月之抄を読む

2020年11月25日 (水)

月之抄を読む11、習之目録之事11の2五箇之身位之事

月之抄を読む
11、習之目録之事
11の2五箇之身位之事

11の2五箇之身位之事
老父云、身を一重に為すべき事。敵の拳へ我が肩を比ぶる事。我がこぶしを楯にすべき事。左のひじを伸ばすべき事。前(さき)の膝に身を持たせ後の足を伸ばす事。是は其座より後へ引のく者を追掛けて打時よし。
亡父の録、第一身を一重になすべき事。第二敵の拳我肩に比ぶる事。第三身を沈に〆(して)我拳を下げざる事。第四身をかゝり先の膝に身を持たせ後のえびらをひしぐ事。第五我左の肘を屈めざる事云々。亦云構は何時も相構の事と書すも有。

 この月之抄の五箇之身位之事は、慶長8年1603年柳生石舟斎宗厳が孫の柳生兵介長厳(後の柳生兵庫助利厳)へ新陰流截相口伝書亊を伝授した冒頭に記されているものです。原文のまゝ記載します(柳生厳長著 正傳新陰流より)。
新陰流截相口傳書亊
身懸五箇之大事
第一身を一重に可成亊
第二敵乃古婦之吾肩尓くら婦遍き事
第三身を沈尓して吾拳を楯尓してさけ佐る事
第四身をかゝ利佐記の膝尓身も多世後乃ゑ比らを比ら具事
第五左乃比ちをかゝめ佐る事
右随分心懸稽古あるへし重々口傳有之也

 柳生兵介長厳は元和6年1620年に尾張權大納言義利(義直)に相伝の際「始終不捨書」を進上しています。兵介長厳は石舟斎の身懸五箇之大事に示された身懸は戦国時代の甲冑を着けた介者剣法に依るもので、甲冑を着ない平和な時代の剣術として「直立たる身の位」を提唱して否定しています。
 十兵衛三厳の月之抄は寛永19年1642年ですから、柳生新陰流も尾張柳生では月之抄の標準とする身懸は「身堅まり詰まる」と否定されています。
 

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2020年11月24日 (火)

月之抄を読む11、習之目録之事11の1目付之事 二星・嶺谷・遠山11の1の3遠山之目付之事

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11、習之目録之事
11の1目付之事 二星・嶺谷・遠山
11の1の3遠山之目付之事

11の1の3遠山之目付之事
老父云、我が両の肩先也。打合おし相などに成る時、此習を用る、敵の太刀先我が右の肩先え来る時は敵の右へ外すべし。左へ来る時は直に上よりおし落(押し落とし)とし勝なり。我太刀先何時も嶺の目付(右の腕のかがみの目付)、敵の胸に付けて打込むべし。
亦云、くみもの(組物)打合の時、敵味方太刀先の遣い様に身の開き肝要也と云々。
亦云、頭書きの録に遠山付けたり組み物に成る時の心持ともあり。
又云、我方よりは、敵の両の肩の間、胸へ太刀先をなすべしとも有。亦云、とりで、いあい(捕手・居合)何時も身際にしては、此心持専ら也。是より身際の心持、色に出る也。
亡父の録には遠山の事、切り組の時、双の肩とばかり書るあり。

 遠山之目付とは我が両の肩といいます。又云では「我方よりは、敵の両の肩の間、胸へ太刀先をなすべし」とも云っています。打ち合い、押し合する際の、接近戦での目付の様に思えてしまいますが、二星、嶺谷、遠山の目付は、兵法家伝書では「待にとりしめたる敵には、此三ヶ条の目付はづすべからず。但し、此の目付は懸待共に用いる也。・・うちこむ時は嶺の目付、切合せ、組物との時は遠山の目付を心によくかくべし。二星は不断はなれざる目付也」と語られています。

 宮本武蔵は兵法三十五箇条目付之事では「目を付けると云所、昔は色々在ることなれども、今伝える処の目付は、大体顔に付ける也。目のおさめ様は、常の目よりもすこし細き様にして、うらやかに見る也。目の玉を動かさず、敵合近く共、いか程も遠く見る目也。其目にて見れば、敵の業は申すに及ばず、左右両脇迄も見ゆる也。観見二つの見様、観の目強く、見の目よわく見るべし。若し又敵に知らすると云う目在り。意は目に付、心は物に付かざる也。能々吟味有るべし。」

 

