太刀は其まゝ下段となる、互に右足より三歩出合い乍ら双方上段となり、間合に至りて相打ちとなりて刀を合わす、仕太刀、打太刀、鍔元を押し合い双方右足を後へ退き左半身となり、刀は脇構えとして刀尖を低くす、打太刀は直ちに上段より右足を踏み込み仕太刀の肩口より切り下す、仕太刀は左足を十分退き体を後方に引きて刀をかわし上段となり、空を打たせ上段より頭を斬る、打太刀は二歩出で、仕太刀は二歩退き、青眼となり互に小さく五歩退き血振り刀を納む。(打太刀は仕太刀を打つ時は中腰となり上体を前に流す)

6、請流

を腰に差したるまゝ静かに出で、打太刀は刀を抜きつゝ左足右足を踏み出し上段より正面を斬り体を前に流す仕太刀は左足を右足の側面に出し刀を右頭上に上げ受け流し、左足を踏み替え右足を左足に揃えて体を左に向け打太刀の首を斬る、仕太刀は左足より左斜に踏み、打太刀は左足より後へ踏み退きて青眼になり次に移る。

7、真方

打太刀は其儘にて左足を出して八相となり、仕太刀は青眼の儘左足より小さく五歩退き上段となり、右足より交叉的に五歩十分に踏み込みて打太刀の真面を物打にて斬り込む、打太刀は其儘の体勢にありて仕太刀の斬り込むと同時に左足より右足と追足にて退き其刀を受け留める。
互に青眼となり打太刀は、一歩出で仕太刀は一歩退く、青眼の儘残心を示し互に五歩退き元の位置に戻り血振りし刀を納む。

終礼

納刀後互に右足より出で、約四尺の距離を取りて左足を右足に揃え直立し、同体にて正座し右手にて腰の刀を抜き前に置き板の間に両手をつきて礼を行い、更に刀を右手に持ち竪立とし左手に持ち換え右手は右膝の上に乗せ其儘右足より立ち左足を右足に揃え互に三歩退き直立となり黙礼を行い、更に対向の儘三歩づゝ退り神殿に向い礼を行い左右に別る。

(以下次号)

* 以下次号は(其13)に飛んでいますのでありません。間に別のスクラップが入りますので、この無双直伝英信流居合術の関係は八重垣会の会報か何かから切り抜いたのでしょう。

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2012年6月11日 (月)

無双直伝英信流居合術(其の11)英信流居合形1

無双直伝英信流居合術(其十一)
大阪居合術八重垣界、剣道錬士 河野 稔

英信流居合形 大江正治先生述
(*正路のはずですが何故か正治となっています、之はその後の無双直伝英信流居合術全に於いても「大江正治」ですから河野先生の勘違いでしょうか)

1.作法

居合の時の同要領にて、神殿に向い立礼をなし、後互に十尺位の処に対向し(此時刀は左手に)拇指にて鍔を支え其の握りを腰部に着け45度位ひの傾斜に刀を提げ、右手は横腹に着け不動の姿勢となり、更に約五尺程の距離に進みて向い合い静かに正座す。

刀を右手に持ち替え前に五寸程離して置き互に両手を板の間に着けて礼を行う。

次に一応両手を膝の上に置き、右手にて刀を持ち腰に差し、再び両手を膝の上に置き、更に左手にて鞘を握り拇指を鍔に添え右手を膝の上に置きたるまゝ右足を前に出し其足を左足に退き揃えて直立す。

直立したる姿勢にて後に退く事左足より五歩とす。

止まる時は、右足を前に左足をやゝ五寸程退きて踏む、此の構にて互に進み出でて第一本目を行う。

2.発声

発声は相互の打合せ、或は受け又は打込みたる時、其業毎にイー、エー、と声を掛け合うなり。

3.業書
大江先生の独創なり、古伝の業にあらず 曽田メモ

1、 出合

打太刀は柄に手を掛る。仕太刀も打太刀の如く柄に手を掛けて双方体を前方に少しく屈め、虎走りにて五尺の距離に出で、右足を出したる時膝の処にて刃を合わす、仕太刀は直ちに右足にて一歩摺り込み上段より真面に打込む、打太刀は左足より右足と追足にて退き刀を左斜にして受ける、仕太刀は二歩退く打太刀は二歩出中段の構となり残心を示す。是より互に後に五歩づゝ下がり、元の位置に復し血振り刀を納む。

