幻を追ってその8

2016年8月31日 (水)

幻を追ってその8何故そうする31抜打の抜き方

幻を追って
その8.何故そうする
31、抜打の抜き方
*「幻を追ってその8何故そうする」を思いつきに任せて書き連ねて一カ月たってしまいました。丁度大森流の抜打ですから今回でこの項は終了します。
 未だ英信流も奥居合も残っていますが、何れ気分が乗った時に稽古して何故を捜してみます。
 古伝が示している手法を知らなかった先生方に依って幾つもおかしな想定や動作が作られ「是が本物」と云って居るのでしょうが、古伝とにらめっこして直すものは直して置かなければ土佐の居合の意味が薄れてしまいます。
古伝神傳流秘書大森流居合之事11本目「抜打」
「坐して居る所を向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る尤も請流に非ず此所筆に及ばず」
古伝英信流目録大森流居合之位「抜打」
「原本に記載なきも之れにて十一本となる□□□置く」
*英信流目録の大森流居合之位は「以上十一本」です。原本に「抜打」の記載がないけれどあったのだろうと第12代林益之丞政誠は書き込んでいます。土佐の居合の古伝は神傳流秘書の写し以外にもう何処にもその痕跡は無いのでしょう、残念な事です。
 神傳流秘書の「抜打」は敵が正面より切って懸るのを、身を土壇と為し伸び上がる様にして刀を抜き上げ顔前頭上で受け流すや刀を返し受け流されてのめる敵の真向に上段から斬り下ろす・・。
 この抜打が土佐の居合の締めくくりでしょう。上泉伊勢守信綱より伝わり、大森六郎左衛門が第9代林六大夫守政に伝えた真陰流の極意だろうと思います。
 第17代大江正路先生の居合にはこの抜打の極意は伝わらなかったのか、演武に顕わせなかったのか堀田捨次郎先生の書く大江正路先生の「抜打」です。
「正面に座す、対座にて前の敵を斬る心組にて其正座の儘刀を前より頭上に抜き、上段に冠り、身體を前に少し出し、前面の頭上を斬る。血拭ひは中腰の同體にて刀を納む」
中山博道先生の居合の「抜打」は太田龍峰先生の居合読本大森流居合「抜打」
「意義:彼我互に接近して対座せる時不意に正面に向ひ斬り付ける動作である。
動作:正面に向ひ正坐す。彼我極めて接近しある場合を考慮せるものなるを以って抜刀に際しては成るべく右拳を前上方に向けて動かしつゝ、概ね前額の前方に至らしめ、刀尖を左上膊の外側に近く移動せしめつゝ刀を頭上に握り被る、次で直ちに両膝を開き刀尖が概ね地より二握り位の処に来る位に切り下ろす・・。」
*中山博道先生の居合は相変わらず闇討ち・不意打ちで土佐の居合心も伝わって居ない様です。
 当然夢想神傳流にも土佐の居合心は伝わらず、せいぜい「敵の殺意を感じ・・」との事です。
 従って上段から斬り下ろす場合の斬撃力ばかりに気をやって、両踵をくっつけて斬り下ろすとか、膝を浮かせて跳び込んで打ち下ろすとか、意味の無い音を立てたり、闇打ち・不意打ちの一方的な殺人を稽古している様です。
*無双直伝英信流正統正流でも同様に、正面の敵の攻撃に応じる極意業を失念しそうです。当代の解説によって稽古してみます。
 「腰を挙げながら刀刃を外向けに倒しつつ右斜め前方にスッと物打ちあたりまで出来るだけ床面に平に抜き出す。
 右拳を上に上げつつ刀を抜き取り、剣先を下げて左肩を覆う様にしながら右手我が顔前より頭上に持ち来たり上体を伸ばして双手上段となる(もし敵斬り込み来りてもその刀を受け流す気にて行う)・・・」と心持ちを形に留めていますが「正面に対座せる対敵の害意を認めるや・・」の心気の意義ですから、古傳の心持ちは伝わったとは言えそうにありません。
第20代河野百錬先生の昭和30年1955年発行の「無双直伝英信流居合兵法叢書第三章大森流居合之事抜打(P15)」に古伝の抜打は残されています。
河野先生はこの冊子を世に出すに当たり古伝を研究して「私の足らざる所を補足して呉れる様な熱意ある研究家を待つ次第である」と期待されていた筈です。
 それから61年経ってしまいました。
 抜打の動作を、一方的な不意打ちにしたり、飛び上がったり、音を立てたり、抜いて切るばかりの抜打では無い事を望むばかりです。
 コメントをいただいた「春風」先生の蔵に眠っておられたと仰るこの曽田先生から写しを送られ河野先生に依って発行された無双直伝英信流居合兵法叢書の教えが、小太刀之位から眼を覚まし、土佐の居合本来の神妙剣が、無双直伝英信流と夢想神伝流と共に八重咲となって、世界中が互に認め合い心豊かになる事を願い、信じた道を守り通す気魄をもって、腰砕けにならない修行をするばかりです。
神妙剣に就いては 2015年7月17日ブログにアップしてあります。
カテゴリーのトップ 「介錯口伝・他・神妙剣」の神妙剣を御参照願います。

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2016年8月30日 (火)