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2020年11月23日 (月)

月之抄を読む11、習之目録之事11の1目付三之事 二星・嶺谷・遠山11の1の2嶺谷之目付之事

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11、習之目録之事
11の1目付三之事 二星・嶺谷・遠山

11の1の2嶺谷之目付之事

11の1の2嶺谷之目付之事
老父云、右之うでのかゝみを嶺と云、左を谷と云。此のへちゞめに心を付、我太刀先を其方へむくれは、地太刀にならぬ心持也。二星より嶺谷まての間のうこきを根本の目付と定るなり。
亡父の目録には嶺(身のかゝり右のひじ)、谷(身のかゝり足踏み左のひじ)、此の如く書せるもあり。又云嶺谷付り相太刀にならざる事とばかり書す目録あり。
老父の目録に嶺谷おなしく、片手太刀何も、地太刀にならざる目付也と書もあり。

 嶺谷之目付之事
 老父云、右の腕のかがみを嶺と云、左を谷と云う。この「のびちゞみ」に心を付けて、我が太刀先を其の方へ向ければ、地太刀になる事は無い心持ちである。
 二星より嶺谷までの間(拳から肘のかゞみの間)の動きを、根本の目付と定めるのである。
 亡父の目録には嶺は身の掛り右の肘、谷は身の掛り足踏み共に左、の肘。此の如く書してあるものもある。又、云う、嶺谷付けたり相太刀にならざる事とばかり書す目録がある。
 亡父の目録に嶺谷の目付で前項の二星の目付と同じ様に、片手太刀の何れも、地太刀に成らざる目付であると書くもあり

 両拳から両肘の間の変化に目を付けて、その動きを根本の目付と父宗矩は定めている。我が太刀の切先を相手の肘に付ければ、相手の片手太刀に応ずるにも、「地太刀」にもならない。地太刀の意味は切先が地面に向いた状況をさすと思われますが、用語の説明は見当たりません。
 十兵衛の拙聞集の「嶺谷の目付の事」に依れば「両の肘のかゞみを嶺谷と申し候。上段に構へ居るものに用いる習いにて候。屈みたる時は、伸びぬ内、伸びたる時は屈まぬ内に打てと申す事にて候。上段の者は二星(拳)見へぬにより嶺谷を用申し候。委細は奥有。」

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2020年11月22日 (日)

月之抄を読む11、習之目録之事11の1目付三之事 二星・嶺谷・遠山11の1の1二星之目付之事

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11、習之目録之事
11の1目付之三之事 二星・嶺谷・遠山
11の1の1二星之目付之事

11の1の1二星之目付之事
老父の云く、敵のこぶし両のうて也。此はたらきをえる事肝要也。
亡父の目録には二星、不断の目付、左右のこぶしと書せるなり。
私云、二星付り、色と云心持あり。是は二星はあて処なり。二星のうこきを色と也。二星をみんと思ふ心より色々心付く心第一なり。重々の心持、至極まて是を用るなり。
亦云、二つのほしと云心持も、二つを一つに見る心持、二つはひとつ也。亦云、目付八寸の心持と云事あり。是と太刀のつか八寸のうこきを心懸れば、二星色も其内にあると云心を以てなり。
此二星の習第一也。是より種々の心持有により、初而心を知と云々。
老父かしら書きの目録に二星付たり不断用ると書もあり。亦云、二星敵もろてにて持時よしと書せる目録もあり。

 二星の目付之事
 老父の云うには、二星の目付は敵の拳、両の腕である。この働きを二星の動きから何を仕掛けて来るか得ることが肝要だ。
 亡父の目録には、二星は不断(目を逸らしてはならない)の目付であり、敵の左右の拳であると書かれている。
 十兵衛私は云う、二星に付け足す物は色と云う心持ちがある。二星はあて(当・充)処である。二星の動きを敵の仕掛けんとする「色」とするのである。二星を見ると思う心から敵の仕掛けの色々に心付く事が第一である。重ね重ねこの心持ち、至極に至っても是を用いるのである。 
 又、二星と云う左右の拳(また、両の腕)を見る心持も、左右の拳を一つとして見る心持であり、両拳は一つである。亦云う、八寸の心持ちと云う事があるが、左右の拳と太刀の柄の動きが如何様に仕掛け来るかを、心がけているならば、二星の色も其の柄八寸の内にあると云う心積りである。
 此の二星の習い第一である。是より種々の心持ち有るによって、初めの心掛けとして知る事と云々。
 老父の頭書きの目録に、二星の目付には不断用いる事と書かれているのもある。亦云う、二星の目付は敵が諸手で太刀の柄を持つ時に良いものであると書してある目録もあり。