2、 拳取

一本目と同じく虎走りに出で、膝にて抜き合せ仕太刀は左足を打太刀の右足の側面に踏み込み、左手にて打太刀の右手頚を逆に持ち下に引き下げる、打太刀は其のまま上体をやや前に出し仕太刀は其れと同時に右手の拳を腰部に当て刀尖を胸につけ残心を示す、仕太刀は一歩退き打太刀は一歩出でて青眼構となる(仕太刀は五歩青眼にて退く、打太刀は其まゝにて位置を占む) 

3、絶妙剣

打太刀は其まゝにて左足を出して体を斜向きに八相となり、仕太刀は青眼より左足を出して八相となる、仕太刀は八相のまま右より五歩交互に進み出で、同体にて右足を踏み出して右面を斬る、打太刀は八相より左足を退きて仕太刀の太刀と合わす、仕太刀は左足を出し打太刀は右足を退きて前の如く、打合わせ、打太刀は左足を退きて上段構となりて斬撃の意を示す、是と同時に仕太刀は右足を出して体を右半身とし中腰となりて左甲手を斬る、静かに青眼となりつゝ打太刀は三歩出で仕太刀は三歩退る。

以下次号

* このスクラップに以下次号とありますのでそれに従っておきます。この英信流居合形は七本で構成され古伝の太刀打之位十一本とは幾つか異なるので、曽田先生は大江先生の独創とメモされたのでしょう。

古伝を残すのか、土佐の居合を消滅させないで残していくのか何故大江先生はこのようにされたか今では知る由も無いと思われます。

前にも不思議な事として書いた記憶がありますが、下村派を自認される流派にこの大江先生の英信流居合形(無双直伝英信流居合道形)を演じる方が見られます。その伝系を知りたい思いに駆られています。曽田先生の仰るように大江先生の独創で古伝ではないから太刀打之位を何故伝えなかったのか疑問です。

この英信流居合形を近年「太刀打之位」と称していますが時の流れは曽田先生の思いを消し去っていきます。

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2012年6月10日 (日)

居合の疑義についての解説2

居合の疑義についての解説2

故穂岐山先生より数回に亘りて筆者に賜りし御書簡の写

6.抜付に於ける前方に踏出す足に就て

答、前に踏み出したる時の足の内六角度(膝の内側)(*六は方の誤植)は、九十度よりは少しく小さく上体を前に倒すにあらずして、下腹に力を入れて前に押出す気味にて、少しく前に掛る方宜しく候。後方の脚は上体の延線よりずっと後方に開き、上体の重心は凡そ前足先と後足膝頭の中間に落ちる位いを適当と考えられ候。尚又此場合体を前がゝるは不可にして、只下腹を前に押出して上体は垂直のまゝ少しく前懸りとなるを可と致し候。

* 此の足と重心の位置はいかがでしょう。
よく踏み出した足に重心が掛らないようにするため、足を上下させてそれとしている方もあるようです。
後ろ足に重心を残せば容易なことですが、前に攻め入る心持があれば重心は前足先と後膝頭の中間にあるでしょう。
「腹を押出して上体を垂直に少し前懸かり」は腹で抜く心持が解かるまで無理な事です。

7.立膝の血振いにつきて

答、右脇の血振は、真向に打下したる線に並行より少しく剣尖が外方に向く位とし、水平線より少し剣尖を下ぐる方宜しく候。

8.八重垣の動作につきて

答、右足にて水平に抜きつけ「左足を前に踏み出し膝を床に落ち付く」(此場合の動作は一動にて行い、此動作中に刀を諸手上段に振冠る)、故に、すでに打ち下す時は右膝は床につき居りて納め刀は全体勢のまゝにてなし、次に左足を右足の後に大きく踏み開き(此時左足の動作始まると同時に右膝は床よりうかす)半身となりて脛囲に移る様致し候。

* 全態勢のまゝにて・・?
   

