白石元一居合術手引

2014年3月 2日 (日)

白石元一先生その2

白石元一 先生について、全居連の大会記録より抜粋   
       
No 西暦 和暦 流派 称号・段位 年齢 大会役職 連盟役職 備考

1 1968 S43 直伝 範士九段 75 演武検証係 
2 1969 S44 直伝 範士九段 76 演武検証係 
3 1970 S45 大森 範士九段 77 演武検証係 
4 1971 S46 大森 範士九段 78 演武検証係 
5 1972 S47 大森 範士九段 79 演武検証係 

これによりますと、白石元一先生は
明治26年1893年生まれ
昭和12年1937年大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引の発行時は44歳ということになります。
全居連のデーターでは昭和52年以降が途絶えております。
称号段位は範士九段

相原勝雄先生について、全居連の大会記録より抜粋   
    
No 西暦 和暦 流派 称号・段位 年齢 大会役職 連盟役職 備考
 1 1968 S43 直伝 範士九段 70 演武検証係 
 2 1969 S44 直伝 範士九段 71 演武検証係 
 3 1970 S45 伯耆 範士九段 72 演武検証係 
 4 1971 S46 伯耆 範士九段 73 演武検証係 
 5 1972 S47 伯耆 範士九段 74 演武検証係 
 6 1973 S48 伯耆 範士十段 75 演武検証係 
 7 1974 S49 伯耆 範士十段 76 演武検証係 
 8 1975 S50 伯耆 範士十段 77 大会委員 
 9 1976 S51 伯耆 範士十段 78 大会副委員長 
10 1977 S52 伯耆 範士十段 79 大会副会長 
11 1978 S53 伯耆 範士十段 80 大会副会長 
12 1979 S54 伯耆 範士十段 81 大会副会長 

これによりますと、相原勝雄先生は
明治31年1898年生まれ
昭和12年1937年の時は39才という事になります。
昭和55年から大会から遠ざかられ連盟では顧問をされておられます。
平成元年1989年に91歳でお亡くなりになられたようです。

お二人とも無双直伝英信流で参加されておられましたが白石先生は大森流、相原先生は伯耆流と変えられています。
昭和36年当時河野先生の居合道真諦では白石先生は英信流、相原先生は伯耆流でした。

これでお二人の生年が判ったと言う事になりました。
問題は白石元一先生の居合の系統を知る手がかりの居合術錬士宇野忠太郎先生についてと、その居合の系統が判らない事です。

この年表は小林士郎先生の調査によるものです。

以上を持ちまして「白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引」の「大森流・長谷川流」については終了いたします。

この冊子には以下の手引が掲載されています。

総論編:居合術と剣道・居合術修行の意義・居合術修行の目的・居合術修行の諸注意

解説編:大森流居合術・長谷川(英信)流居合術・長谷川流奥居合・伯耆流居合術

参考編:試斬(様斬=据物斬)について・居合術流派につきて・刀剣各部の名称と寸尺に就いて・居合刀の選定、刀剣手入法並に保管要領

総論編、解説編は伯耆流居合術を除きすべてを書き込み、参考編については「居合術流派につきて」のみをブログに書き込みました。

白石居合を手にした時、これは中山博道先生の夢想神伝流の所作に似ている様に思いました。
奥居合になりますと、古伝神傳流秘書を彷彿とさせる業が展開されながら、古伝に無い業名と技が加わってきます。
夢想神伝流の奥居合も、檀崎先生の昭和44年の「夢想神伝流居合」では、大江先生の方法に準じていて古伝から逸脱しています。この事は博道先生は古伝を知らなかったか檀崎先生に伝授されていなかったかでしょう。
同様に白石先生も奥居合は古伝とも大江先生とも異なる独創奥居合でした。師は誰か不明ですがその様に指導されたのでしょう。