幻を追ってその8何故そうする30虎乱刀の足捌き

幻を追って
その8.何故そうする直立
30、虎乱刀の足捌き
*大森流の十本目「虎乱刀」は無双直伝英信流第17代大江正路先生の改変では「追風」です。
 夢想神伝流の山蔦重吉先生は「夢想神伝流居合道」で、「虎乱刀(追風)」と括弧書されています。
 注意書に「このわざは「追風」という名称でも判る通り、逃げる敵を風が追うように、スーッと攻めて行く姿で動作するところに特徴がある。」とされています。「追風」の業呼称は明治以降に大江正路先生が業名改変されたとされているそうですから、「追風」からイメージされていかにも古来からの呼称である様に解説するのは疑問です。
 「虎乱刀」ですから、古伝の「幾足も走り行く」を、虎の走る足裁きとして山蔦先生は最初に解説されているのでそれで充分でしょう。
 「腰をやや右にひねりながら、左足を、爪先を少し右側に向ける心持で前に出して、右足を踏出すとき、腰を左にひねり気味に抜刀する。猫(虎)などが獲物を狙うとき、こうした足の構えをするところから、虎乱刀と名付けたものであろう」業名と動作を連想させたいのはよくある気分ですが、何故そうするのでしょう。
 此処では左足を踏み出し、右足を踏み込んで抜き付け、更に左足を踏み出して上段に振り被り右足を大きく踏み込んで敵の正面を斬り下ろしています。古伝の「幾足も走り行」と、抜き付けの一刀だけとは「違うなー」と云った動作です。中山博道先生の居合も山蔦先生の動作と同じで、「すばやくやれ」と云っています。
古伝神傳流秘書の大森流居合之事では「虎乱刀」
「是は立事也幾足も走り行く内に右足にて打込み血震し納る也但し膝を付けず」
*大森流で唯一の立業です。逃げる敵、或はやや遠くに居る敵を「幾足も走り行く内に右足にて打込」のでしょう。抜き打ちの一刀だけで敵を制して血振り納刀を立ったままで行います。
英信流目録に残された「大森流居合之位」に於ける「虎乱刀」
「是は立てすかすかと幾足も行て右の足にて一文字に抜付け(払ふてもよし)かむる時左の足一足ふみ込右の足にて打込む血ぶるひの時左を右の足に揃納る時右の足を引納其時すねをつかぬ也」
此処では右足を踏み込んで一文字に抜付け左足を踏み込んで上段に冠り右足を踏み込んで打ち下ろして血振り納刀です。現代居合と動作は同じでしょう。
 英信流目録は安永5年1776年に第15代林益之丞政誠に依って「改之」められ、嘉永5年1852年に第15代谷村亀之丞自雄によって、書き写されたものを曽田先生が書写されたものです。
 古伝神伝流秘書は第9代林六大夫守政が第8代荒井勢哲より学び土佐に持ち返った居合を第10代林安太夫政詡が書き止めたのだろうと思います。それを下村派の山川幸雅が文政2年1819年に書き写し、神傳流秘書となっています。
 神傳流秘書の書かれた時期が良くわからないのですが、安永5年1776年は第10代林安太夫政詡が亡くなった年ですから、それ以前であろうと思います。
 第9代林六大夫守政は享保17年1732年に70歳で亡くなっていますから、第9代林六大夫が江戸から持ち込む時に伝授され亡くなる以前に第10代に伝授したとも考えられます。
 年代の特定と「改之」は何を改めたのか不明ですが、英信流目録は何かを改めて書かれたもので、神傳流秘書より半世紀以上後の伝書であろうと思います。
第17代無双直伝英信流大江正路先生の正座の部「追風」
「直立體にて正面に向ひ、上體を稍前に屈し、刀の柄を右手に持ち、敵を追い懸ける心持ちにて髄意前方に走り出で、右足の出でたる時、刀を首に抜付け直に左足を摺り込み出して上段に冠り、右足を摺り込み左足は追い足にて前面を頭上直立體にて斬り、刀尖を敵の頭上にて止める、血拭ひは右足を引き中腰のまゝ刀を納む。」
*現在の無双直伝英信流正統正流の追風とは、二刀目の打込みが右足を踏み出し斬り下ろし左足を追い足捌きに右足に引き付けている所、打ち下しの刀尖の止める位置が敵の頭上と云う事でしょう。
大江先生の居合は引き継がれていない部分が幾つか見られます。それは堀田捨次郎先生との共著とは言え堀田先生の見た習った時の方法を独断で書いて大江先生の校閲は無かったと思えてしまいます。
 それと業技法は、時に依り移ろうものと思うべきで、それは一人の師匠であっても昨日と今日は異なるのも当たり前と考えるべきでしょう。
*それにしても、虎乱刀、追風で足音高く追い懸けたり、突然足踏みを高くしたり、何間も離れた敵を追ったり、駈足だったり、如何にもらしいのですが、土佐の居合は人殺しを楽しむわけでは無いでしょう。
古伝英信流居合目録秘訣の上意之大事に「虎走」の要領が書かれています。
 「仕物抔云付られたる時は殊に此心得入用也其外とても此心得肝要也 敵二間も三間も隔てゝ座して居る時は直に切事不能其上同座し人々居並ぶ時は色に見せては仕損る也さわらぬ躰に向ふゑつかつかと腰をかがめ歩行内に抜口の外へ見えぬ様に躰の内にて刀を逆さまに抜きつくべし虎の一足の事の如しと知るベシ大事とする所は歩みにありはこび滞り無く取合する事不能の位と知るべし」
*何時誰が教えたのかスルスルと進んで突然ドタドタ足音をさせています。無双直伝英信流正統正流にもそんな当代が居られた時期もあったらしく今でも一部の者がやっています。これなど、土佐の居合の古伝上意の大事「虎走」が伝えられていれば、これ等は替え業であると知り得たでしょう。
 土佐の居合には元々追い懸けて切る教えが有りました。
 英信流居合目録秘訣の外之物ノ大事「逐懸切」
「刀ヲ抜我可左ノ眼二付ヶ走り行テ打込但敵ノ右ノ方二付クハ悪シシ急二フリ廻リヌキハロヲガ故也 左ノ方二付テ追カクル心得宜シ」
 この古伝の逐懸切と虎走、虎乱刀(追風)や、不意打ちの時でも掛け声を懸ける心得などが混線したと思われます。
 
 
 

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2016年8月29日 (月)