 二星の目付は敵の左右の拳、両の腕、太刀の柄の動きに心懸ける事で、この処の動く様子で敵の「色」を知るのだと云います。此の目付は不断の目付と云う、不断は普段とも取れますが太刀を以て相対した敵との戦いに於ける、敵の仕懸ける「色」を認知する重要な目付と云うのでしょう。目付には嶺谷、遠山の目付などある訳で、其処だけを凝視しろ、と云う分けでは無いでしょう。
 二星はあて処とは、目当て、目標、意向、心づもり(広辞苑)から、敵の仕掛けんとする意図を推し測る処と解せば良さそうです。


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2020年11月21日 (土)

月之抄を読む10、廿七ヶ条之截相之事

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10、廿七ヶ条之截相之事

廿七ヶ条之截相之事
序 上段三つ中段三つ下段三つ
 右此の上段三つの仕様は斬釘截鉄、大詰、無二剣、これ三つ也。中段三つの仕様は右旋、左傳(転)、臥切これ三つ也。下段三つの遣い様は、小詰、半開半向、獅子忿迅(ししふんじん、獅子奮迅)、懸これ三つ也と亡父の目録に書せる也。
破 上段三つ、中段三つ、下段三つ

 此の上段三つは、刀棒に三つこれ在り、中段三つは切合に三つ之在り、下段三つは折甲に三つ之在と亡父目録にあり。
急 上段三つ、中段三つ、下段三つ
 此の上段三つは陰の拵を云、中段三つは陽之拵を云、下段三つは、うごく拵えを云也。仕様は何も一拍子也と亡父の目録に有り。
又云、序、上段三、中段三、下段三。 破、上段三、中段三、下段三。急、、上中下共」に何も一拍子と書る目録もあり。
亦云、序、上段三、中段三、下段三。破、刀棒三、切合三、折甲三。急、上中下何も一拍子と書せる目録あり。亦急付たり上何も一拍子と書くもあり。
老父云、右の太刀を以て廿七の截相を稽古すれば大形これにて相済なり。何も太刀をつかふなり。この外に、向上、極意、神妙剣
 古語に云。策ごとを帷幄中に運らして、勝ちを千里の外に決す(はかりごとをいあくのうちにめぐらして、かちをせんりのそとにけっす)。是新陰流の極意これにて極る也。
 添截乱截の構をするものには、無二剣にて勝、それを活人剣にて勝。向上にて活人剣を勝、極意にて向上を勝。神妙剣にて極意を勝。これに極る也。うえなき事をいわんために神妙剣を名つくるなり。

 是より兵法の心持、皆一つに成。一心のきわまり也。けなげは申におよばず。一心のこころのはたらき受用をするに一心なり。
 心の理りを分け、其理を知事兵法の根本也。然によって心持の習を専らとす。習のいろいろ左のごとし。

 廿七箇条截相之事は新陰流の勢法の稽古業を続け遣いとして稽古する事を示唆する教えでしょう。ともすると一つずつの形に拘り打太刀の仕掛けに特定の勢法で勝を得れば、其処で一勝負あったとして互に退いて、新たな想定場面で截合い形を稽古するのが一般です。この続け遣いの組み合わせは当初はどうであったか定かではありませんが、江戸期に幾つも組み合わされている様で、特定されてはいない様です。

 この廿七箇条截相は柳生石舟斎宗厳による新陰流兵法目録事に依れば以下の様です。(柳生厳長著 正伝新陰流より)
 序 上段三 中段三 下段三
 破 折甲二 刀棒三 打相四
 急 上段三 中段三 下段三
 右急はかまへに付而一拍子也
 右条々面太刀一通也 重々口伝可有之者也
 上泉武蔵守 藤原秀綱
 柳生但馬守 平宗厳花押導印
 柳生兵介 平長厳
 慶長8年1604年癸卯三月日

 石舟斎より柳生兵介長厳に授与された目録の末尾に27箇条の表題のみ書き込まれ、詳細は口伝とされています。石舟斎74歳で、死の2年前の目録です。この翌年柳生十兵衛が生まれています。十兵衛の月之抄は寛永19年1642年のものです。
 