9.颪の柄当てにつきて

答、颪の場合の柄当ては、敵が柄を取らんとするを敵の顔面中心(人中)を柄頭にて突くものに候。

10.業と業との間につきて

答、総ての業の間には必ず一動毎に少しの間を置き決して一連に行うものには之無く候。此一連に行うは最も不可にして少しの間と云うものは時間的のものにては無く、「一動の終りにぐっと確かなる力の締りを」必要と致し候、而して次の動作は新たなる力と気合を以て行うものに候。
此の少しの間と云うは、初心の内は十分落付きて業と業との間に区切りを作り、熟練するに連れて此の間をつめて然して此の業との間に力の締りある如く行うを可と致し候。

*この穂岐山先生との問答は無双直伝英信流居合術全及びその後無双直伝英信流居合道には欠かせないものになっています。

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2012年6月 9日 (土)

居合の疑義につきての解説1

居合の疑義につきての解説

穂岐山先生より数回に亘りて筆者に賜はりし御書簡の写

*河野先生が第十八代穂岐山宗家から受けた書簡による居合の疑義についてが語られています。河野先生は解らない事があれば、聞き確認されておられたのでしょう。曽田先生にも良く聞いておられたようですし、現代居合はその努力の結晶でしょう。

此の質問と答えについても河野先生の昭和8年の発行になる無双直伝英信流居合術全に同様の題によって書き込まれています。

1、正座抜付けの場合の右拳の高さに就いて。

右拳の高さは、左右肩の高さに同じ。

2、抜付けの場合の右拳の位置について。

右拳の位置は、左右の肩を結ぶ線上より拳の位置に於て約6、7寸位い前方に出づるを可と致し候。拳を其線上に置く時は所謂引き切りの気味と相成り面白からず、拳を少し前方に出し従て腕と刀との角度は九十度よりも約三十度位い鈍角に広く開きて握りしめると同時に、少し刀を前に出す心持肝要に御座候。此時の気持は抜きつけに限らず真向其他の切り付けと同一に御座候。剣道に於て面に打込みたる時手を握り締めると共に前に出す気持と同様に御座候。

3、刀尖は拳の高さと同じ水平線上にあるや。

貴説の通りなるも幾分下がるも宜しく候、是は刀は水平なるを原則とするも、前方より見たる時刀の裏を見せず表を見するよう致し候、(刀の下方を見するより上方の面を見するを可とす)

4、腕と刀の角度は九十度にて可なるや。

答、第二項に説明の通り、約三十度位広角度となすを可と致し候、是又然らざる時は引切りの気味となり、且充分刀尖に気勢籠らざるものに御座候。

 此の腕と刀のありようは、やや開き気味で尚且つ切先が少々内に入るような状況に思えます。しかし第二項の「刀を前に出す心持肝要」を加味しますと腕は正中線に四十五度位開き、刀は正中線に平行で、刀尖は正面を向きます。右拳の高さは左右の肩の高さ、刀は床に平行で切先やや下がりを想像します。
曽田先生の教えと是は一致していますので下村派の伝系も谷村派の伝系も此の横一線の抜き付けのフィニッシュは同じ形に納まるを善しとしたと思います。

5.正座納め刀の場合

答、此場合初心の者に説明するには、血振の時の拳のまゝ手首(少しく)と腕を曲げ刀身を鯉口にあて納むる如くすれ共、実際においては練習を積むに従い是にては何となく業の堅くしてやわらか味無き感を来し候、此意味に於て血振いの位より起動の為め、心持拳を右にかやし直ちに復旧して刀刃を上方に向けつゝ鯉口の位置に運ぶものに候。
然れ共是は極く瞬間的のものにして他より見て、拳を右に返す動作の明に認め得るが如く大きくゆっくりと動作するには之無く、只起動の為つまり動作を速にするために候。
然し原則としては拳は返す事無く、血振いの位置より其儘運ぶものなる事を忘れざる事肝要に候。

以下次号とします。

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2012年6月 8日 (金)

英信流居合と板垣伯2

英信流居合と板垣伯 

居合術教士・剣道錬士 中西岩樹

明治25、6年頃と言えば大日本武徳会創設前で地方の一般武道は未だ萎微沈滞の域に立った時分である。殊に帯刀禁止令発布後数十年を経過している事ではあり、真剣を打振う居合の如きが文明改化を追うに急なる国民に顧られそうな筈は無く、五藤生亮、谷村樵夫、細川義昌等の達人が伝統を受継いで現存して居り乍ら、殆ど之を執心修業せんとする者は無く、又之等の先生も唯単なる余技として死蔵せるに止り或は神職として或は政界の人として時勢に従っていたのである。