幻を追ってその8何故そうする29勢中刀の立ち上がり

幻を追って
その8.何故そうする
29、勢中刀の立ち上がり
古伝神傳流秘書の大森流居合之事九本目「勢中刀」
「右の向より切て懸るを踏出し立って抜付打込血震し納る此事は膝を付けず又抜付に払捨て打込事も有」
*右の正面より切って懸って来るので、右足を踏み出して立って抜付け打込む・・。
 どの様に抜付けるかは自分で考えろと言うのでしょう。
 敵は切って懸る、上段に構えてでも、青眼に構えてでも、切って懸る起こりに応じる方法は様々です。但し我は立って抜き打つのですから、敵は立って斬り込んで来ると解すべきでしょう。
 現代居合の師伝でやってみればいい、抜き付けは、甲手でも臂でも、胴を払おうと状況次第です。
 敵を抜き付けで制してしまえば、止めの打込みも敵がその場で倒れればそれに応じて、踏み出した足の儘で斬り下ろせます。
 しまったと後退するならば右足に左足を引き付けて右足を踏み込んで打ち下ろすのも、大きく退くならば左足、右足と歩み足で追い込んで斬るのも敵次第です。之が古伝の手附なのです。
 そして、立ったまま納刀します。
谷村亀之丞自雄先生直筆「英信流目録」の大森流居合之位「勢中刀」
「是も座して居る也少し右向の方より敵立て来る心持也我其時右の足より立ち一文字に払ふ也其儘かむり討込む也跡は血ぶるひをし左の足を右の足に揃納る時右の足一足引納る時すねをつかぬ也」
*英信流目録は神傳流秘書より少し限定されています。敵は立って打ち込んで来る、我も立ち上がり、右足を踏み込んで一文字に払うのでしょう。払う部位の特定は有りません。相手の状況次第でしょう。
 とにかく十分抜打ち、その儘振り被って打込めばいい、この時敵は後退するのかその場にすくんでしまうのか追い込むのかは敵次第でしょう。
 血振りで左足を右足に踏み揃えなければいけません。従って右足前で斬り下しています、左足前で斬り下してはいません。右足を引いて立ったままの納刀です。
 大江正路先生の「剣道手ほどき」による大森流居合九番「月影」(左斜に向き右真向に抜き付ける)
「前左斜に向き正座し、同體の儘右足を出し中腰にて刀を高く抜き付け、右敵の甲手を斬る同體にて左足を出しつゝ上段に冠り、右足を出して稍直立體にて敵の頭上を真向に斬り刀尖を胸部にて止む。血拭ひは右足を引き一番と同じ要領にて、刀を納む。但し直立の儘。」
*大江先生の場合は、左斜め前向きの正座です。無双直伝英信流正統正流もこの左斜め前向きに坐します、ついでに受け流しも右斜め前向きに坐します。
 中学生向きに真左より左斜め前向きの方が体裁きがやや容易ですから変えてしまったのか疑問です。
 斬り込んで来る敵の甲手を敵に振り向き中腰になって右足を正面に踏み込んで抜き付けます。
 敵が後退するのを歩み足で追い込んで打ち込んでいます。此処での何故は「敵の頭上を真向に斬り刀尖を胸部にて止む。」。
 大江先生の系統でどこもやっていない様な、切り下ろしの刀の止める位置です。これでも充分な斬り下ろしでしょう。師伝を守らないのは昔からこの流の癖の様です。それとも文章が苦手で説明不足によるのでしょうか。
 大江先生の居合は剣道の教本を書かれた堀田捨次郎先生です。大江先生の居合が動作では胸までしか斬り下していなかった様に見えたかも知れません。
中山博道先生の居合は太田龍峰先生の「居合読本」の大森流居合「勢中刀」
「意義:右側面より斬り来る敵の前腕を斬り続いて之を追撃する動作である。
動作:正面に対し左向きに正坐す、左膝を軸として九十度右に旋回し右足を約一歩踏み出すと同時に中腰にて抜刀し刀先を稍々左にし刀刃が僅かに斜右に向ふ如くし敵の前臂を切る心持ちにて握り締む。次に左足を右足に添ふると同時に右足を踏み出しつゝ刀を頭上に振り被り右足が地に着くと同時に斬り下ろして初発刀に於ける血振りをなし、刀を納む。」
*中山博道先生の場合は左向きに坐しています。中途半端な向きで座らないのは稽古としては良いかも知れません。「左膝を軸として九十度右に旋回し右足を約一歩踏み出すと同時に中腰にて抜刀し、の部分は同時進行でしょうが、左膝を軸として九十度右に旋回してから中腰になりつつ刀を抜き出し右足を約一歩踏み出して中腰で抜き付ける、でしょう。
 敵の前腕を斬ると意義では云っていますが、動作では「敵の前臂を切る」ですから「右腕のの肘」でしょう。右足に左足を継いで右足を踏み込んで後退する敵に斬り下ろしています。
*勢中刀の座した状態から立ち上がって敵に抜き付ける場合、右に回転し、立ち上がり、抜き付ける動作はこれ等の解説では不十分です。これ等を補い判り易い動作を解説されているのは当代です。
 「左手鍔に掛け鯉口を切り右手を柄に掛ける。左膝を右膝に引き付け、僅かに腰を上げながら両爪先立つと共に腰を浮かした状態にて右膝を浮かせ、我が上体を正面に向けつつ、更に右膝を上げ、正面に向け、我が柄頭を対敵の人中胸元につけると共に刀を抜き懸ける。
 腰をその場にて上げつつ中腰となりながら更に抜き懸けていく。対敵間合いに接するや否や抜刀しその両内甲手に右足を一歩踏み込んで斬り付ける」(当代の解説書より一部補足)
*勢中刀(月影)の初動で敵が斬って懸ろうとするのに、敵を見る事もしないで、刀に手をかけ、我が上体を正面に向けてからようやく敵に眼を付ける様な初心者の居合を見て居ました。
 「何故敵を見ないのか」と問うと、「古参の誰々に指導された」と言います。
 「敵が抜刀して斬り込んで来るのに敵を先ず見るのが常道でしょう、何か理由を聞きましたか」「・・・・」さて現代居合の盲点です。
 「いつ敵を認識し、いつ敵を見るのか聞いて置いてください」
 当代の月影の解説書では、正面に上体を向けた時に敵に眼を着ける様な感じで、眼付けの「時」が不明瞭です。
 斜め左向きに坐して居ますから、正面から仕掛けて来る敵は略見えています、「左膝を右膝に引き付け」ますと更に視界は敵を捕えやすくなります。上体を正面に向けつつ眼線が敵をしっかり捕えればいい、とも言えるでしょう。
 敵の動きを直視する事無く捕え乍ら、敵に思う様に打ち込ませ、ここぞという瞬間にヒシと抜き打つならばそれもあろうかと思います。
 然し、・・指導した者も、された者も形を真似るのが精一杯です、余程の修行が必要でしょう。
 当代の解説書では、受流は「・・・左手鍔、右手柄に掛けるや、腰を上げ爪先立つと共に攻め来る敵の方に我が顔を向け対敵を見定めつつ・・・」と有ります。
 同様に附込でも「対敵を見定めつつ左手鍔に、右手柄に掛け鯉口を切りて・・」と敵に眼付けがきちんと行われています。
 

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2016年8月28日 (日)

幻を追ってその8何故そうする28逆刀の残心

幻を追って
その8.何故そうする
28、逆刀の残心
*中山博道先生の居合では大森流の逆刀は敵を追って歩み足で斬り付けて行きます。同じ逆刀を大江正路先生の附込では追足(継足)で斬り付けています。
細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の「逆刀」
「右足を出し乍ら刀を抜き、左足より更に一歩後方に退き、足をふみそろへると同時に刀を左方より真向に振り冠り右足を出して敵の正面を斬り、左足を右足に引きつけ(継ぎ足にて)更に右足を踏み出し中腰となり倒れたる敵に斬り付く。
 次に左足を(中腰のまゝ)右足に引きつけ、一足となりたる後右足を引くと同時に刀を上段に構へ、残心を示し刀を下ろすと同時に右膝を座につく。
 右手にて逆手に柄を持ち替へ(留めを刺したる意)左手は掌を上にし、人指指の外側に刀の棟を接し引き上げて血を流す。
 血を流したるまゝ左手を鯉口の所に持ち来り刀を納め終り右手を膝に添へ立姿となり、左足に揃へ一足となる。」

 「残心を示し刀を下ろすと同時に右膝を座につく。」これではどの様にしたらよいか不明です。
中山博道先生の残心納刀は聊か違います。
「・・直ちに右足を約一歩後方にひくと同時に刀を頭上に振り被り、残心を示し、然る後、徐々に右膝を地につけつゝ刀を下ろし右手を逆手に成る如く握り換へ左手を放ち刀を逆手に持ち左手を刀尖に近き部位の刀背に添へ、止めを制す心持ちにて刀を僅かに上方にひき、以下、流刀に於ける納め刀の要領により刀を納む。」
*中山博道先生の「右膝を地につけつゝ刀を下ろし右手を逆手に成る如く握り換へ」も此処では白石先生と違いは無さそうです。
 大江先生の場合は
「・・右足を後部へ引き、中腰となりて更に上段構を取り、敵の生死を確かめつゝ残心を示す、此残心を示したる體勢より自然前方へ刀を下して青眼構となる、此時は右足の膝を板の間につけ、左足の膝を立て全體を落す、更に同體にて右手を逆手となし、刀柄を握り、左手は左膝の上に刀峯を乗せ血拭ひをなし刀を逆手の儘同體にて納む。」
*大江先生は刀を下して青眼構えと為ります。之は現在の無双直伝英信流正統正流に引き継がれています。白石先生も中山博道先生も「刀を下ろし」で説明不充分です。
 此処は戦後の夢想神傳流、山蔦重吉先生は
「・・刀を左諸手上段にとる。刀を、敵をおさえこむ心持ちで、倒れた敵の上に下す。右手を柄よりはなし、逆手に持ちかえ左手の人差指の第一関節あたりを、刀の物打あたりの峯に添え、とどめを刺す心持にて、右拳が右肩前に来るまで右肘を張って刀を引き上げる。
 そのままの折敷いた姿勢で、刀を右逆手で握ったまま、刃を外向きにたいらにして自分のへその前に横一文字に構える。左手にて鯉口を握りまっすぐに引き出して、刀の峰に鯉口を当てる右拳を右に引いて納刀する・・」
*「刀を下ろし」の部分が強調されています。納刀法は能く整えられて居る様です。
先代の無双直伝英信流と似ています。
 当代は「・・右膝を床に着けて正眼に構える。正眼に取りたるまま剣先を動かす事無く右手を逆手にして柄を握り変え、左手を柄より外し、鍔を下から受け右手を右に返すや左手は刀の棟に沿いずらしながら左膝の上に持ち来たると同時に右手を右肩前に引く。一瞬、間を置いて左手を棟に沿い刀身の中央に向けて滑らしながら柄頭を下に落として把持し、左手で鯉口を持ち、鯉口を鍔元三~四寸の処の棟に持ち来たり、右斜前方に刀を引きて納刀する。」
 この納刀は切先が左肩の上方に向かい刀身が立った見事な残心となるのですが、夢想神傳流の様な平に刀身を置いて納刀する事に慣れた人には厄介な様です。無双直伝英信流の納刀の教えに無いとか、古流にないとか「イチャモンを付けている古参」は多い様です。
 古流剣術の納刀の形としては、香取神道流や神道無念流、立身流などに普通に行われています。寧ろ20代河野先生や21代福井先生の中途半端な切先上がりの形を正したと言えるものです。
 