 

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2020年11月20日 (金)

月之抄を読む8、極意之太刀 数六つ 9、活人剣

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8、極意之太刀 数六つ
9、活人剣


8、極意之太刀 数六つ
添截乱截 無二剣
此の構二つ也。敵添截をつかふ時、仕掛を無一剣にて勝なり。

9、活人剣
これより構なくして仕掛をせん(先)にして、敵のはたらきに随。拍子あひこの心より出るなり。何も序、きり相を稽古して敵のやうすをみる事是よりはじまる也。
私云、右の六つの太刀の外に八箇必勝口伝あり。砕重々之在と書入たる亡父の目録あり。

 8、極意の太刀 数六つ
 添截乱截・無二剣。此の構え二つである。敵添截を遣う時、仕掛を無一剣(無二剣)にて勝つのである。
 この文章から「極意之太刀」があって数は六つあると云うのですが、添截乱截と無二剣の二つしか書かれていません。この二本の太刀の構えは二つと云うのでしょう。敵が添截を遣う時には、仕掛を無二剣で応じて勝つのだと月之抄を読んだだけでは意味不明です。その上「添截乱截」と一つの太刀でしょうが、添截だけの役を云うだけで乱截の事には何も触れていません。

 9、活人剣
 是より、構は無くして仕掛を先にして、敵の働きに随い拍子合い、この心より活人剣となるのである。何れも序(はじめに)、截り相を稽古して敵の様子を見る事、是より始まるのである。
 私(十兵衛)云う、右の六つの太刀の外に八箇必勝口伝がある。砕き(くだき)重ね重ね之在と書き入れた亡父の目録が別にある。

 この極意之太刀と活人剣を一つのくくりとしても、添截乱截・無二剣・活人剣の三つしか見当たりません。活人剣は独立した太刀かと思う様な書き込みですが、極意の太刀の一つでしょう。
 あと三つは月之抄の次回に投稿する、「10、廿七ヶ条の截相之事」も極意の太刀であるとすればその中に「・・この外に、向上、極意、神妙剣」と太刀名が見えます。さすればこの「極意の太刀 数六つ」「添截乱截・無二剣・活人剣・向上・極意・神妙剣」となって数六つになります。
 尾張柳生を学ぶ者は、この六つの太刀数のある勢法は「奥義の太刀」の太刀名「添截乱截・無二剣・活人剣・向上・極意・神妙剣」である事に気が付くはずです。
 ハ箇必勝は天狗抄を指しているのでしょう。天狗抄は「花車・明身・善待・手引・乱剣・二刀・二刀打物・二人懸り」の八箇となります。八箇必勝の必勝の意味が読み取れません。九箇の一本目が「必勝」ですがここに示すものでは無いでしょう。
 
  柳生厳長による正傳新陰流の柳生石舟斎自筆相伝書1、新陰流兵法目録事ー太刀の目録 一巻」とあるのに依れば、三学・九箇に続いて以下の様です。
  天狗抄 太刀数八つ
  添截乱截・無二剣・活人剣・向上・極意・神妙剣・ハ箇必勝。
  二拾七箇条截相
 ・・奥書・・
 この太刀目録は慶長8年1603年に宗厳より兵介長厳(如雲斉兵庫助利厳)に相伝した太刀目録です。この意味不明の書き方は石州斉宗厳によって、題名や太刀名を秘して書き載せない判例を示したとしています。
 月之抄では天狗抄は太刀数八つで花車・明身・谷待(善待)・手引・乱剣・ふたつ具足打もの(二刀・二刀打物)・二人相手にして勝心持(二人懸り)で表記され、極意之太刀は尾張柳生の奥之太刀として数六つで添截乱截・無二剣・活人剣・向上・極意・神妙剣となります。
 石舟斎宗厳の新陰流兵法目録事ー太刀の目録 一巻には燕飛や天狗抄、更に七太刀も記載はないのです。
 天狗抄には花車以下八つの太刀名を持つのに記載無く、奥義の太刀は、月之抄では極意之太刀と改名され 添截乱截以下数六つの太刀名が複雑な記載の仕方によっています。月之抄の複雑な記入の仕方は、宗矩は柳生新陰流のただの印可をうけているばかりで、正伝していない為の配慮に依るのかも知れませんが、そんな都合より意味不明な書き方に悩まされて、素晴らしい月之抄に先を思いやられます。