空言ですが、白石先生が香川の植田平太郎先生系統の指導を受けたとすると植田先生が細川先生に弟子入りしたのは大正8年1919年入門、その4年後の大正12年1923年に皆伝を受けています。
細川先生に入門以前に土佐の居合を誰かに習っていたかも知れません。
剣道の達人ですから、すぐに居合を覚えられたかも知れません。しかしどこまで深く稽古されていたかは不明です。奥居合まで充分達していたかも疑問です。
皆伝も根元之巻として伝授されたかわかりません。皆伝に在る様に伝授された業名が記入されていたか疑問です。
奥居合については、習ったものと独創が混在したのは、習わなかったか、習っても改変してしまったかでしょう。
それが白石奥居合を生み出したのかも知れません。
大江先生の方法しか知らない現代居合に、白石居合は拘りなく楽しいものです。
思いつくままに・・・。「格を放れて早く抜く事 重信流」

この白石元一先生の「大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引」をお送りいただき楽しませてくださいました玄さまに感謝する次第です。

ありがとうございました。

    
    

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2014年3月 1日 (土)

白石元一先生

白石元一先生は何時土佐の居合を誰を師として習われたのか、それによって先生の昭和12年発行の「大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引」の系統を知ることが出来るだろうと思っています。

白石先生の著書の諸言に「本書を著述するに当たり居合術錬士宇野忠太郎先生及び相原勝雄先生の寄せられたる御厚意と御援助に対し・・」とありまして、居合に関する情報があります。

更に、昭和5年発行の先生の著書「剣道教範」には、伯耆流は故石井将之先生の遺稿により記述したとされています。

白石元一先生は河野百錬先生の「居合道真諦」の居合道の回顧(P34~38)に広島の住で流派名「英信流八段教士白石元一広島」と昭和36年11月現在の事としてその頃第一線で活躍する人々の一人として掲載されています。
河野先生のこの「活躍する人々」を見ますと流派名では「英信流」とだけあるのは白石元一先生のみです。
無双直伝英信流とも神伝流でも無いと言う事でしょう。

相原勝雄先生も白石元一先生と同じく河野先生の居合道真諦の同ページに「伯耆流八段教士広島」として、昭和36年ごろに活躍されて居られたとあります。

実は相原勝雄先生につては、コメントで「文中(相原勝雄先生)は全日本居合道連盟会誌通巻第9号平成2年3月25日 44ページに 連盟顧問、故中国地区連盟会長 範士十段 相原勝雄先生として訃報が掲載されております。池田勇人元総理大臣の秘書を長く勤められたとあります。」と情報をいただきました。

居合道新聞を見ていますと、広島の相原勝雄先生が昭和40年に範士九段に合格、昭和51年10月24日に広島市比治山遊園大ホールで門下生主催で喜寿(77歳)の祝賀会が挙行されたと言う記事が載っています。
相原勝雄先生が昭和51年1976年に喜寿ですとお生まれは明治32年1899年となります。昭和12年1937年のころは36、7歳のころ白石先生とのご交流が深かったと思われます。

そこで白石元一先生の英信流(大森流・長谷川流)は宇野忠太郎先生の関係なのかとも推察できます。

どうやら、広島の方のお力をお借りしませんと無双直伝英信流でも夢想神伝流でも無い白石元一先生の居合が浮き彫りに為らないようです。

このブログは1月初めに乗せておきましたが改めておきます。

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2014年2月28日 (金)

白石元一居合術手引12居合術流祖2

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

 12、2居合術流祖

ロ)・・・尚高松の植田範士は土佐藩士島村善馬改め細川義昌より皆伝を得て当流(無双直伝英信流)の十五代目に当たると・・・。

*前回の(ロ)の高松の植田範士が十五代目である事について異論を持たれる方は多いでしょう。
白石先生が古伝神傳流秘書を読んでいれば次の通りです。

1林崎神助重信-2田宮平兵衛業正-3長野無楽入道槿露斎-4百々軍兵衛光重-5蟻川正左衛門宗績-6萬野団右衛門信貞(定)-7長谷川主税之助英信-8荒井兵作信貞(勢哲清信)-
9林六太夫守政-10大黒元衛門清勝-11松吉八左衛門久盛-12山川久蔵幸雅-(13下村茂市定-14島村善馬(細川義昌)-15植田平太郎)