其の内に段々居合を知る人も物故し、之等の先生と雖も何時迄も在るものではなく、今にして後継者を造らざれば高知藩門外不出の此の武技も遂には世に之を伝える者が無くなるであろうと非常に痛惜慨嘆されて極力其の復活振興の労をとられたのが板垣伯である。

即ち明治二十六年板垣伯のご尽力に依って高知市新堀竹村與衛門氏邸内に道場武学館が建てられ、五藤正亮先生が居合の師として聘せられ一般教授の任に当られたのである。
夫れが因となり五藤先生は当時の第一中学校(現在の城東中学校)の校長
して居合を好む渋谷寛という人に委嘱されて後同校の居合教師となり、尚他中学校にも招聘せらるゝ事となった。

明治31年其の没せらるゝや谷村樵夫先生が之に代り同三十六年谷村先生の没後大江先生が之に代ることゝなったのである。しばらくして高知県に於いて五藤・谷村・大江の三先生に依り居合の命脈を継いで来られ殆ど伝授者も中学卒業者に限られていた如く換言すれば中学生によって居合が保持されて来たかの観がある。

又一方県外方面では第一人者たる中山先生も此の五藤先生の御門下たる森本兔久身先生に手解を受けられ、更に細川先生に就て修得されて居られるが細川先生は高知県内では殆ど教授せられた事は無い模様で、当時衆議院議員として滞京中板垣伯の御斡旋で仲山先生に伝授せらるゝに至ったと承知している。

爾来中央に在っては中山先生、高知県に在っては大江先生の非常なる御努力に依って此の居合が漸次全国的に普及進展し、今日の隆昌を見るに至ったが危機を救うて此の基礎を固めて呉れた恩人は板垣伯である。

実に板垣退助伯は舌端火を吐いて自由民権を提唱され高知県をして自由発祥の地たらしめられたが、更に不言黙々裡に此の居合を広く世に紹介し、高知県をして又此の居合は自由の神としての板垣伯を知る人に尚此の土佐居合の恩人である板垣伯を知って貰いたいのである。

*この「英信流居合と板垣伯」は曽田本スクラップがある方から岩田憲一先生に送られ「土佐の英信流 旦慕芥考」のP128に掲載されています。

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2012年6月 7日 (木)

英信流居合と板垣伯1

英信流居合と板垣伯

居合術教士・剣道錬士 中西岩樹

*曽田先生のスクラップは切り抜かれた順なのかそれとも意図する事があるのか河野先生の無双直伝英信流居合術の間に此の板垣伯のスクラップが挿入されています。これも出典不明です。何処かで引用されているかも知れませんが、曽田先生の手ずから切り抜き貼り付けられた、手作りのスクラップと云うことでご了解ください。

尚、岩田憲一先生の「土佐の英信流 旦慕芥考」P128にこの「英信流居合と板垣伯」は記載されています。曽田メモを曽田先生のご長男から「私は居合をやらないので君が持っていてくれ」と渡された方が、岩田先生と縁あってそのコピーを送られたそうです。其のいきさつは岩田先生もお亡くなりになり、渡された方もご高齢で記憶が薄れられておられるようです。ですからそれ以上は分かりません。

近来時局の影響する所が一般的の趣味にしても剣舞詩吟謡曲の如きものが非常に隆興を来したように思われるが、殊に武道の方では居合が急激に倍々旺盛となってきたように考えられる誠に喜ばしき現象である。

今から20年を回顧してみると当時京都の武徳会本部大会に居合を以て出演する者は実に寂寥々たるものであった。
而して諸流又其の抜方斬方の皆各々の特徴が有って、決して今日見るが如き整うたものではなかった。


只独同流にして発祥の地を一にする東京の中山先生の御門下生と高知県よりの出演者が長谷川英信流又は業に依る部分的名称大森流或は長谷川流と称して抜いていた居合が其の抜刀斬突納刀の鮮かな技に於て断然頭角を抽いて居たように覚えて居る。