 この辺の月之抄の勢法の太刀名表記の仕方や、石舟斎宗厳の勢法の題名や太刀名を書き載せない心積りなどは、そちらに興味のある実技門外漢の武術史屋さんにお任せしておきます。
 柳生新陰流の多くの伝書が容易にみられる現在を思う時、江戸時代初期の兵法で生活していた時代は兎も角、現代では何ら隠す意味が見いだせないし、その意図する事を解きほぐす必要はありません。伝書によって新陰流の事理一致の真髄に迫れればよいだけです。然しいずれにしても柳生新陰流の伝書を総なめしながら、同時に人一倍の稽古をする気がありませんと傍にも近寄れないでしょう。

 
 

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2020年11月19日 (木)

月之抄を読む7、天狗抄 太刀数八つ

月之抄を読む
7、天狗抄 太刀数八つ

天狗抄 太刀数八つ
花車 明身 谷待 手引 乱剣 序破急
老父の云く此太刀は構を習として、これより切掛、序のうちにて表裏をもととして用る太刀これ也。
是より敵の転変に随う心持あり。ふたつ具足打もの、二人あいてにして勝心持を此内にて秘事とするなり。
皆太刀なり。此の余にきられぬ構を専としてつかふ太刀二つあり。
私云古流には天狗の名を目録に書せるありまゝ多し。
老父はかくのことし。

 天狗抄は太刀数八つ 花車(かしゃ)、明身(あけみ)、谷待(たにまちと書かれていますが、芳徳寺伝には谷の右脇に善の文字が書き加えられ善待(ぜんたい)では無いかと暗に示されています。)、手引(てびき)、乱剣(らんけん)、序(じょ、雅楽などで、曲の最初の部分、ものごとの始め、いとぐち)、破(は、雅楽で、曲の中間の部分、やぶる)、急(きゅう、雅楽などで、最後の拍子の速い部分、いそぐ)。
 太刀名は花車、明身、谷(善)待、手引、乱剣の五つしか示されていません。序破急の文字の意図するところを各太刀に宛がえば五×三で十五になってしまいます。然しこの表示からは序・破・急の心持ちとして太刀数八つと思えてしまいます。

 正徳6年1717年の柳生新秘抄に依れば花車・明身・善待・手引・乱剣・二具足・打物・二人懸の八つで五箇の太刀とされています。

 老父の云く、此の太刀は構えを習い事として、その構より切り掛かり、初めはゆっくりと表裏(隠し、謀る心。振り。武略)をもととして用いる太刀がこの天狗抄である。
 表裏を仕掛け、是より敵の転変に随う心持ちを以て習うものである。天狗抄の太刀数八つには、二つ具足(二刀に依り二本)による打ちもの、そして、二人を相手にして勝つ心持ちを習うのである。天狗抄の内の秘事としてこの三本は秘事とするのである。
(是が二具足、打物、二人懸なのでしょう。)
 皆太刀に依るものである。此の余に(他に)斬られない構えを専らとした太刀が二つある。
(太刀二つが別にある様な雰囲気ですが、さて、月之抄に書き込まれているのか、その謂れが何なのか疑問です。)
 私云う(柳生十兵衛三厳は云う)古流には天狗の名を目録に書せるあり。まゝ多し、老父は斯くの如し。

 「天狗とは当流先哲の説によれば、天狗は山気にして、時あり形をなすものとされ、本来無形なれども、敵によりて形をなすもの。もとよりこの道は無形の位にして、敵に応じて形をなすを本原とする」(天狗抄について「月之抄と尾張柳生」は長岡房成の「新陰流兵法口伝書外伝」を引用して言う。赤羽根龍夫著柳生厳周伝の研究(二)より)

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2020年11月18日 (水)

月之抄を読む6、九箇

月之抄を読む
6、九箇

九箇
必勝 逆風 十太刀 和卜 捷径 小詰 大詰 八重垣 村雲
右之九つは構をして居る者にまた構をしてせん(先)を仕掛打そんして(打ち損じて)二の目を勝稽古残心の習也。これ老父のおしえ(教え)なり。
*
 九箇(くか)
 必勝(ひっしょう)、逆風(ぎゃくふう)、十太刀(とうたち)、捷径(しょうけい)、小詰(こづめ)、
大詰(おおづめ)、八重垣(やえがき)、村雲(むらくも)