古伝は当然書写した山川久蔵幸雅までが記載されています。
細川義昌が師としたのは下村茂市です。
木村栄寿先生の「夢想神傳重信流」ではP126で「林六太夫守政と大黒元右衛門清勝の間に林安太夫政詡が入る。
山川久蔵は坪内清助の師であり、島村義郷は坪内清助より相伝され、又故あって細川義昌は、同じく山川久蔵を師に持つ下村茂一により相伝された。
従って抜刀兵法伝来は山川先生が十三代となり次に坪内、下村、島村、細川と続き、細川義昌先生から相伝を受けた中山博道先生は十八世となる。」とあります。白石先生はその辺の所は知らないと見えて、12代山川-13代下村-14代細川-15代植田としたのでしょう。

それにしても、行宗貞義-曽田虎彦や大江正路先生などの名がどこにも無いのは細川先生系統と見てもおかしくはないのですが、断定すべきものがありません。

植田平太郎先生は明治10年1877年生まれ昭和24年1949年没
大正8年1919年細川義昌先生に入門、大正12年1923年免許皆伝とのこと根元之巻の事でしょう。大正11年1922年細川先生は高松に奥義伝授の旅行とか大正12年74歳で永眠されています。
植田先生の弟子に尾形郷一貫心・橋本三男・竹嶋寿雄などが連なるようです。

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2014年2月27日 (木)

白石元一居合術手引12居合術流祖1

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

 12、1居合術流祖

イ)居合術の祖は林崎甚助重信。本来は重信流とも言うべき七代目に長谷川主税之介英信(はせがわちからのすけひでのぶ)という人出で、非常なる達人にて中興の祖と仰がる。
柳生但馬守は新陰流なりしも名人なりし為め、柳生流の称呼が出来たる如く、長谷川流又は英信流と呼ぶに至れり。

ロ)大森流は大森六左衛門の流なるも、九代目の林六太夫守政の時大森流を英信流に加えたるものなり。即ち大森流を持て英信流へ入家したるなり。
大森六左衛門は守政の剣道の師にて真陰流の名手なりしと。
尚高松の植田範士は土佐藩士島村善馬改め細川義昌より皆伝を得て当流(無双直伝英信流)の十五代目に当たると。
廉ある場に於て居合を行うに際し大森流なれば大森流のみなれども、長谷川流(英信流)の場合には大森流を混ずるも差支なき由(前記流祖の條を参考として思い合すべし)

ハ)伯耆流は片山伯耆守久安の始めて起せしものにして刀術を好むと共に抜刀(いあい)の妙術を悟りし達人なり。
其の精妙の術関白秀次公の聞く所となり、営中に召されて其の術を学ばれたりと。
慶弔十五年芸を以て参内し、従五位下伯耆守に叙任せられ愈々其芳名が天下に知れた。
後周防に赴き又芸州に移った。
浅野家の士は多く久安につきて其術を習う。
故石井将之範士は、明治、大正に亘り当流第一人者なりき。

*古伝神傳流秘書によると以下の様です。
長谷川流の由来は「目録には無双神傳英信流兵法とあり、是はもと重信流と言うべき筈なれども長谷川氏は後の達人なる故之も称して英信流と揚げられたる由也」

大森流については、「大森流居合之事、此の居合と申すは、大森六郎左衛門の術也、英信とに格段意味相違無き故に話して守政翁是を入候。
六郎左衛門は守政先生剣術の師也。真陰流也上泉伊勢守信綱の古流五本の此の形有と言う。或は武蔵守卍石甲二刀至極の伝来守政先生限りにて絶え(曽田めも:記此の五本の仕形絶えたるは残念也守政先生の傳是れ見当たらず)」

英信流については、「英信流居合之事、是は重信翁より段々相伝の居合、然る者を最初にすべき筈なれども、先ず大森流は初心の者、覚え易き故に是を先にすると言えり。」

ついでに抜刀心持之事では「格を放れて早く抜く也 重信流」

以下次回に植田範士15代について・・。

白石先生は、古伝神傳流秘書について知っていたようです。

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2014年2月26日 (水)

白石元一居合術手引11長谷川流奥居合業名対比

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

 11、長谷川流奥居合

 業名対比

*白石先生の手引を終了するにあたり長谷川流奥居合の業名と順番を他の伝書と対比してみます。

1.白石元一長谷川流奥居合
①向払 ②柄留 ③向詰 ④前後詰 ⑤両詰 ⑥三角 ⑦四角 ⑧棚下 ⑨虎走り ⑩人中
⑪行連 ⑫連立 ⑬摺違 ⑭夜の太刀 ⑮追掛 ⑯五方斬 ⑰放打 ⑱抜打 ⑲馳抜
⑳抜打