 
 
 

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2016年8月27日 (土)

幻を追ってその8何故そうする27逆刀の附け込み

幻を追って
その8.何故そうする
27、逆刀の附け込み
古伝神傳流秘書の大森流居合之事八本目は「逆刀」です
 第17代谷村派大江正路先生は之を「正座之部八本目附込」とされて居ます
 中山博道先生は古伝のまま「逆刀」です。
 戦後立ち上げられた夢想神伝流では檀崎先生は「逆刀(附込)」、山蔦先生も「逆刀(付込・追斬)」と括弧内に大江先生の無双直伝英信流を認め、正統正流を離れたくない様な自信の無さを見せて居る様です。
 大江正路先生は、土佐の居合の下村派下村茂市先生の門人でしたが、明治維新の始めに下村茂市先生が亡くなり、大江先生も土佐を後に職を求めて歩かれた様で、土佐に落ちついたのは谷村派の第16代五藤孫兵衛正亮先生が亡くなる少し前の事のようです。
 大江正路先生が改変されたと云う土佐の居合の大森流の業名の不思議は理解出来ませんし、奥居合などは全く変な事になっています。
 しかし、今日有るのは、大江正路先生とその門人の方達の努力によるのでしょう。第20代を土佐以外の河野百錬先生に譲られ土佐の剣士は悔しがって傍系宗家を立てたりして自己顕示した様ですがはかない夢物語です。
 土佐の居合は、17代大江正路先生や18代穂岐山波雄先生、細川義昌先生や中山博道先生によって大きく羽ばたいていて、土佐の感情論では対抗不能だったと思われます。
中山博道先生の逆刀の附け込み
「正面に向ひ正坐す。右足を約一足長前方に踏み出すと同時に半ば刀を抜き、左足を僅か後方に引きつゝ立上り同時に右足を左足にひきつけて刀を頭上に振り被る。
 次いで右足を一歩前に踏み出し刀尖を胸の高さ位まで切り下げ続いて左足より二歩前進して、刀を再び頭上に振り被り右足の地につくと同時に斬り下ろす。
 この時に於ける着眼は一間位前方の地とし、刀尖は腰の附近位切り下げ左足を右足にひきつけ、直ちに右足を約一歩後方に引くと同時に刀を頭上に振り被り、・・・」
*敵の打ち下ろす刀を、立ち上がりながら刀を抜き、左足を引き右足を左足に引き付けて我が体前に外してしまい即座に上段に被って敵の顔面から胸まで右足を踏み込んで斬り付ける。
 左足を一歩踏込み後方に退く敵を追って上段に振り被り、右足を一歩踏み込んで斬り下す。追い込む足捌きは歩み足です。
古伝神傳流秘書の「逆刀」
「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切右足を進んで亦打込み足踏揃へ又右足を後へ引冠逆手に取返し前を突逆手に納る也。」
*古伝は、附け込んで行くには、歩足なのか、副足・継足・追足なのかは敵との間合いに依ると「おおらか」に特定せずに示されています。二刀目の斬り下しの時右足に左足を踏み揃えています。
大江正路先生の「附込(俗に追切)」
「・・右足を少しく前に踏み出しつゝ、刀を抜き、刀尖の鞘に離るゝ時頭上に冠り、右足を左足に引き揃へ、直立體となり、右足より左足と追足にて前方へ一度は軽く頭上を切り、二度目は頭上を同一の體勢にて追足にて斬る、此體勢より右足を後部へ引き、中腰となりて更に上段構を取り・・」

*大江先生は追足裁きで、後退する敵に附け込んで行きます。追い込んで行く足捌きは良いのですが、「亦打込み足踏揃へ」の動作が見られません。
 二刀目は左足を右足に踏み揃へ両断する程に斬り下す、倒した敵にグット近づく様に見定め、右足を退いて大きく上段に構えたい処です。
 土佐の居合らしい見栄を切るところでしょう。
逆刀に付されている大江先生の「追切」、山蔦先生の「追斬」は古伝神傳流秘書には見られない業名です。似たものを捜しますと、抜刀心持之事の立業に「追懸切:抜て向へ突付走り行其儘打込也」と有りますが逆刀では有りません。
 土佐の居合の伝承は、門外不出の為に埋もれてしまい、伝書が世に出たとしても誰も教えられずに、河野百錬先生が無双直伝英信流居合兵法叢書を発行しても時の先生方すら読まれたかどうか本箱の隅に置き捨てていたのでしょう。
 現代居合人の多くは、師匠の教え以外は思いもよらず、他の教えを批判するばかりです、他の先生の動作を稽古して良い処を受け入れる、「能く聴き・能く視・能く読み・能く考え・能く稽古する」本物は少ないようです。
 そんな事をしていれば、道場を追われ連盟を追われてしまうと思っているのでしょう。本物を求めれば居場所など幾らでもあるものです。
 そんな事では武術修行をしているのだとは言えず、他人の真似事に終始し、「反復依存しているだけ」に過ぎないでしょう。
 武術修行と武道修行との違いを、述べる積りは有りませんが、何の為に道場に立って刀を抜いているのでしょう。
 河野先生は自ら修行し、本物を求め古傳に出会ったかも知れません。しかし宗家と云う立場がそれを許さず、無双直伝英信流居合兵法叢書に想いを托されて逝かれたかもしれません。
 「河野先生に直に習ってもいないお前に何が判る」と直に演武を拝見したり習った方は仰るでしょう。
 直に習って居れば聞くことが無かった事が、残された著書に示されているものです。
 

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2016年8月26日 (金)

幻を追ってその8何故そうする26介錯

幻を追って
その8.何故そうする
26、介錯
*現代居合では、第17代大江正路先生が改変されたとして、古伝神傳流秘書にある大森流の7本目「順刀」が「介錯」と改名されています。
 介錯ですから、切腹の苦しみを首を斬って無にする作法で頼まれてするものであった様です。
然し古伝の業名は「順刀」です。順ですから順手で刀を右上から左下へ切り下ろす刀法を一般に云います。
 現代居合の無双直伝英信流正統正流の介錯の作法では、首の皮一枚残して斬り、体が後へ倒れない様にする秘術であると言われています。
 土佐の居合の介錯は、首の皮一枚残しての介錯の困難さから「介錯口傳」としてその引き受ける際の秘伝を伝えています。
先ず古伝神傳流秘書大森流居合之事「順刀」
「右足を立左足を引と一処に立抜打也又は八相に切跡は前に同じ」
古伝、英信流目録による大森流居合之位「順刀」
「是は坐している前のものを切る心持なり我其儘右より立すっと引抜かたより筋違に切也是も同じく跡はすねへ置き逆手にてとり納む也」
*この古伝の手附から介錯は思い描けないのですが、師伝として正座の部介錯をやっていますと首を斬る介錯がダブって首を斬る業であろうと推察してしまいます。
 神傳流秘書は「右足を踏み立て刀を抜き上げるや真向に打ち下ろす、又は袈裟に切る」のでしょう。
 英信流目録は、「前に座して居る者を切るには、我は右足を踏出し立ち上がり、刀をすっと引抜き右肩に取って袈裟に斬り下ろす。此処では筋違に斬る」、いわゆる八相に構えて袈裟に切る」のでしょう。
 介錯と指導されていなければ、立ち上っての抜打ちになりそうです。
1、介錯口伝
 古代には介錯をこのまず其故は介錯を武士の役と心得べからず死人を切るに異らず故に介錯申付らるゝ時に請に秘事有り介錯に於ては無調法に御座候但し放討ならば望所に御座候と申すべし何分介錯仕れと有らば此上は介錯すべし作法に掛るべからず譬切損じたりとも初めにことわり置たる故夫に非ず秘事也能覚悟すべし