 右の九本の勢法は構えている相手に、此方も構え先を仕掛け打ち損じる、其処を相手が打込んで来るのを二の目に勝つ稽古で残心の心持ちである。懸り待つ教えで老父(柳生宗矩)の教えである。

 前出の三学は「待ち」で相手が打って来るのに応じたのですが、九箇は「懸かり待つ」もので我の懸り打つのを、相手は外し、ここぞと打って来る処を「二の目」(二の太刀)で打つ「誘い」と「迎え」によるものです。
 業手附については、赤羽根龍夫先生の「柳生厳周伝の研究(1)(2)」、もしくは「柳生の芸能江戸武士の身体操作柳生新陰流を学ぶ」をご参照下さい。読まれた後にDVDを拝見するとより見えて来ます。
 九箇の一本づつの呼称は、どこぞで聞き及んだ熟語なので、、その意味が込められているかもしれませんがそこまで辿るものが見当たりません。業名の由来や、稽古形などに捉われていては居着くばかりですから、語意と勢法のほんの一部の心持ちを並べてみます。
 必勝 :必ず勝つ事。左手を鍔側に持つ、左太刀による。
 逆風 :向かい風。左車
 十太刀:(十文字の太刀)。切上げ・くねり打ち
 和卜 :うかがい和す。剣先を挙げないで打ち落し
 捷径 :近道。刀棒
 小詰 :小さく詰める。獅子洞入り
 大詰 :大きく詰める。抜面
 八重垣:幾重にも巡らされた垣根。横雷刀・当たり拍子
 村雲 :幾重にも群がって動く雲。抜面・くねり打ち

 形の呼称と運剣については柳生新秘抄に、なるほどと言う解説が為されています。短めなのを一つ今村嘉雄著史料より「柳生新陰流新秘抄」を読んで見ます。
 「逆風:逆風はさかしまに吹く風と云うことなり。相手清眼にかまへ居るものに仕懸けて、袈裟がけに前後へ足を踏みかへて、左の方へ太刀を車にまわして打払ひ、返す太刀に腕を搦んで斬るなり。払ふ太刀、振もどす太刀は、さながら弓手右手へ入違うて、風の吹くがごとし。此のありさまを逆風と云うべき、幾度も敵の打つに随って、弓手の足を右手へ踏み、右手を弓手へなし、敵と反して勝つなり。」

 燕飛(猿飛・遠飛)、三学、九箇、を月之抄と合わせ稽古して見ますと、今まで何を稽古としてきたのか、かすかに見えてくるかもしれません。いたずらに些細な意味不明な事に拘って、本筋を見失う様では何時まで経っても先師の残した教えを習い稽古したとは言えそうにないでしょう。
 燕飛、三学、九箇を「形」では無く「勢法」として稽古するにあたり、これ等は「かたち」を稽古するのではなく「勢法」に依る「術」を学ぶことを、抜きにした棒振りを何年やっても何も出来て来ないものでしょう。
 

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2020年11月17日 (火)

月之抄を読む5、三学

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5、三学

三学
 一刀両段、斬釘截鉄、半開半向、右旋左傳(右旋左転)、長短一味
 右之太刀のくだき三つづつ有之
 老父云、此五つは構をしてたもつを専とする也。待之心持也。
 亦云、めつけは二星、身の受用は五箇、三学、思無邪の心持専なり。

 三学(さんがく)、月之抄では「三学」ですが、尾張では柳生連也厳包校正によって「三学円太刀」と言われている様です。時の移ろいと指導者の思いが、三学を揺り動かした様で、古伝・江戸遣い・尾張遣いと、五本の呼称は同じですがそれぞれです。
 ①上泉伊勢守がもたらした三学は、甲冑を付けた状態での膝を大きくエマす「沈なる身」によるもの。
 ②江戸遣いは膝を軽くエマす。
 ③尾張遣いは自然に立つ「直立たる身」。

 五本夫々の呼称は同じで、一刀両段(いっとうりょうだん)・斬釘截鉄(ざんていせってつ)・半開半向(はんかいはんこう)・右旋左傳(右旋左転うせんさてん、古伝は左傳ですが転の誤字かどうかは不明です)・長短一味(ちょうたんいちみ)となります。