 2.古伝神傳流秘書抜刀心持之事
①向払 ②柄留 ③向詰 ④両詰 ⑤三角 ⑥四角 ⑦棚下 ⑧人中 ⑨行連 ⑩連達
⑪行違 ⑫夜の太刀 ⑬追懸切 ⑭五方切 ⑯放打 ⑰虎走 ⑱抜打(曽田先生が追加されたようです) ⑲抜打 ⑳弛抜
・賢之事・クゝリ捨・軍馬之大事

3.夢想神伝流檀崎先生の「居合道教本」
居業:①向払(霞) ②柄留(脛囲) ③向詰 ④両詰 1、戸詰 2、戸脇 ⑤三角 ⑥四角(四方斬)⑦棚下 ⑧虎走 ⑨暇乞1 ⑩暇乞2 ⑪暇乞3
立業:①人中(壁添) ②行連 1、行連 2、連達 ③連達 ④行違 ⑤夜の太刀(信夫) 
⑥五方斬(惣捲) ⑦放打(総留) ⑧賢の事(袖摺返) ⑨隠れ捨(門入) ⑩受流し

4.無双直伝英信流大江先生の奥居合
居業:①霞 ②脛囲 ③四方切 ④戸詰 ⑤戸脇 ⑥棚下 ⑦両詰 ⑧虎走り
立業:①行連 ②連達 ③惣捲 ④総留 ⑤信夫 ⑥行違 ⑦袖摺返 ⑧門入 ⑨壁添へ
⑩受け流し ⑪暇乞 1・2・3

*大江先生の業及び業名は古伝を改変されています。
其の上、古伝の業名を改変されたものと独創のものが混在します。

前大江先生=後古伝
霞=向払、脛囲=柄留、四方切=四角の替え業、戸詰=両詰、戸脇=両詰、棚下=棚下、両詰=向詰、虎走り=虎走、

行連=独創(坐業両詰のうち戸詰の立業)、連達=行連、惣捲=五方切、総留=放打、信夫=夜之太刀、行違=連達の替え業、袖摺返=行違の替え業、門入=独創、壁添へ=人中、受け流し=弛抜替え業、暇乞=抜打替え業、なし=三角、賢之事、クゝリ捨、軍馬之大事、

5.白石先生の奥居合だけに出てくる業名

前後詰=前後の敵に対して後を突き前を斬る、古伝両詰の替え業。
摺違=古伝の行違。
追掛=古伝の追懸切。
馳抜=弛抜の替え業か、受流の様でもある。
抜打=大江先生の暇乞風。

留意すべき動作
柄留=敵の籠手に斬り付ける。
抜打=正面に片手抜打ち。
その他動作については、学ぶべき処もいくつもあると思われます。

どこかで白石先生の居合を継承されておられる所もあるかも知れません。ご教授いただければと思っています。

次回は、白石先生の手引に書かれている「居合術流派」について読んでみます。

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2014年2月25日 (火)

白石元一居合術手引11、長谷川流奥居合20抜打

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

 11、長谷川流奥居合

 20.抜打(互に挨拶をして未だ終らざるに抜き打ちに斬る)

斬り付け。正面に対座し抜刀の用意をなしたる後、両手をつきて坐礼を行い頭を上げつつ刀を抜き上体が起き終るまでに已に敵を抜き打ちに斬りつく。後血振り、納刀、大森流「抜打」と同じ。

*白石先生の抜打は長谷川流奥居合には同じ業名で前々回(2014年2月23日)に18本目抜打がありました。
「二三歩前進し、左足を踏み出す時抜刀用意、右足を出すと同時に右片手にて正面に斬り付けて納刀」

今回の「抜打」は大江先生の「暇乞」でしょう。
「抜刀の用意をなしたる後、両手をつきて坐礼・・」のところは順序がどうでしょう。
両手をついて坐礼を行い、その姿勢のまま左手を鍔右手を柄にかけ抜刀の用意をなし、頭を上げつつ刀を抜き上体が起き終るまでに抜き放ち上段に振り冠って斬りつく。
の様にやってしまいそうですです、また「上体が起き終るまでに已に敵を抜き打ちに斬りつく」では不自然ですが現代居合に惑わされているのでしょうか。