夫れが今日に於ては毎年の大会出演者実に二百名に垂んとする盛況を呈し、而も高知県を発祥の地とする居合が其の約七割を占め居合界に君臨するの躍進を遂げたという事は誠に欣快に堪えない処である。之は居合の所作其のものに負う処も決して少なくはないであろうが、又一は先輩諸先生の並々ならぬ苦心の賜物と謂はなければならぬ。

由来高知県より出でた居合は始祖林崎甚助重信先生より第七代目長谷川主税之助英信先生に至って一大進歩を遂げ長谷川流と呼ばれ或は英信流と唱えられ又は長谷川英信流と称せられたもので第十代目高知藩士林六太夫守政先生之を高知県に伝えて以来連綿と今日に及んだものである。現今流名は右記の外、大森流、無想直伝英信流、夢想神傳流等と言われているも元来同流に外成らぬ。

さて此の居合が一時衰微の極にあった剣道の如く否より以上更に深刻に最早既に其の伝統の断絶せんとした場合此の危機を救うて呉れたのみならず、今日の出世発展の直接原因を造って呉れた恩人が茲にあったとしたならば、我々は大いに其の人を徳とし絶大なる感謝の念を捧げて然るべきではあるまいか。
然らば其の恩人とは誰ぞや?、即ち高知県の大先輩故板垣退助伯である。

以下次号

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2012年6月 6日 (水)

無双直伝英信流居合術奥居合立業之部

無双直伝英信流居合術奥居合立業之部

* 河野百錬先生の八重垣会の業手付けと思われ、その後無双直伝英信流居合術全として小冊子とされ昭和8年発行されています。その奥居合立業之部。

1. 行連  正面に向い前方に歩み行きつゝ、例に依りて静かに鯉口を切り右手を柄に掛け同時に右斜前の敵を抜き打に切り付け、直ちに左斜前に向き乍ら双手上段に引冠り右足を踏込みて左斜前の敵に切り込みて、刀を右に開きて同時に左手を腰に取り夫より鯉口を握りて納め終る。

2.連達  正面に向いて前方に歩み行きつゝ例に依りて静かに鯉口をきり右足を右斜前に踏出し左後に振り向き右斜に刀を抜き取りて左肩先に刀を水平に刀の鍔元迄突込みて左後の敵を斃し、更に右斜前に振向きつゝ双手上段に冠りて切下し納刀する事前に同じ。

3.惣捲り 正面に進みつゝ例に依りて鯉口を切り右手を柄に掛け右足の出ると同時に刀を引き抜きて、右足を左足に引きつけつゝ双手上段にとり右足を踏込みて敵の左面に切り付けると同時に左足を右足に引き付け更に右足を踏込み刀を返して肩に斬りつけ尚(切り付けたる時左足を右足に引付ける事以下同じ)右足を踏込て胴に切込み、右足を更に出して腰を低めて腰を左より一文字に払い、直に上段に大きく振冠りて正面を割付け刀を開きて納める事前に同じ。

4.惣留  正面に進みつゝ、例に依りて鯉口を切り右手を柄に掛けると同時に右足を踏出して腰を十分左に「ひねり」て右斜前に抜きつけ、左足を右足先迄引き寄せ乍」ら刀を納め、右足を踏出しては又右斜前い抜きつけ三度足を繰り返し腰を正面に「ひねり」て血振いし納刀する事前に同じ。

5.信夫  正面に向いて進みつゝ、例に依りて鯉口を切り体を沈め向うを透し見て左に一歩披き刀を抜き正面を見つゝ体を右に十分及ばして刀を右前に突き出し、及びたる体を引き越し空を切らせ、直ちに刀を右より双手上段に振り冠り右足を踏み込みて切り下し納め終る事前に同じ。(詳細は口伝の事)

6.行違  正面に向いて進みつゝ、右足を踏み込みて鞘諸共抜出し、柄頭を以て敵の顔面を一撃し、其のまゝ刀を上に抜取りつゝ体を左方より後に向き(足は其儘)双手上段に振り冠りて後方の敵に切り込み、更に右廻り正面になりつゝ真向に割り付けて刀を納め終る事前に同じ。(詳細は口伝の事)