2.紐皮を掛る
 他流にて紐皮を掛ると云う事
仰向に倒るゝを嫌てひも皮を残すと云う説を設けたる見えたり當流にては前に云所の傳有故に譬如何様に倒るゝとも失に非ず其上紐皮をのこす手心何として覚らるべきや當流にては若し紐皮かゝりたらば其の儘はね切るべしさっぱりと両断になし少しも疑の心残らざる様にする事是古伝也


*土佐の介錯は首を斬り落としなさい、他流の作法などに捉われずに事前に「無調法」と断れと云っています。
 河野百錬先生はこの「介錯口伝」の教えを、戦後に知ったのでしょう。知って居れば紐皮を残す技などと言わなかったかも知れません。
 中山博道先生の居合を書いた太田龍峰先生の居合読本(昭和9年発行)に刺激されて紐皮を残す介錯を取り込んだ様です。戦中に実際に斬首した人の話しなどを聞き現在の介錯となったのかも知れません。

*居合読本」を読んでみます。
「介錯に就いて:介錯の方法は介錯者と被介錯者との身分関係に依り作法を異にするのである。即ち被介錯者長上なる時は大上段に振り被り、同輩なる時は、八相に構へ肩附近より行ひ、軽輩なる時は右手に提げたる位置より片手若くは両手を添えて行ふを例とす。

 介錯と云ふも斬首と云ふも共に首を斬る事なれ共、介錯は咽喉部の皮を残して斬る点に於て斬首と異なり。斬首とは刑の場合に行ふを云ふのである。
介錯の時機:
イ、被介錯者が三宝上の短刀を取らんとし、稍々上体を前に傾け首の伸びたる瞬時。
ロ、左手を以って三宝を後方に移さんとして首が前に伸びたる瞬時。
ハ、短刀を腹に突き立てたる瞬時。
二、腹一文字に搔き切り而て後十文字に引き上げたる瞬時。
ホ、切腹終了後再び短刀を三宝上に置く瞬時。」
*現在行われている様な、何処を斬っているのか目標の当てもなく、刀を元気に走らせている様な空間刀法でどこまでやれるのか疑問です。
 動くものを寸刻みに、抜き付ける程の稽古もある時期やってみる価値も有りそうです。
 正座の部の前の斬り下しで、何時どこ止めるのかもわからずに、刀を止める事に気が行き過ぎるのか、手の内を締めすぎて、切先が上下に3寸ばかりぶるぶる動いてしまう自称名人の高段者がごろごろです。
 稽古不足もあるでしょうが、身の程をわきまえない長く重い刀を自慢げに持つ事と刀を留める為に手の内を締める心得違いによるものです。
 そんな事では首は切り落とされているでしょう。
 
 

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2016年8月25日 (木)

幻を追ってその8何故そうする25受流した敵を斬る2

幻を追って
その8.何故そうする
25、受流した敵を斬る2
*受け流しは、受けて流す、流れた処を切る。ので摺落すのとは基本的に違う筈です。敵刀が当たった時には既に摺落されているのと違って当たり拍子に流すテクニックを使って敵の攻撃を利用して反撃するものだろうと思います。
 「厳然と受けて」から流すとか、受けずに「摺流す」とか、「逃げ流す」のとは異なります。当り拍子の受け流しを稽古してみます。
1、昭和40年1965年乃村凱風先生の無双直伝英信流居合道の参考による「正座(通称大森流)六番受流」
「右斜に向い正座、敵が我頭上に切込み来るを知り左足を右斜前に踏み出すと同時に刀を其方向に抜き次に右足を右後に軽く引き敵刃を左頭上に受け体を沈めてこれを受流し左足を其まゝの位置にて斜左に向きを踏み換え其左足に右足を揃えて踏みしめると同時に敵首に斬り下ろす。・・」
*野村凱風先生は無双直伝英信流第18代穂岐山波雄先生の直伝とされて居ます。第21代宗家を決める際、土佐に宗家を戻そうとされた一人で石川県金沢で指導されていた先生です。
 大江先生の「剣道手ほどき」とほぼ似ている文言の動作です。
「・・右斜横に左足を踏出し中腰となりて刀尖を少し残して左膝に右黒星を付け抜き(意味が解かりません?)、足を體の後ろに出すと同時に残りが刀尖を離れて右手を頭の上に上げ、刀を顔面にて斜めとし刀尖を下げて請け流し、右足を右横へ摺り踏みて左足に揃へ、左斜向きに上体を変へ稍や前に屈し、刀刃は右手にて左斜の方向に敵の首を斬り下し、・・」
どちらも手附けは記述が不十分ですが、野村先生の「敵刃を左頭上に受け体を沈めてこれを受流し」の処などは微妙な体裁きです。
 独特の「体を沈め」に依る動作です、大江先生、穂岐山先生の居合を、野村先生は直に見ておられるのですからこの師伝を継がれている居合は大いに参考になる筈です。
2、昭和49年1974年政岡壱實先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻「正座の居合の抜き方と心得六本目受流(流刀)」
「目的:半ば右向に座す処へ、正面(左斜前)から切り下ろされるので、体を沈めつゝ抜刀し、肩口に来た刀を受流し、敵の体が前に流がれる肩へ真上から切り下ろす動作。
1)左右の手を同時に柄にかけるや左足を足先が左に向く様、右膝頭の右前にふみ、柄を左踵近くに下げつつ腰を上げて、体を沈めたまま切先が少し残るまで一気に抜く(この時抜きはなすと剣尖が落ちるからわずかに残す)。
2)上体は、この姿勢のまま右足を右後ろに開くと同時に、右手を頭の右上に運んで刀をぬきはなし、剣尖は斜に下げたまま左肩前にとり、打ち下ろされる時体を起して後にそり返りつつ刀を上げて受け流す。この体を沈めて抜いてから受流すまでは体と刀は同時に起き上がる。受流す時体を後ろにそらせるので左足は自然にあがる。
3)受流す時刀の動きは止まることなく、剣尖を後ろにまわしつつ体を起して左足をふみつけると殆ど同時に右足をふみ揃えながら真上から切り下ろす。この時の体勢は、受流すために後ろにそっているのでふみ出すことが出来ないから、両膝頭を合せ腰は曲がるほど落し、上体はやや前かがみとなり、両手は出来るだけ前にのばし投げ出す気持で肩に切り下ろす。・・」
*受け流しは、まだまだ蘊蓄を傾けた教書が有ります。其の外に師伝と称して消えてしまうメモなどあるでしょう。口伝口授で消え去るものもありそうです。
 此処に登場せず手元にある戦後の「受け流し」の解説をされた教書を上げておきます。
昭和43年1968年加茂治作先生の「居合道入門」
昭和54年1979年後藤美基先生の「居合道の理論」
昭和55年1980年平井阿字斎先生の「居合道秘伝」
昭和58年1983年福井虎雄先生の「無双直伝英信流居合道」
昭和59年1984年岩田憲一先生の「師伝芥考土佐の英信流」
昭和60年1985年紙本栄一先生の「師・中山博道先生口述夢想神殿流居合」
昭和61年1986年三谷義里先生の「詳解居合無双直伝英信流」
平成元年1989年香山会の「幽芳録」
平成14年2002年岩田憲一先生の「古流居合の本道」
平成14年2002年山越正樹先生の「京都山内派無双直伝英信流居合術」
平成16年2004年南野輝久先生の「4無双直伝英信流居合覚書」
平成17年2005年池田隆聖昂先生の「無双直伝英信流居合道解説」
平成19年2007年松峯達男先生の「居合の研究夢想神伝流」
平成26年2014年石堂倭文先生の「道理を愉しむ居合道講座」
平成26年2014年江坂聖厳先生の「無双直伝英信流居合道入門」
平成28年2016年福留麒六先生の「土佐英信流居合」

