曽田本その1の3業附口伝原文を読み解く初めに

2018年2月28日 (水)

曽田本その1の3業附口伝読み解く3大小詰4小手留

曽田本その1
業附口伝読み解く
3、大小詰
四本目小手留
 打ハ仕ノ左側二並ヒテ坐ス打ノ抜カントスル右手ヲ仕向キ直リテ右手ニテ捕ヘ引キ寄セルト同時二左手ニテ柄頭ヲ敵ノ脇坪二當テル也
(左脇二坐ス抜カントスル右手ヲ把ル其手ヲヲサへ左手ニテ脇坪へ柄頭ヲ以テ當テル 五藤正亮先生ノ教示)
読み
四本目小手留(こてどめ)
 打は仕の左側に並びて坐す 打の抜かんとする右手を仕向き直りて右手にて捕らへ引き寄せる と同時に左手にて柄頭を敵の脇坪に當てる也
(左脇に坐す 抜かんとする右手を把る 其の手を押え左手にて脇坪へ柄頭を以て当てる 五藤正亮先生の教示)
古伝神傳流秘書大小詰四本目小手留
 立合の鍔打返に同し故に此の處尓てハ不記

読み
 立合いの鍔打返(つばうちかえし)に同じ 故に此の處にては記さず
古伝神傳流秘書大小立詰三本目鍔打返
 相懸り二懸り我刀を抜かむとする其の手を留られたる時柄を放之手を打もぐ也
読み
古伝神傳流秘書大小立詰三本目鍔打返(つばうちかえし)
 相懸かりに懸かり 我が刀を抜かんとする其の手を留められたる時 柄を放し手を打ち捥ぐ也
読み解く

 前の、三本目柄留は打が仕の右側でした。仕が抜かんとするのを打が柄を押さえて留めに来たのを押さえられなかった右手で打の首を巻いて押さえつけると堪えて反るので其の拍子に柄を敵の足に掛けて後ろに倒しました。

 此の、四本目の小手留は、「打は仕の左側に並んで坐す」ですから柄留と位置が入れ替わりました。
 打が刀を抜こうとするので、仕は腰を上げ左手を鍔に掛けて握り、左に回り込み、打が刀を抜こうとする右手首を、仕の右手で捕らえて引き寄せ同時に柄頭を打の脇坪に突き当てる。

嶋 専吉先生の第19代福井春政先生の古書謄写による大小詰四本目小手留
「打太刀は仕太刀の左側に並びて坐す。打太刀の抜かんとする右手を仕太刀向き直りて右手にて捕へ引き寄すると同時に左手にて柄頭を打太刀の脇坪に當てるなり。」

曽田先生の業附口伝と同じものです。

神傳流秘書大小詰四本目小手留
「立合の鍔打返に同じ故に此処にては不記」

 「立合の鍔打返と同じ」とは大小立詰の三本目鍔打返之事でしょう。

大小立詰「鍔打返」
「相懸に懸り我刀を抜かむとする其の手を留められたる時柄を放し手を打ちもぐ也」

 立業ですから相懸りに懸り合って、我は柄に手を懸け抜こうとする処、相手に右手を取って押さえられる。我は柄手を離し相手の手を鍔で打ち付けもぐ。

 右手で柄を握った処を相手に右手で押さえられる、或は両手で押さえられる、そこで柄から右手を離し、左手で持つ鍔で相手の手を打ち据えもぐ、と読んでみました。
 
 鍔で打太刀の手を打ちもぐ、とは書かれていませんが、柄を持つ右を留められたのですから、左手は鞘と鍔を持っている筈です。
 そこで、右手を柄から離し、自由になった鍔を持って打の我が右手を持つ手を打ち、もぎ取る、でしょう。

 古伝の復元には、書かれていない部分を想像する事も必要ですが、その文面に無い部分は、業名なり、何処かにそれと無く潜んでいたりします。当然そうなる場合のみ想定すべきでしょう。
 そうで無いとどんどん別の業になってしまいます。

 古伝神傳流秘書四本目小手留と曽田先生の業附口伝の小手留は異なる動作でした。
 古伝を変えてしまう、或は昨日までの動作を変えてしまう、この流の癖は江戸時代から伝統的に行われていたのかも知れません。
 基本となるべき古伝神傳流秘書が正統に伝承されなかった為と考えます。現在でも、神傳流秘書の存在は細川家以外からはこの曽田本以外には不明です。曽田本も曽田先生が何時、何処で、誰から原書を見せられたのか書き付けがありません。神傳流秘書は細川家本と対比しながら納得しますが、この業附口伝は、曽田本のみのものです。曽田先生の覚書と言えるかもしれません。

 

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2018年1月10日 (水)

曽田本その1の3業附口伝原文を読み解くはじめに

曽田本その1の
3業附口伝原文を読み解く
はじめに
参考  
曽田虎彦・故竹村静夫君共に実演したり
太刀打之位
詰合之位
大小詰
大小立詰
(五藤先生、谷村先生業附口伝書に因り実演したるを詳述したり筆者曽田虎彦実演したり(虎彦記))
詳解したるにあらざるも竹村君と共に田口先生尓御指導と実兄(五藤先生の実弟土居亀江)の口伝によりあらましを記したり
読み解く
 昭和11年10月26日日本古武道振興会において陸軍戸山学校天覧道場で土佐の居合の太刀打之位を、打太刀竹村静夫先生、仕太刀曽田虎彦先生で演じた事を指しています。
 その写真も太刀打之位の四本目請込の業を演じる御両人のお姿が曽田本2に残っています。