古伝神傳流秘書の抜刀心持之事にはこの「抜打」を、曽田先生は書き込んでいます。
「抜打:上中下(暇乞三本)」
格低き者に対する黙礼の時、等輩に対する礼の時、目上の者に対する礼の時、と補足されています。
木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」にはこの「抜打:上中下(暇乞三本)」はありませんので曽田先生の師行宗先生の教えでしょうか、疑問です。

夢想神伝流檀崎先生の奥居合の「暇乞」は昭和45年の「夢想神伝流居合」では奥居合之部立業の11,12,13本目に存在します。昭和54年の「居合道教本」では奥居合の部居業の9,10,11に暇乞として存在します。

「暇乞は上意打ちとも称え、主命を帯びて使者に立ち、敬礼の体勢より抜打する意にして、又彼我挨拶の際、彼の害意ある気配を察知して、其の機先を制して行う方法である。

其の11暇乞:正面に向って正座し、其の坐した体勢にて僅かに頭を下げ、礼をなす間もなく、俯向きたるまま両爪先を立て抜刀、抜打と同じ要領で双手上段より斬下し、血振、納刀する

其の12暇乞:正面に向って正座し、両手をつき、頭をやや深く下げるや、其の体勢にて刀を抜き上段より斬下す事、前と同要領である。

其の13暇乞:両手をつき頭を深く下げた瞬間抜刀する事、前に同じ。」

大江先生の暇乞は奥居合の19,20,21番にあります。
大江先生の居合を書いた「剣道手ほどき」の堀田先生の「暇乞」は順番がおかしいと思いますがそのまま写します。

19番:暇乞(黙礼)正座し両手を膝上に置き黙礼し、右手柄に掛かるや刀を斜に抜き付け上段にて斬る。

20番:暇乞(頭を下げ礼をする)両手を板の間に付け、頭を板の間近く下して礼をなし、両手を鞘と柄に同一に掛け直ちに上に抜き上段となり、前面を斬る。

21番:(中に頭を下、右同様に斬る)両手を膝上に置き黙礼よりやや低く頭を下げて礼をなし、右手を柄に掛け刀を斜に抜き上段にて斬る。(止め))立合終り)

*暇乞いは、古伝では業ではなく心得でした。
大江先生の無双直伝英信流によって創作されたと思われます。

古伝英信流居合目録秘訣極意の大事「暇乞」(2013年9月28日)
「仕物などを云付けられたる時など其者の所へ行て四方山の咄などをして其内に切べし隙之無き時は我が刀を取て「又近日」と立ちさまに鐺を以て突き倒し其儘引ぬいて突也又は亭主我を送て出るときその透間を見て鐺にて突たおして其儘引ぬいて突くべし」

今回で白石先生の大森流・長谷川流居合術手引は終了です。

この手引には伯耆流居合術が掲載されています。伯耆流は広島の相原勝雄先生がホローされたようです。
伯耆流の手付は居合術範士石井将之先生の遺稿の原文により記述したとされています。

表六本、中段の業九本、その他の業一八本、台を置いて行う業五本、応変八曲が記載されています。
今回は省略させていただきます。
いずれ伯耆流・田宮流・無双直伝英信流の同一意義に対する動作の違いを研究したいと思います。

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2014年2月24日 (月)

白石元一居合術手引11長谷川流奥居合19馳抜

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

11、長谷川流奥居合

19馳抜(双方駈足にて摺違い様に行う意)

1)斬り付け。正面に対し立姿小走に馳せ摺れ違い様右足を中心に左足を斜左前に踏み出して斜右後向きに方向を転じつゝ刀を抜き右足を左足に引きつけ上段に振り冠り、右足を踏み出すと同時に斬りつく。

2)血振り、納刀。「追掛」に同じ。

*この馳抜(はせぬき)の業は古伝神傳流秘書抜刀心持之事にも見当たらない業名及び動作のようです。
正面向きに小走りに走り、双方摺れ違う時、右足を軸にして左足を斜め左前に踏み出し、左足を軸に斜め右後ろに振り向きつつ刀を抜き、右足を左足に退きつけ諸手上段に振り冠り、右足を踏み出すと同時に斬り付ける。