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2016年8月24日 (水)

幻を追ってその8何故そうする24受流した敵を斬る1

幻を追って
その8.何故そうする
24、受流した敵を斬る1
*前回は、昭20年以前の大森流(正座の部)の「流刀・請け流し・受け流し」の座す方向、敵の攻撃して来る方向、受け流しの動作を手許にある教本から稽古してみました。
 もっと多くの動作があったのでしょうが、文字に書き、活字本にするのは難しかったと思います。
 特に動作だけが頼みの人には、文字にも残せない、残せるような門人も近寄らないそんな循環があるようで、その術は幻の彼方です。頑張って就いて行ったけなげな人も「形」を真似るのが精一杯と云ったところでしょう。
 今回は、戦後の先生方の出版された教書に依る受流しです。出版年に沿って掲載します。
1、昭和32年1957年初版、昭和35年1960年再版政岡壱實先生の無双直伝英信流居合道 天之巻「正座の居合六本目 請流(流刀)」
「右斜坐(約15度)
1)左足を右膝の右前に出し、体を前にまげ、柄を左足の踵の近くに出し、腰を上げつつ刀を抜く。(次の動作の始に剣尖が前に出ない為、抜きはなさないで次の動作にうつる気持)
2)体をおこし低い姿勢で柄を頭の右上にとり、右足を右に開き(上達すれば此の足をふまず)剣尖は左肩の外にして右足をあげ体をそらして請流す、流し終れば刀を直後にまわす。
3)体をおこしつつ左足を元の位置にふみ、同時に右足もふみそろえ、腰を退いたまま上体を少し前にかけて、諸手で真上から肩に斬り下す。・・」
*この動作は、前回の山本俊夫先生の覚書の動作の様です。請け・流し・打ち下しの動作が一拍子で出来れば良いのでしょう。
2、昭和43年1968年制定された全剣連居合の三本目受流(紙本栄一先生の「全日本剣道連盟居合」昭和56年発行より)
「意義:左側に座った相手が、突然、立って切りおろしてくるところを、立ち上がりながらその刀を受け流し、相手の左肩口から袈裟に切りおろして勝つ。
動作:正面から右向き(正面を左にする)に正座し、左の相手に振り向き、同時に、刀に両手をかけるや腰をうかせ、右足つま先を立て、腰を伸ばしながら、左足をやや右寄りに踏みこむ(このとき足先を外側に向ける)と同時に刀を胸もと近く、頭上前方に抜き上げ、刃を右斜め上方に向け、切先をうしろ下がりにして受け流し体勢となる。・・つづいて、右足を左足の内側に踏みこんで立ち上がりながら(相手の打ちおろした刀を受け流したはずみに)、切先をうしろから右上方へ回し、相手に向き直りつつ左手を柄にかけ、刀を止めることなく、左足を後方に引くと同時に、相手の左肩口から袈裟に切りおろす、・・」
*当初の全剣連の制定居合の手附が有りませんので紙本先生の教本をお借りしました。
平成18年改定の全日本剣道連盟居合(解説を)併記しておきます。
要義:左横にすわっていた敵が、突然、立って切り下ろしてくるのを「鎬」で受け流し、さらに袈裟に切り下ろして勝つ。
動作:正面から右向きに正座する。正面(左横)の敵に振り向くと同時に両手をすばやく刀にかける。間をおくことなく、腰をあげて右足爪先を立て、腰を伸ばしながら左足を右膝の内側に足先をやや外側に向けて踏み込んで刀を胸元近く頭上前方に抜き上げると同時に立あがり、右足を左足の内側に踏み込んで敵の打ち下ろした刀を受け流す。
註1、刀を抜き上げたとき、刃先は後ろ斜め上に向けて切っ先を下げ、刀で上体をかばった姿勢となる。
受け流した勢いで切っ先を右上方へ回して敵に向き直りながら左手を柄にかけ、刀を止めることなく左足を右足後方に引くと同時に敵の左肩口から、「袈裟に切り下ろす」。
注1、袈裟に切り下ろしたとき、左拳はへそめで止め、切っ先は水平よりわずかに下げ、やや左となる。・・」
3、昭和44年1969年檀崎友影先生の「夢想神伝流居合初伝大森流(正座之部)其の六流刀(受流し)
「意義:吾が左側正面の敵、立ち上って、吾が頭上に斬付け来るを左に受け流し、直ちに、正面に向き直り其の腰に斬り付けて勝つの意である。
動作:正面に対し右向きに正座し、敵吾が左側より頭上目掛けて斬撃し来るに対し、敵に注目しつつ、刀に両手を掛け、前方に抜き、引き手をきかせて、上体を正面敵に相対し、右手肘をのばして厳然と受け止む、同時に、左足踵を右足膝頭に、一足長「トン」と踏み出す、(之の時の刀は、刃を横表棟にて受ける心持ちに刀先を水平よりやや下ぐる様にする)次に右足を前横に「トン」と踏み出して流す、この時の刀は、受け止めた時の線で、肘は右脇に、拳は右肩先、首の後方にとり、刀先はやや下りて、中腰の構えとなる、次に左足先を敵方に向け、同時に体を敵面に転向し、左手を添えて、右足外、小指側を、両足爪先きを開く様に「トン」と踏付け斬付ける、之の時、両足を前横に約八十度位開き曲げ両腕肘を延ばし、刀は水平、刀刃は左斜下向きになる、・・注意 イ)受け流す場合下半身は、正面より右向きに、上半身を正面敵側に向く、ロ)受け止めると同時に左足踏付けの「トン」と流して前横に踏付ける右足の「トン」と斬付けた右足の「トン」とは「トン」「トン」「トン」の三拍子を連ね行うものとする。
*全剣連制定居合の受流しは、当り拍子に右足を左足に踏み揃え受け流し、左足を引いて切り付けています。
 檀崎先生は、敵刀を「厳然と受け止む」ですから受け太刀になる、同時に左足を右足膝頭に踏み込むのですから、手で止めている感じになり易い、下から突き上げて受け止めるのが弱い筈です。それから左足先を敵の方に向け、次に右足を前横に{トン」と踏み出して、受けていた右肘を右脇に下げ、拳を右肩先に首の後方に取って中腰となって受け流すのです。
 次に左足先を受け流された敵に向け、右足を踏替えて左足に添わせ敵の腰に斬り下ろすのでしょう。
 全剣連との違いは、請け太刀であること、受け流しは、請けて落す、斬り付けは両足そろいです。 
4、昭和48年1973年坂田敏雄先生の無双直伝英信流居合道入門「正座の部(大森流)六本目受流(流刀)」
「理合:右斜に向って正坐している我に対し、敵が不意に立ち上がって左側面から頭上に斬り付け来るを受け流し、直ちに左に体を転じ敵の首に斬り下す業である。
技法:正面に対し右45度の方向に向き正座し、左側面より敵立ち上がって、我が頭上に切り込み来るを感知し、直ちに左足を右膝の前に約半歩踏み出し同時に刀の刃を上にして、水平に抜きかけ続いて立ち上がり乍ら刀先三寸まで抜き直に右足を右斜後方にさっと引き乍ら抜き放ちて前額部の高さに振りかざし、刀の鎬で敵刀を受けるや体を沈めて刀先を後方に廻しつつ敵刀を摺り流し、左方即ち敵の方向に体をひねるが如く回転し、右片手上段となり左足を其のままの位置で足先を敵の方向に踏みかえ、すかさず右足を左足に踏み揃える。(トトンとすばやく)此の右足を左足に踏み揃える瞬間前のめりになった敵の首に両膝を屈して、斬り下すのである。但しこの場合左手は斬り下す途中胸の前で柄を握り諸手となる・・」
*坂田先生は北海道の先生で、初め夢想神伝流をやっていたが、全剣連居合の講習会で政岡壱實先生、山本晴介先生に出合い無双直伝英信流に転向されています。
5、昭和47年1972年山蔦重吉先生の夢想神伝流居合道初伝大森流正座六本目流刀(受流し)
「自分の左側約1.5mはなれて自分と同方向に向って坐っていた敵が(不意に左側より斬撃してくる敵を想定してもよい)立上がり、自分の頭上に斬り付けて来る。
 その敵の刀を、自分の刀にて左に受流し、敵が前にのめるところを、正面よりやや左に向きなおり、敵の左腰を鞘ごと斬るわざである。
動作:正面を左にして正座する。敵の気配を感じるや、頭を左に向け着眼する。敵が自分の頭めがけて、斬下してくるのに対し、左足を右前方に一足長(足幅)「トン」と踏み出す。
 右手で柄を横上方から握り、すばやく抜刀し上体を敵に向け右手肘を伸ばして、刀を左肩前上に付き出す。(水平より刀先がやや下るように)左引手を充分に利かせ「ガチン」と敵刀を、自分の刀の鍔元20cmあたりの鎬で受け止める。
 敵刀を受けたとき右肘はつっぱらず、ややゆるみを持たせる。
 右足を右前横(約45度角)に、中腰になるよう立上がりながら「トン」と踏み出して敵の刀を受流す。敵刀をはずす動作は、自分の刀で受止めた姿で、右肘を右脇、右拳を右肩先にもって来て、自分の刀を首のうしろに水平になるように担ぐことになる。
 前のめりになった敵に、左足先を向け(敵の体勢によって正面よりやや左向きになる)右かかとがひだりかかとに着くよう「トン」と踏み込む、」柄を左手に添え、諸手で敵の腰)鞘ごと)に斬付ける。・・」
*この山蔦先生の受流しは檀崎先生の受流しに似ていますが、左足を踏出すタイミングが違います。右肘を突っ張らずに敵刀を受けています。檀崎先生は、厳然と右肘を突っ張って受け留めています。「トン」の拍子は「トン」-「トン」「トン」で少々違います。
 昭和の40年代から以降幾つも教本が書かれ始めていますからしばらくそれをじっくり稽古して行きたいと思います。
 