7.袖摺返 正面に進みつゝ例に依りて鯉口を切り右手を柄に掛け右足を踏出すと同時に刀を抜き出し、右足を左足に引きつけつゝ両腕を前に組み、右足を進めて両腕を左右に大きく広げ、左足を出したる時双手上段に振冠り更に右足を踏み込みて打下す。(敵と我との間に他人があり其れを押し除けて敵を切るの意)

8.門入  正面に進みつゝ、例に依りて鯉口をきり右手を柄に掛け右足を出し前に抜き左足を踏出して右拳を後方に引き(刀身は水平にして刀尖は鯉口の近くに)右足を踏出し、同時に右拳を前方に突込み左足を中心として左に廻りつゝ諸手上段に冠りて右足を大きく後方に踏込みて切り下し、更に左廻り(左足を中心として)には正面に右足を踏込みて切り下し、納刀する事前に同じ(頭上に鴨居又は門等ありて、刀尖が閊える場合に行う業)以下次号。
(足踏みは右足を出して突きたる儘左廻りに後方を斬り又右廻りに前方を斬るや足踏みは替えざる事 曽田メモ)

*門入は古伝では心得があるばかりでこのような業にはなっていません。曽田先生が「違う」と云う理由は何でしょう。大江先生の古伝を改変された門入は突きを入れた足踏みのまま後を切り前を切ります。しかしこれでは門に横木があったりしますと後を切るのは体を低くしなければ無理でしょう。河野先生の方法が自然です。

9.壁添  正面に向いて立ち、両足を真直に爪先を立て左腕を脇につけて動かさずして右手を柄に掛け、刀を上方に抜取り双手上段に取りて打下す、(此場合柄は下腹に接近し、刀尖は両足に近き所迄切付く、)血振は打下したる状態にて右に刀を開きてなし、次に右拳を前より前額上部に取りて上より下に静かに納め終る、(左側に壁がありて普通の如く刀の抜けざる場合なり)

10.受流  正面に向いて進みつゝ、静かに鯉口を切り正面より打ち来る敵刀を受流すために、直ちに柄に右手を掛け同時に左足を右方(正面に向い九十度右に)に踏込て刀を頭上より左肩先に抜き取りて敵刀を我が刀の表にて受流し、更に右足を左足の後方に開き刀を頭上に振り冠りて右足を左足に踏み揃え両足を左方に(其位置にて)揃え、(両爪先が左斜に向く)同時に双手上段いて真向に割付け刀を開き血振り納刀する事前に同じ。

11.暇乞  正面に向いて正座し、両手を前につきてわづかに頭を下げ礼をなす間も無くうつむきたるまゝ両爪先を立て刀を抜き取り、左肩側に刀を突込む如く双手上段に振冠り真向に切り込み(膝を乗り出し)刀を開きて血振り刀を納めつゝ両踵の上に臀部を下し納め終る。

12.暇乞  正面に向いて正座し、両手を前につき頭をやゝ深く下げて刀を抜き取りて、動作する事前に同じ。

13.暇乞  正面に向いて正座し、両手を前につき頭が座に着かんとする所迄下げて、間も無く刀を抜き取りて動作する事前に同じ。

以上

居合之流派及始祖

英信流   長谷川主税助英信
大森流   林崎甚助重信(?大森六郎冴左衛門 曽田メモ)

(*河野先生は何処から此の始祖を聞いてきたのでしょう、今にしては面白いのですが昭和の始め大阪暮らしの先生には伝系を伝える人も書物も無かったのでしょう)
田宮流   田宮平兵衛業正
一宮流   一宮左太夫照信
一傳流   丸目主水正
伯耆流   片山伯耆守久守
無楽流   長野無楽斎槿露斎
関口流   関口八郎右衛門氏心
上泉流   上泉権右衛門秀信
柔新心流  久瀬猪左衛門定勝
水野流   水野新五左衛門重治
不傳流   伊藤不傳
新田宮流  和田平助正勝
真影山流  景山善賀清重
化顕流   那須五左衛門家次
制剛流   梶原源左衛門直景
其他 力信流、柳剛流、神陰流、鞍馬流、等剣道の一派に依り生まれたる諸流あり。

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