 この、五本の形(勢法)に夫々「くだき(砕き)」、いわゆる変化技が三っづつあるとされています。変化技は秘伝とされている様で、現代になっても常の稽古には伝えられていない。現代でも秘すべき意味があるかは疑問です。単なる師匠からの受け売りであったり、意味のない懐古趣味で無ければ良いと思いますが、へぼ剣士に伝えてあらぬ方に行ったのでは古伝が泣く事もあるかもしれません。
 勢法を形として「かたち」ばかりを師匠に真似て演ずるだけの者には「砕き」など不要でしょう。本物を求める者には、常の稽古からでも自ずと三つと云わず思いつく程の「砕き」は出て来るものです。そうでなければ特定の決まった棒振り「形」に終わってしまうでしょう。
 習い稽古して、その特定の「かたちの真髄」に至ったとしても、「砕き」が無ければ、変化に対応できないものです。「砕き」三つは稽古業としての三学の「戒」であって「定慧」に至れない、極意として秘されるならば自ら求める以外に無さそうです。

 老父とは柳生但馬守宗矩を指しているもので、宗矩は三学の五つの勢法は、使太刀は構えをして保つ(待つ)を専らとする。打太刀の懸りに応じて懸る心持である。新陰流の「就色随色事」、「懸待有之事」を学ぶ事だと云います。
 
 亦云う、目付は二星「二星之目付之事」で老父(宗矩)は、敵の拳両の腕。亡父(石舟斎)は左右の拳。

 身の受け様は五箇は「五箇之身位之事」で
 老父は「①身を一重に為すべき事。②敵の拳へ、我が肩と比ぶる事。③我が拳を楯にすべき事。④左の肘を延ばすべき事。⑤前の膝に身を持たせ、後の脚をのばす事。」の五つを挙げています。
 亡父は「第一身を一重になすべき事。第二敵の拳我が肩に比ぶる事。第三身を沈にして我拳を下げざる事。第四身を屈め、先の膝に身をもたせ、後ろのえびらをひしぐ事。第五我が左の肘を屈めざる事。」
 この教えは、戦国時代の甲冑を付けての兵法とされています、戦国末期では甲冑も動きやすく軽いものに変化してきており、徳川時代には平服による兵法へと変化して来ています、当然の事時の流れに即さない兵法はすたれていくものです。。
 現代ではそれらの事も無く、これ等の古流剣術を自ら学ぶ意味を、考えた上で納得して学ぶべきものでしょう。
 与えられた条件の範囲でしか行動できず、マニュアルが無ければ何も操作できないのでは、持てる能力がさび付いてしまいます。尾張柳生の「直立たる身」に依り、剣先も伸び、360度自由自在に変換出来る身体操作を手に入れたわけですから、其処から更に工夫の世界が容易になったとも云えるでしょう。

 「三学」についての呼称の謂れを思えというのだろうと思います。
 赤羽根龍夫先生の「柳生の芸能」より、「三学とは禅に戒定慧(かいじょうえ)の三学という事有り、修行を積みて鍛錬するは「戒」、その術身に練熟して事に臨み、場に応じて惑わず、事術に心の任せざるは「定」、物に応じて真性の知覚発する所あきらかにして漏らす事なきを「慧」というなり。近代、何となく取り失いて、三学の大道を知らず事術の修行を励ますのみにして、「定慧」の場を踏まず生涯を終る者多し。術を尽くして術を放れざれば、何時の日にか用に立つべき処には至らぬものなり。」
 やはり、厳しいことを述べておられます。武道を志す者に多い悪習は、何時までも習いに執着している事でしょう。指導する者が先ず考えるべき事だろうと思いますし、習うものも、決められたことのみを修業し鍛錬するだけでは、「戒」ばかりで「三学」には程遠いと知るものです。
 令和のこの時代、武術を学ぶ心は「物に応じて真性の知覚発する所あきらかにして漏らす事なき」事理一致の自分を磨き上げる事であろうと思います。

 思無邪の心持ちは、「敵の方へ身なり直にせん為也」「思無邪は五箇之身の真の位也と云々」。敵に対しての我が身体を直ぐにする(あるべき姿)を云うのでしょう。月之抄本文の中で委しく学び解説して行きたいと思います。 

 どの流でも、大方稽古形の一本目に其の流の根本的な考えが秘められています。柳生新陰流も前出の遠飛(猿飛・燕飛)と三学には新陰流のエキスが大部分含まれていると思います。

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2020年11月16日 (月)