 

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2016年8月23日 (火)

幻を追ってその8何故そうする23受流の敵

幻を追って
その8.何故そうする
23、受流(流刀)の敵
*受流の敵は我が座した左側から攻撃して来る設定の様です。そこで道場の正面に対し何処を向いて座すのか、敵は何処から来るのか、我は敵を認めてどうするかを先生方の教本に依って考えてみます。
1、古伝神傳流秘書「流刀」
  「左の肩より切って懸るを踏出し抜付け左足を踏込抜請に請流し・・」
2、古伝英信流目録
「・・左横脇より敵討ちかゝり来る也其時我は左の足を立・・前へふみ出し横に請流す・・」
3、第17代谷村派大江正路先生「剣道手ほどき 請け流し」大正7年1918年
「(右斜向きにてもよし)右向きとなりて・・右斜横に左足を踏出し・刀尖を少し残して左膝に右黒星を付け抜き、右足を體の後ろに出すと同時に残りが刀尖を離れて右手を頭の上に上げ刀を顔面にて斜として刀尖を下げて請け流し・・」
4、中山博道先生大正11年1922年陸軍戸山学校指導メモ河野大尉「流刀」
「右向に正坐す、頭を左に向け左足を約一歩前に踏み著くる間に右手を以て柄を上から握りて抜刀し頭上を目懸けて斬撃し来る敵の刀を左肩の後方に受け流す・・」
5、河野百錬先生の「無双直伝英信流居合術全 受流」昭和8年1933年
「正面より約15度位右向きに正坐し、例により柄に手を掛け腰を浮かして左足を右前に(正面より20度右)踏み込み、刀を抜きつつ差表にて冠り左に受流す・・」
6、中山博道先生の居合で大田龍峰先生の「居合読本 流刀」昭和9年1934年
「正面に対し右向きに坐す。頭を左に向け左足を約一歩前にふみ著くる間に右手を以て柄を上方より握り抜刀し頭上を目がけて斬り来る敵の刀を左肩の後方に向け流す心持ちにて動作す。・・・」
7、細川義昌先生の系統と思われる白石元一先生の「大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引 流刀」昭和12年1937年
「(左側の敵が我に斬り付け来るを受け流し斬る意)正面を左して座し、刀を抜き乍ら左足を出し、刀を頭上稍左に振り冠りて受け流し、刀は右肩に担ぎたる姿勢となる・・」
8、山内豊健・谷田左一共著「図解居合詳説 受け流し」昭和13年1938年
「右斜に向って正座する。右向きでもよい。左側に居る敵が我が頭上に斬り込み来るので、左手右手と柄に手を掛け、両膝頭を閉じ、両爪先を立て、左足をば右足の爪先に直前に横に踏み出しながら、刀を少しく下方に抜き、立ち上がりながら中腰となって刀尖三寸迄抜き、右足を體の後方に退くと同時に、残りの刀尖が鞘を離れて、右手を上げて刀を顔面の処で、刀尖を左斜下に下げて敵の刀を受け流し・・」 
9、河野百錬先生の「無双直伝英信流居合道 受流」昭和13年1938年
「正面より斜右向(約15度位ひに)に端坐し、柄に手をかけ腰を浮かしつゝ刀を(刃を上にして)抜きかけ、中腰となり左足を右前方に(正面より約90度位ひ右に)踏込み、(此時上体は真直に、刀は水平に、刀先三寸迄抜き出す)右足を左足の一歩後方に進め乍ら刀を振り冠り(鍔元は右の耳の上方、刀は前額部と、左肩を結ぶ斜線上とす、此の時體は稍や左に向く気味にて、右足爪先は稍左に向く事)其の指し表にて敵刀を受流すや(振り冠りたる所より刀先を直ちに左肩の後方に半円を描く心持にて上體を廻し乍ら受け流す)・・」
10、河野百錬先生の「大日本居合道図譜 受流」昭和17年1942年
「正面より右向に(約45度位い)端坐し左足を少し右前に踏み出し乍ら刀を外方に傾けて抜き出して立上る。抜き放ちて、刀刃は後方に向け、剣先を下げ、己が前額部と左肩の上に構ゆ。右足を右前に進め乍ら敵刀を受け流す。受流す時、左肩は剣先の廻るに連れて左後方に披く様にし、上体も少し後ろにかかり左に向ける。着眼はどこ迄も敵の眼にし刀を見ぬ事。
受流しながら剣先を左に廻して體を敵の方に披き直りつゝ上段となる。」
11、曽田本2による下村派行宗貞義先生の請流(メモ記入時期?昭和10年~20年頃か)
「請流(流刀、受刀):左向にて敵正面より打込み来るを我左足を踏み出し左肩先に請け流し右足を左斜に踏み出し体を変はして右足を左足に揃へ右肩より切り下す左足を引き逆手納刀」
12、曽田虎彦先生の弟子で山本俊夫幽泉先生の直筆メモ書き「無双直伝英信流居合術極秘(昭和16年~20年頃?)の請流」
「以下記する処は夢想神傳流より出たる無双直伝英信流の下村派の剣技也
左身「流刀」右斜向或は右向正座右脛前に左足を少し出し立ち刀を抜き上げて請け右方に左足を踏み替え体を左に変し左足元に右足を踏揃へて打下す左足を引き刀を右脛上に乗せ逆に持替へ納刀しつゝ左脛をつく」
 無想神傳流より出た無双直伝英信流の下村派だそうです、誰に教えられたのか事実はともかく能く勉強されています。
 受け流しの左足捌きと体を変わる動作が独特です。以下13,14ともメモが違うので記載しておきます。
13、山本俊夫先生の居合術備忘書正座之部請流
「右斜向或は右向正座右脛前に左足を出すと共に中腰に立ち刀を抜き上げて請け右方に左足を右足に踏替へ体を左方に変じ左足元に右足を踏揃へて打下し左足を退き刀を退き刀を右脛上に乗せ逆に持替へ納刀しつゝ左脛をつく」
14、山本俊男夫先生メモ「織田守馬先生による大日本武徳会高知支部の英信流解説書昭和18年1943年仲春」
「敵は左方(90度)の所より我頭上に斬り付け来る吾は此れを受け流し斬り殺すなり」
 線画が描かれています。判り易い絵ですので線画の通りやって見ます。
「右45度位に座し、腰を上げ爪先を立、左足を右前に踏み出し刀を抜き出し、立ち上がり受け流すや左足に右足を踏み揃え「両足尖にて90度の敵方に旋廻す」斬り下し、左足を引いて逆手に取り納刀」
*このブログを始めた頃、教本を読んでは疑問に思った事は師匠に尋ねていました。面倒になったのでしょう「お前のブログは教本の写しばかりで意味は無い」と蔑む目つきでした。「俺の指導に従っていればいい」と言いたかったのでしょう。
 この受け流しなど教本の写しのオンパレードです。同じ師匠から習った受流でもどこか違います。同じ先生の教本も年を重ねて変化しています。
 河野先生の大日本居合道図譜の受流は、現在の無双直伝英信流正統正流の受流です。戦前の教本は此処までです。次回は戦後の先生方の受流を勉強して見ます。
 