 竹村先生はその後昭和13年2月に突然逝ってしまわれました。残された弟子が楠瀬庸方先生でした。

 この「業附口伝」には、古伝の組太刀である太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰の4種類が収められています。
 これは十六代五藤孫兵衛正亮と第15代谷村亀之丞自雄先生若しくは曽田先生の実兄土居亀江先生の師匠谷村樵夫自庸先生相伝の免許皆伝目録による業附口伝書に因り筆者の曽田虎彦が竹村静夫と実演したものである。
 詳細に解説をしてはいないが、田口先生のご指導と実兄の土居亀江の口伝によってあらましは記してある。

 土居亀江(小藤亀江)は曽田虎彦先生の実兄と云う事ですがここには(五藤先生の実弟土居亀江)ともあります。

 太刀、又は小太刀を持っての組太刀は神傳流秘書では
太刀打之事(11本)
詰合(11本)
大小詰(8本)
大小立詰(7本)
大剣取(10本)
の五種目(47本)が記載されていました。さらに前回の英信流目録の小太刀之位(6本)を入れますと、都合六種目(53本)の組太刀を土佐の居合は持っていた事になります。

 このうち、政岡先生は太刀打之位・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取までの五種目を解説済みで誰でも現代語で稽古できるようにされました。
 小太刀之位は、河野百錬先生が曽田虎彦先生から送られた「英信流目録」をもとにでしょう、「無双直伝英信流居合兵法叢書」に記載されています。

 おそらく、この「無双直伝英信流居合兵法叢書」は発行部数も少ないうえ当時の先生方は居合だけを演じるばかりで古伝の形には興味を示されなかったのでしょう。特に戦後にその傾向は強かったと思われます。

 小太刀之位はミツヒラブログで本邦初公開で素読の上動作を付けて置きましたが、実際に演じて不合理な処は課題としてご研究いただきたいと思います。

 今回の業附口伝はこのままでも明解なテキストになります。すでに政岡先生の動作や他の先生方の術理が世に出ていますので参考にされ、古伝をより親しめるはずです。

 大江先生の改変された無双直伝英信流居合道形を英信流居合の古伝である太刀打之位と誤って、それを絶対として打たれる方はいらっしゃいます。
 少し古武術に関心を持ち、工夫をすれば容易に古伝を稽古することができるでしょう。

 幕末から明治以降に失伝したと思われる土佐の居合を、曽田先生と竹村先生は稽古され、文章にされた「業附口伝」です。然し実演され打たれた仕組(組太刀・形)ですから、古伝とは時代の変化が有りそうです。古伝神傳流秘書の仕組を併記しておきます。
 しかし、竹刀剣道の直線運動や飛び込み打突、走り込んで抜き付けるなどの明治以降の動作を離れて、日本人本来の古武術の身体動作を身に付けませんと相方を設けて行う武的演舞になってしまいます。
  形は決められた一つの「かたち」をとことん稽古して、その上にそれだけではなく、そこから派生するあらゆる変化に応じる剣の術理を学ぶものです。

 此の業附口伝は昭和13年1938年発行の河野百錬先生述による「無双直伝英信流居合道」の第五節居合形之部第二に太刀打之位・第三に詰合之位・第四に大小詰・第五に大小立詰が(當流古傳之略述在文責筆者)とされて掲載されています。
 出典は明らかではありませんが曽田先生との交流から得られたものと断定しても良さそうです。
 河野先生は、無双直伝英信流居合叢書には、この曽田先生の記述された「業附口伝」は記載されていません。
 古伝神傳流秘書にあるものだけを原文で記載されています。解説はされていません。
 「大日本居合道図譜」では大江先生の無双直伝英信流居合之形七本のみ記載しています。そのためか古伝の形が失伝したといえるでしょう。
 「古伝には興味は無い、古伝は無双直伝英信流ではないから学ばない」と、いかにも分かった様におっしゃる先生もおられます。その癖「武術は」とか「昔は」とか「本当は」とか何を基準に仰るのでしょう。

 戦時中の昭和17年1942年4月18日から二週間高知におもむき、第19代福井春政先生・田岡 傳先生に、直に指導を受けられた嶋 専吉先生(不明)の備忘録が「無双直伝英信流居合術乾」として綴られています。

 其処には、古傳の太刀打之位・詰合之位が実際に指導され稽古した中から覚書されています。
 余暇に大小詰・大小立詰は「浅学の自分としては未だ躬らその扉を叩くの機会を得ないので福井先生御所蔵の文献をそのまゝ拝借謄写して他日の研究を期することゝし・・」とあります。これは文面を対比しますと曽田先生の業附口伝と略同じものです。

 業附口伝に嶋先生の覚書を繰り入れて参考にさせていただきます。業附口伝は第9代林六大夫政誠が土佐に持ちこまれた古伝神傳流秘書にある「仕組」の形を留めていますが、変形されている部分も有り古伝とは一線を引いて稽古されるべきものと思います。

 古伝は足の歩数運びなどのことは実戦的稽古形ですから、演舞とは違い「おおらか」です。武術としての術理も力量次第です。演武会での演舞では無い事を思い知らされています。業附口伝ではやや演舞的傾向が見られるのは、江戸時代後期から現代の形に対する考え方に依るのでしょう。勝ち負けを争う稽古は竹刀による試合形式で学び、剣の術理は置き去りにして形を軽視する傾向にあると思われます。

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