月之抄を読む4、遠飛 面太刀ナリ

月之抄を読む
4、遠飛 面太刀ナリ

 遠飛 面太刀ナリ
 遠飛 猿廻 月影 山陰 浦波 浮舟 切甲 刀棒 

 月之抄に掲げられている形名は、恐らく上泉伊勢守から伝わるものかも知れないし、そうでないかも知れない。
 どの流であっても時代の要請や時の指導者によって変化してしまう事はあり得るものです。
 私が稽古で習っている形(勢法)は柳生厳周に依ると聞かされています。それと月之抄とは異なります。
 月之抄に依る形の名称が「遠飛」ですが厳周伝は「燕飛」と書いて「えんぴ」と読んでいます。疋田伝や柳生神秘抄は「猿飛」です。どれが正しくどれが間違いと云う程の事でもない。
 月之抄の遠飛は8本の名称が記載されていますが、他は6本で月之抄にある「7本目切甲」と「8本目刀棒」の名称が見られません。是は柳生厳長著「正傳新陰流」の柳生石舟斎自筆相伝書の新陰流兵法目録事によれば、「江戸柳生宗矩は、燕飛六箇の太刀の次へ、1、折甲、1、十方(実は刀棒)の二太刀を附け加えている」とされています。
 それとは別に他の伝承された形にも「浦波」と「浮舟」が前後入れ替わったりしています。
 柳生流神秘抄では、8本によって組み立てられています。

新陰流の極意の続け遣いの勢法ですから呼称の入れ替わりなど有っても基本的に同じと考えればいいのでしょう。どれもこれも手附けさえあればやってみれば良いと思います。
 現代剣道の影響か、道場内で決められた「かたち」でしか稽古出来ない、或いはしてはならないという料簡では古流剣術からは何も得られないでしょう。まして新陰流の形は勢法と教えられています。

 赤羽根達夫先生の「柳生の芸能」では「世俗、武芸の形をみな形といいきたれども、形といえば木や竹にて形を作り、雲形、山形、鳥の形ち、獣の形ち、そのほか種々の形ち等の類の如くに聞こえるなり。されども左様に身形を死物に作ることにはあらず、中国の「武備誌」にては、これを「勢」と称したり。さればこの形も勢々変化して勝ちを取る法を習う基本の姿をいうなり。・・初学、形の名の義を尋ねんと欲せば、「勢」という字にかえて見るべし。・・故に形の見えたるを悪しとし、何とも察し測られぬを処を好しとす。もと「兵」は「常形なく常勢なし」(孫子)といえり。・・されども、それにては一定したる指針なし。指針なくしては修行困難なるにより、仮に種々の形ちを挙げて勝ちを制する道を顕わし示したるなり・故にこれにて身体を習わし、これにて「因敵転化(敵に従って変化する)」の道を心悟せしむ。故に手本の勢なれば手本の形と思うべし。よってまた、これにて勝てということにてはなきなり。それ故に形を死物に作り飾ること悪しく、また情のあらわれたるも悪く、また一つの形にて勝たんと泥むも悪しと知るべし。」
と語られています。この心を失ってしまい「かたち」のみを、押し付ける、古流剣術の似非指導者のなんと多い事でしょう。結果はその形にも至れないものです。中には「手本の形も出来ないのに先へは進ませられない」と仰る指導者も居たりします。剣術の「身体を習わし、敵に従って変化す」の事を指導出来ない自らを恥じるべきでしょう。 

 月之抄:名称遠飛:遠飛・猿廻・月影・山陰・浦波・浮舟・切甲・刀棒

 厳周伝:名称燕飛:燕飛・猿廻・山陰・月影・浦波・浮舟 
    (柳生厳周伝の研究(二)赤羽根龍夫著)

 疋田伝:名称猿飛:猿飛・猿廻・山陰・月影・浮舟・浦波 
    (新陰流(疋田伝)の研究 赤羽根龍夫著)

  柳生流新秘抄:名称猿飛:猿飛・猿廻・月陰・山陰・浦波・浮舟・折甲・刀棒
    (史料柳生新陰流今村嘉雄著 正徳6年1717年)

月之抄は柳生十兵衛三厳であり、柳生新秘抄は柳生宗矩の子柳生宗冬の子宗在の門弟、佐野嘉内勝旧が正徳6年1716年に著したものですから、当然の事として折甲、刀棒がある事になります。
 尾張柳生の厳周伝や上泉伊勢守の門弟疋田豊五郎の疋田伝には折甲、刀棒は存在しません。

 

 

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