 
 

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2016年8月22日 (月)

幻を追ってその8何故そうする22受流の座す向き

幻を追って
その8.何故そうする
22、受流の座す向き
古伝神傳流秘書の大森流居合之事六本目は「流刀」です。
「左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請け流し右足を左の方へ踏込み打込む也扨刀をすねへ取り逆手に取り直し納る膝をつく」
*古伝は道場での演武ではありませんから、対敵と自分との位置関係で始まります。この流刀は敵は我が左から仕掛けてきます。道場であれば我は正面に対し右向きに正坐する。敵は正面から仕掛て来るのでしょう。抜けがあって動作は再現できそうにも有りませんが、現代居合の受流を想像しても差して違わない様です。
 敵が、左脇から打ちかかって来るので我は左足を立刀を抜き出し前に踏み込んで抜き請けに請け流し同時に右足を右に踏み出し筋違いに敵を切る、刀を脛へ取り逆手で納刀する。
 英信流目録の動作もこんな処です。
第17代大江正路先生の正座の部六番「請け流し」
「(右斜向きにてもよし)右向となりて正座し敵が頭上に切り込み来るのであるから右斜横に左足を踏み出し中腰となりて刀尖を少し残して左膝に黒星を付け抜き、右足を體の後ろに出すと同時に残りが刀尖を離れて右手を頭の上に上げ。刀を顔面にて斜とし刀尖を下げて請け流し、右足を右横へ摺り踏みて左足に揃へ、左斜向に上体を変へ稍や前に屈し、刀は右手にて左斜の方向に敵の首を斬り下し、下す時左手を掛ける・・・」
*右向きに坐すのが基本ですが、右斜向きでもよいと云っています。大江先生系統の無双直伝英信流は右斜め向きの様です。敵が左から打って来るので、左足を右斜めに踏み出す、ですから「右斜め向きに坐してもいいよ」、と云ったのでしょう。次の「左膝に黒星を付け抜き」は意味不明ですが、刀を左足の踝に柄頭を向けて低く切先まで抜出し、右足を正面後に踏み替えて立ち上がりつつ抜き請けに当たり拍子に請け流すのでしょう。受け流すや右足を左足に踏み揃え、敵の方に向き直り右手片手打ちに敵の首を打つ・・。
曽田先生の師匠下村派の行宗貞義先生の大森流居合抜方「請流」
「右向にて敵正面より打ち込み来るを我左足を踏み出し左肩先に請け流し右足を右斜に踏み出し体を変はして(右足を左足に揃へ 曽田メモ)右肩より切り下す左足をひき逆手納刀」
*右向きに坐して居ます。敵は正面から討ち込んで来る。大雑把ですが下村派も現在云われる大江先生の谷村派にも違いが見られそうにありません。
中山博道先生の居合でも大森流の六本目は「流刀」、太田龍峰先生の居合読本から。
「意義:敵が不意に左側面より斬撃し来りしを以て取敢ず抜連れて、敵が前に「のめる」所に乗じ其腰を切る動作である。
動作:正面に対して右向に正坐す、頭を左に向け左足を約一歩前に踏み著くる間に右手を以て柄を上方より握り抜刀し頭上を目がけて斬り来る敵の刀を左肩の後方に向け流す心持ちにて動作す。この際に於ける抜刀は・・急遽抜刀する意なるを以て之を上方より握るものにして抜き連れて受けたる時の刀刃の方向は之が為め僅かに右方に向ふものとす。而して右拳の位置は前額の右前上方にして右肘は軽く屈げ次に立ち上りつゝ右足を左足の右後方約一歩半の所に開き刀は右肘を屈げて肩を覆ふやうにする。
 次に、左足の蹠骨部を軸として、約九十度左に向けつゝ右足を左足に引きつけ、殆んど足を揃える如くし、両膝は軽く外方に屈げ、上体は正しく腰の上に落付かしむ。而して、両足の将に揃はんとする時、左手を添え上げて左前方に向ひ斬り下ろす・・」
*正面に対し右向きに坐す、敵を左としています。この「流刀」には少しも違和感がありません。
 受流の座し方は、敵を左に受ければいいので道場の正面向きでも右向きでの右45度でもいいのですが面白いので続けてみましょう。
 

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