右足を左足に退きつけるので諸手上段になって右足を踏み出して斬り付けました。
しかし、ここは片手真向も或は片手袈裟も要求されるかも知れません。
特に指定されていません。
武士の歩行は左側通行と云う事もあるようですがこれは右側を双方駆け抜ける際の業でしょう。

この業は、夢想神伝流檀崎先生の奥居合立業にも大江先生の奥居合立業にも下村派行宗先生の奥居合にも見当たりません。

白石先生に手解きされた伝系に稽古されていたのでしょう。

参考に古伝神傳流秘書抜刀心持之事「弛抜」と云う業があります。
「前の如く歩み行敵より先に打を少し体を開き弛して抜打に切也」

これは前の如くは前回の抜打の様に正面から抜き打ちに真向に打ち込んで来られたので、体を開いて弛し抜き打ちに斬る。
右足軸に左足を左斜めに踏み込んで弛し、右片手抜き打ちに袈裟に斬る、或は現代の受流の方法もあるかと思いますがここは抜打ちに切らねばなりません。

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2014年2月23日 (日)

白石元一居合術手引11長谷川流奥居合18抜打

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

 11、長谷川流奥居合

 18.抜打(前方の敵に対して行う意)

1)斬り付け。放打の如く左足にて抜刀用意、右足を踏み出すと同時に右片手にて正面に斬りつけて納刀(放打に同じ)

*これは立業の「抜打」です。左足出た時刀に両手を掛け鯉口を斬り刀を抜き上げ、右足を踏み込んで右片手にて真向に抜き打ち、納刀。

古伝神傳流秘書抜刀心持之事「抜打」
「歩み行中に抜打に切敵を先に打心也」

下村派行宗先生にはこの奥居合立業の「抜打」はありません。

大江先生も立業の抜打はありません。

檀崎先生もこの「抜打」はありません。

この業は全剣連居合の12本目「抜き打ち」にその片鱗がみられます。
「相対して直立している前方の敵が、突然、切りかかってくるのを、刀を抜き上げながら退いて敵の刀に空を切らせ、さらに真っ向から切り下ろして勝つ」

*古伝は「敵を先に打心」と言っています。白石先生の「抜打」も古伝に倣った足踏みでしょう。

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2014年2月22日 (土)

白石元一居合道手引11長谷川流奥居合17放打

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

 11、長谷川流奥居合

 17.放打(暗夜前方より来る敵を抜き打ちに数名連続斬る意)

1)斬り付け。正面に対し立姿二三歩前進し、左足を踏み出す時抜刀用意、右足を出すと同時に右斜前の敵に対し抜き打ちに右片手にて斬り付け、(やや半身となる)直ちに納刀と同時に左足を右足に揃え一足となり、更に第二に現れたる敵に対し前と同様斬りつけたる後納刀。又前同様第三の敵に対し斬りつけ納刀(同時に足も一足となる)

*「暗夜「前方より来る敵」と場の想定は暗闇という事です。夜の太刀の様な場の想定も暗夜でした。
敵は正面から来るのではなく「右斜前の敵に対し抜き打ち」です、
「右片手にて斬り付け」ですが右足は正面に踏み出している様です。敵を真向に抜き打ちするのか、袈裟に斬るのかですが、(やや半身)ですからどちらとも取れます。

古伝神伝流秘書抜刀心持之事「放打」
「行内片手打に切納ては又切数きわまりなし」

下村派行宗先生の奥居合抜方「総留」
「放し打ちのこと、総どめ」

大江先生の「総留」
「(進行中三四遍斬っては納む)右足を出して右斜へ抜き付け、左足を出して抜き付けたる刀を納む、以上の如く四五回進みつつ行い、最後の時はそのまま刀を納む。」

*大江先生の「右足を出して右斜へ抜き付け」も解りにくい表現です。正面の敵を右斜めに抜き付けるのか、白石先生の様に右斜めの敵かも知れません。
現在は河野先生の仕方で正面から来る敵を右片手袈裟に斬っています。

夢想神伝流檀崎先生の昭和45年の「夢想神伝流居合」では「総留」、昭和54年の「居合道教本」は「放打(総留)」
「吾、狭い板橋又は土堤、或は階段等、両側に変せぬ場所を通行の時、前面より敵、仕掛け来るを、其の胸部に、又其の影にひそみ居る敵に対して斬付けて勝つの意である。
正面に向って歩みつつ両手を刀にかけるや右足爪先を左向きに踏込むと同時に腰を充分左に捻り、半身となって抜打に右斜に(敵の胸に)斬付け、納刀しながら左足爪先が左前になる様に右足先に腰を下して、運び、又右足を一歩踏込んで、前述同様に斬付ける事三度にして、斬付けた所より腰を捻って正面に向い、血振、納刀する。」

*納刀では、居合道教本は「納刀しながら左足爪先が右足前に爪先前方足裏を返すように右足先に腰を下して運び・・」と複雑なチドリの足運びを要求しています。左足の返しと腰の捻りによる強い抜き付けを意図するのでしょう。

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2014年2月21日 (金)

白石元一居合術手引11長谷川流奥居合16五方斬

白石元一大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引

11、長谷川流奥居合

16.五方斬(前方の敵を五回に斬る意)

1)斬り付け。正面に対し立姿、右足を出すと同時に左側にて刀を大きく抜くや直ちに上段に取り、先ず右袈裟がけに斬り振り冠り続いて左袈裟掛けに切り、返す刀にて右より胴を払い腰を落して左より足を払い、再び立姿となり右方より上段に取り真向に斬り下ろす。

2)血振り、納刀。「追掛」に同じ。

*この業と似た業を知っていますと何とか解かるでしょうが文章だけでは厄介です。
足の捌きが不明ですが歩み足で踏み込む様にしても、右足前のまま踏み込みつつ左足を追い足にしても、継ぎ足でもよいでしょう、どのようであったかは解かりません。

*この業も古伝神傳流秘書抜刀心持之事の「五方切」でしょう。
「歩み行内抜て右の肩へ取り切又左より切又右より切又左より切段々切下げ其儘上へ冠り打込也」

下村派行宗先生は「總捲り、五方切りとも云う」これだけです。

英信流居合目録秘訣では「外之物の大事惣捲形十」の業があります。
「竪横無尽に打振て敵をまくり切る也故に形十と有也常に稽古の格には抜打に切りそれより首肩腰脛と段々切り下げ又冠り打込也」

大江先生の惣捲
「(進行中面、肩、胴、腰を斬る)右足を出して、刀を抜き、其足を左足に引き寄せ、右手を頭上へ廻し、右肩上に取り、左手を掛けやや中腰にて(右足より左足と追足にて)敵の左面を斬り、直に左肩上に刀を取り、追足にて敵の右肩を斬り、再び右肩上段となりて、敵の左胴を斬り、再び左肩上段となり右足を踏み開き敵の右腰を目懸け刀を大きく廻し体を中腰となして敵の右腰を斬り、中腰のまま上段より正面を斬る、(左面斬り込みより終りの真面に斬ることは一連として早きを良しとす)」

大江先生の足運びは追い足裁きです。刀は右肩上段ですから八相、左肩上段は逆八相からの斬り込みです。
上段から袈裟に斬るのは解かりますが、八相から上段にとって袈裟に斬るなど理解に苦しみます。

夢想神伝流檀崎先生の「惣捲」これも昭和45年の「夢想神伝流居合」は大江先生の業名を使って「惣捲」、昭和54年の「居合道教本」では「五方斬(惣捲)」です。
「敵正面より斬込み来るを、吾、刀を抜き一歩退きて敵刀を摺り落しながら上段に冠り、敵の退く所を追撃して勝つの意である。
正面に向って直立し、前方に歩みながら、右足を一歩踏出すと同時に、刀に両手をかけ、刃を上にして十五糎位抜き、右足を後方に一歩退きながら、刀を上方に頭部、左肩を囲むようにして抜き取りながら敵の斬込み来る刀を摺り落すや、右横水平より、右足を踏込み、敵の左面に斬付け、更に刀を返して左足を踏込み、右肩に斬付け、尚も右足を踏込んで左胴に斬付け、更に左足を踏込んで敵右腰を一文字に斬払い、振り冠り、右足を踏込んで真向より斬下し、血振り、納刀する。」

檀崎先生の「惣捲」は大江先生の想定ですが足運びは歩み足です。

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